第19話 オリハルト Ⅲ

 「はじめまして。私の名前はガンマと申します。この都市を管理するシステムの端末になります。」

 ヨホに端末の使い方を説明してみたら、箱の上に男性の姿が現れてビックリしていた。


 あれからすぐに移動して、ベータの案内でたどりついたシュクハクシセツという建物はこれまた大きなビルだった。一階で手続きの案内をしてくれたのは、落ち着いた感じの女性の声。その声の指示に従って僕らは、それぞれが別々の部屋に案内をされた。

 案内された最後の部屋に僕とヨホでミゼリトさんを運び込み、部屋の中に用意されていた綺麗なシーツのかかったベッドへと横たえる。そうして僕らはその部屋で、ミゼリトさんの気がつくのを待ちながら、今はヨホに端末について説明をしているところ。

 どうやら端末ごとに担当している人が違うらしい。この人達はいったいどこに住んでいるんだろうか。疑問に思ったので聞いてみることにした。

 「こんにちは、ガンマさん。僕はルミネ、はじめまして。」

 「ルミネ様、これはいったいどういうことなのでしょうか?なんでこんな小さな男性が、この箱の中に入っていたんでしょうか?」

 「了解しました。お答えします。私の名前はガンマ、都市を管理するシステムの端末として機能する、疑似命素体です。ですので普段はこの箱の中にいます。疑似命素体のため複雑な思考や判断はできかねますが、所持者の指示命令には万全の対処対応をするよう造られています。また身長については可変可能となりますが、初期設定としてこのサイズとなります。」

 それで気づいたのだけれど、どうやら持ち主以外にはあまり忠実ではないらしい。僕の挨拶はまるで聞こえていないようにスルーされた。僕は少しだけムッとして、自分の端末を取り出してヨホの端末の隣に置くことにする。


 「ベータさん、いますか?」

 「はい、ルミネ様。何か御用でしょうか。」

 目の前に並んだふたつの黒い箱。大きさは、僕の手のひらにすっぽりと覆い隠せるサイズ。その箱に、似たような白い服装で並び立っているベータとガンマ。ガンマの男性用の服装は、どこか整いすぎていて制服のような印象を受ける。ベータの方もそう見ればなんだか以前に城で支給された女性用の勤務服みたいにも見えた。


 「あの、ガンマさんでしたか?はじめまして…。」

 ヨホがそう言って話しかけた。まだ驚いた顔をしたままだ。

 「了解しました。はじめまして。お名前をお教えいただけると大変助かります。」

 あれ?ベータさんからは聞かれなかったな、名前。と僕が不思議に思っていると、ガンマさんがその答えを言っているところだった。

 「…のためとなります。ですので、今後の会話の中でお名前が判明した際に、自動的に覚えて行くようにと設定をされていますが、お使いになるお客様によってはそうしたことに嫌悪感を抱く方もおられます。ですのであらかじめお名前をお伺いさせていただけますと非常に助かります。」

 つまり、端末の中からも僕らの会話なんかをしっかりと聞いていて、そこから自分に必要な情報を得ているよってことなんだろうか。で、そういうのに嫌悪感を抱く人がいるから、できれば自分から教えてほしいってことだろうな。

 「別に名前くらいかまいませんが、私達の会話を常に聞いているということですか?」

 ヨホがそうガンマさんにたずねた。するとガンマさんは表情を変えずにこう答える。

 「了解しました。語弊があり申し訳ございません。会話は、この端末の持ち主と私との間のものだけになります。他に端末を通した別端末との会話などは、許可を頂かない限り私の方で取得することはできません。」

 「つまり、私があなたに話す内容からだけってことでいいですね。」

 「了解しました。そのとおりです。」

 「ではかまいません。私の名前はヨホ・マジノです。」

 「了解しました。ヨホ・マジノ様。今後ともよろしくお願いいたします。」

 「はい、よろしくね、ガンマさん。あと呼び方はヨホでいいわ。様もいらない。」

 「了解しました。ヨホ。これでよろしいですか?」

 「ええ。あとそのいちいち『了解しました。』ってのもやめてもらえますか。」

 「了解しました。以後の音声認識開始時の呼びかけはいかがいたしましょうか。」

 「なんだか面倒なつくりね。了解しました以外でしたらなんでもいいですわ。」

 「御意。以後は押し並べてこのとおりご対応させていただきます。」

 ヨホはその返事に頭を抑えていた。ギョイってなんかカッコいいな。ベータさんにもそうしてもらおうかな?…でも、女の子の声でギョイってどうなのかな…。


 「なるほどわかりました。これはハバキの不思議道具ですね。以前にも一度だけ、フィリオス様に見せていただけたことがあります。…それでですが、ルミネ様。お歳も頃合いでしょうから、そのように女性の素肌を多く露出させる服装に興味がおありということは理解できます。けれどなぜ今、その端末の少女にそのような恰好をさせているのでしょうか。それについては理解に苦しみます。」

 「ちょっとまって、誤解だ誤解。この子は最初からこの格好で出てきてたんだって。」

 「恐らくその通りなのでしょう。しかしそうであったとしても、その時に服装を変えてくれと申し出れば良かったではないですか。それをしていないということはつまり、ルミネ様はそういう趣味であると、私は理解いたします。」

 なんだかとても理不尽に、無茶苦茶なレッテルを貼られているような気がする。

 そうしているうちに、ミゼリトさんの起きる気配がした。





 目を覚ましたミゼリトさんとヨホをそのまま部屋に残し、僕は自分の部屋へと戻ることにした。陽はもう遠く山間に沈もうとしている。今日の朝一番に城を立ち、ここまでずいぶんと長く馬車を駆った。そこから別行動で分かれ、僕の方は書庫でずいぶんと長い時間がかかっていた気がする。それを終えてからヨホ達に合流したから、ミゼリトさんの診断や治療にはもっと時間がかかったのかもしれない。

 父上のケースと同じにしてはいけないのかもしれないが、心に負う傷の治療には最新の注意と最大限の忍耐が必要になってくるだろう。それを得られなければどうなってしまうか、僕には想像すらできない。

 以前、おじい様に同じような質問をしたとき、おじい様はこう言って目を伏せた。「心が壊れてしまえば、人も我らも悪鬼となる。癒せるとは知らぬ昔の伝えには、そうした悪鬼となり害をなした者たちが、討伐されたというものも少なくはなかった。」

 悪鬼か…。目に映る全てのものを恨み、妬み、そうして憎む者。やがてその憎しみが破壊行動へとうつらせ、多くの人に害を及ぼす…。

 けれど多くの場合、そこまでの憎しみを自分の外側へと転化できるわけもなく、悲しいかな自分自身の内側へと向けられた感情によって自分自身を傷つけてしまう。…父上も最初の頃はひどいものだった。四六時中近くにいて気配を感じとっていないと、目につくものの全てで自身を傷つけていた。…本好きな父上だけあって、本だけは最後まで凶器にならなかったな…。


 窓の外を見ると陽はもう落ちていた。お腹がずいぶんと空いている。ヨホ達はどうだろう。でも、湯浴びをしたりが先だろうな。

 そう思ったので僕は、ヨホが呼びに来るのを待つことにする。窓からの景色を眺めていると街に灯りが点いていくのが見えた。誰もいない街に灯がともる…なんだか寂しい眺めだなと、一人思いにふけていく。





 「ガンマさんガンマさん、衣類を扱っているお店はどこでしょうか?」

 昨夜から一夜明けて、今朝は少しだけ気分よく起きれた気がする。昨日あの建物で、幼い女の子の声で名前を呼ばれたあたりから、なんだか気分がひどく落ち込んでいた。あの後、迷惑をかけなかったろうか?いいえ、気がついたらベッドの上だったのだもの、また迷惑をかけたのに違いない。

 けれど起きたら、目の前にヨホさんがいて私を笑顔で迎えてくれた。私より少し年上だろうヨホさんは、いつだって私を大切にいたわってくれる。…今はそれが心苦しい。

 頑張って元気よく、以前みたいに明るく人に接したいのに、ヨホさんの前だと弱音が出てしまう。もういい加減に忘れなきゃいけないのに、どうしたって忘れられない。そんな本音がポロっと出てしまう。

 なんでだろう。考えてみると私のこれまでの人生に、そこまで私に寄り添ってくれる人なんていなかった気がする。母様は、優しくはあったけど、私ではない誰かに寄り添っていたような気がする。父さまのことは覚えていない。物心つく前から私は母様だけと暮らしてきたから。あの人は考えるまでもない。私は単なるミリアの世話係。あの人はいつも自分の夢に寄り添っていた人だから。だから憧れもしたし、好きにもなった。

 私の傍に寄り添うようにいてくれたのは、いつもミリアだった。一緒になって笑いあって、一緒になって涙して、励ましたり背中押すのは私の方ばかりだったけど、ミリアは確かに私に寄り添ってくれてはいた。…そうする他なかったからなのだけれど。

 母と暮らす間、私もそうだった。母に見捨てられたら私は生きるすべを失う。食べるものも与えられなくなるし、住むところも失う。そんな怖さが常にあった。だから私は母の傍に寄り添って…ううん。しがみ付いていた。


 「考えすぎは駄目よ。ほら、リゼミトさん、素敵な服があるお店が見つかりましたから、そこに行ってみましょう。」

 考え込んでいるとヨホさんがそう話しかけてきた。私の腕を引きながら、通りを小走りに歩いていく。

 この人はどうして私に優しいのだろう。私はただ、行き倒れていたところを世話してもらって、普通なら元気になれば、看護の見返りに何かを求められたり、場合によっては辱めを受けるものじゃないだろうか。

 でも、この人やこの人の家の奥様も、旦那様も息子さんも、誰一人私に何の見返りも求めてこない。それだから、せめて、元気な様子を見せたいと思うのに…。どうすればいいんだろう…。

 「ほらほら、リゼミトさん、これなんかどうですか?」

 渡された服は、チェック柄のスカートだった。ずいぶんと贅沢に生地が使われていて、折り返しの数がものすごく多い。

 「これに、こちらのを合わせたら、ほら。」

 真っ白いブラウスが私の目に飛び込んできた。先ほどの長めのスカートと合わせて着てみれば、おそらく可愛い。

 「他に色違いも揃ってるんですよ。見てみません?」

 ヨホさんの言葉に、思わずコクンとうなづいてしまった。けれど確かに、今はその方がいい。きっと…。





 「着て歩かない分を送ることもできるんですか?どうやって?誰が取りに来てくれるって言うんですか?」

 ヨホさんが、ひととおり見て試着した服を両手に、壁と話をしていた。昨日からビックリもしてきたけど、なんだろうあの話す壁の絵は。男の人だったり女性だったり、壁によって話しをする人は変わるみたいだ。けれど質屋でもないのにどうしてそんな手の込んだことをするんだろう。

 「ミゼリトさん!気に入った服、全部持って帰れそうです。どれにしますか?」

 そんなに世話になり過ぎたらこれ以上恩返しができなくなる!

 「いいえ、私は結構です。持ち合わせもありませんし、そんなに何着もお洋服を買えるほど貯えもありません。」

 「何を言っているんですか、ミゼリトさんは。貯えとかはいらないんですよ、このアイオリアでは。そもそも通貨の概念がない人たちですからね、フィリオス様にしろ、ルミネ様にしても。オリト王は、もともとここの出身だけあって流石に貨幣を理解してくれますが、奥様や息子さんにはわからない考え方みたいです。物の価値は誰にとっても同じじゃないって、そう言われてしまいますから。」

 私はわからないままキョトンとしてた、と思う。そしたらヨホさんはこんなふうに言ってくれた。

 「つまり、ここにあるのは、欲しいと思う人が自由に持っていってくださいって置いてある物だってことです。無料なんです。」

 私にはやっぱりまだよくわからなかった。だって、目の前にいっぱいある、どれも綺麗なお洋服が、ただ?ただって、ただ?

 「…まあ、それでも要らないと言うのでしたら、私は無理にとは言いませんけど。奥様の分も見繕ってきますので、少しだけそこでお待ちいただけますか?ミゼリトさん。」

 ただ、ただ、ただ、ただ。ただだ、ただだ、ただだ、ただ。

 「ミゼリト、さん?」

 「すみません。あの、お金が要らないという意味の、ただなんですか?」

 「…そうですよ。無料って意味のただです。選んだ分は全部、アイオリアのあの家まで送ることもできるそうです。なので私の分は、既にあちらでまとめました。ミゼリトさんの分は、今ここに持ってます。どうします?もとに戻しますか?」

 私は、これまでで一番激しく首を左右に振っていたと思う。

 「じゃあ、これもまとめてしまいますね。手伝っていただけますか?」

 今度は上下に勢いよく振った。どこか夢を見ているみたいに感じてる…。



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