第17話 オリハルト I

 「…オニ・ハバキ・モリという氏族名は、CE1085に元モリトのデ・フィリオス・アイオリア王が第三代アイオリア国王に即位した際に決定されました。以後、アトランティス皇国という名称は用いられなくなり、現在ではアトランティス地方と呼ばれています。次に…。」

 僕の前で、壁に描かれた精密な壁画が動き出し、音が鳴り人が話しだしている。いったいどうなっているんだと壁の裏側に回り込んでみると、裏側にはまた別の壁画があった。僕がその前に立った瞬間に動いて音が鳴る。いったいここはどうなっているんだ?





 「ラファエラ書庫へようこそ。ご用件をお伺いします。お手元に端末をお持ちでしたら、お名前などをご登録になられますと必要な情報を端末までお送りいたします。手続きをされる場合は端末をこちらの画面まで向けてください。」

 昨日、城を出る時にいろいろな装備と一緒に渡されたこの四角い箱を、恐る恐る壁画に近づけてみる。城の備品を貸し出してくれたマッサンが、この箱のことを端末だと教えてくれた。ヨホとミゼリトさんもそれぞれ一つづつ持って歩いているはずだ。





 僕たち三人は今、旧アトランティス皇国のオリハルトに来ている。昨日僕がさんざん躊躇していたキンシャの霊峰は、僕の知らないうちに山腹にトンネルが掘られていて、城で借りた馬車を使ったら一日で来れた。だったら最初から教えてよって話なのだが…まあいいや。


 ヨホとミゼリトさんは、今頃城で教わったハバキの医療施設に行っているはずだ。僕らはついて早々に別行動をとることにした。そして僕は、ようやくこの『ラファエラ書庫』に辿りつくことができた。

 城で預かったこの端末という箱には、この都市へ着いてからというものびっくりされっぱなしだ。どういう仕組みで動いてるのかは知らない。でも僕がヨホ達と別れて書庫へ向かおうとしたら、たぶんこの箱がだろう、…いきなり話しかけてきた。聞いたことのない女の子の声だ。「どちらへ向かいますか?」ってその声が、荷物の中からなんだろう、いきなり聞こえてきた。僕が驚いて「ラファエラ書庫」と答えたら、今度は地面に矢印が出た。青い色をして僕の肩幅くらいある大きな矢印が、だ。

 僕はその時、誰か近くにいるのかと思って、探しまわった。まわっても見つからないのでイチかバチかで「君は誰?」って話しかけたら、「了解しました。私はこの都市を管理するシステムの端末です。名前はベータ。」って。驚いたことに答えが返ってきた。

 その端末って言葉で、マッサンから聞いた話を思い出して、荷物を開けて、底の方まで潜り込んでいた箱を取り出して、そうしてその箱をよく見ると、その箱の上に小っちゃい女性が立っている。

 頭からすっぽりと被る感じのシンプルな白い服。その女性の手のひらくらいの太さで、青の線が入って見える。体の中心から左側を縦にまっすぐに。あとは、手足に長めの手袋とブーツを身に着けていた。白の手袋と青のブーツだ。

 そのベータが僕と目線を合わせて「はじめまして。」と言った時には、僕はもう驚くのに疲れていた。


 そうして、地面に見える青い矢印に沿ってここへ辿りついた。そうしたら今度は動き出す壁画だ。もう疲れた。驚くのに疲れた。だからもう驚かさないで。お願い。お願いだから、お願い。

 「あらかじめご依頼をいただいておりました情報を、端末まで送信しました。こちらで確認することもできますがいかがいたしますか?」

 ラファエラ書庫の、入り口を入ってすぐのところにある大きな壁画の前に僕は立っている。さっきから端末をかざせだの情報をソウシンしただのと喋っている、動く壁画の前だ。落ち着いた感じの、年配の執事のような声で話しかけてくる、動く壁画の前だ。

 まだ中に入って数秒も立っていない。なのにどういうこと、これ?あらかじめ依頼されてたってことは、…父上が城から何かしたのか?…ってことは、僕はわざわざここまで来なくても、城でできたことなんじゃないのかな?

 母さんからの頼み事が、ぐるっと巡って僕のところに来るのはそんなに珍しいことじゃあない。大抵の面倒な頼みは、父上はこうやって僕に押し付けてくる。しれっと、だ。

 「ここで見せて。中身をちゃんと確認したい。」

 「かしこまりました。最初に何をお知りになられたいですか?」

 「オリトという名の僕の父が、以前患った病が再発しない程度に、面倒で驚き疲れるような方法について、教えてほしい。」

 これは八つ当たりかな。何にも罪のないここの係の人に無理いって困らせて腹いせしようとしているね、僕。

 「かしこまりました。こちらの情報は、あらかじめご依頼いただきました中には見当たりません。少々お時間がかかりますがよろしいでしょうか?」

 あれ?時間かければ出てくるの…?……。

 「いやあのその、すみません、取り消します。先に『たそかれの世界』について教えてください。」

 「かしこまりました。事前にご依頼がありました『たそかれの世界』についての、最新の分析結果と測定値およびそれらから推測されうる可能性について、をご案内いたします。」

 落ち着いた感じの、年配の執事のような声がそう答える。僕はホッと胸をなでおろした。あぶないあぶない。城からあらかじめ依頼ができてたってことは、おそらくだけど、ここで僕が得る情報なんかもあちら側でわかるんじゃないだろうか。仮に、城からは依頼しかできないのだとしても、知ってしまえば面倒にしかならない情報は得ないほうがいい。面倒ごとはごめんだ。

 こうして僕は、この場で知りたい情報をひととおり確認することができた。そうして城に戻ってから端末で情報を再生する手順を案内され、年配の執事による案内が終わる。

 その後で念のためにだけど、どのような情報を端末から再生できるのか、端末側のベータさんに聞いてみた。一応、念のためだったのだが、この端末から再生できる情報は聞いておいてよかったと思う。僕が八つ当たりで聞いた内容がしっかりと記録されていた。それは困るので、端末からベータさんにその記録はすっかり綺麗に消してとお願い。そのお願いが「了解しました。」って可愛い声で了解されたところで、僕の分の仕事は終了となった。


 僕は僕のすることを終えたので、端末からベータさんに聞いてみた。ヨホ達のところまで移動するためだ。歩きながら街並みを見てみたいとも考えていた。さっきはここへ来るための矢印しか見れていなかったから。

 「ベータさん、すまないのですがヨホ達の所まで案内をお願いします。」

 「了解しました。案内表示を表示します。」

 オリハルトはとても大きな街だ。城の城下に広がっていた街が、ここでは一区画程度でしかない。畑まで入れてようやく三区画くらいだろうか。

 建物はどれも綺麗なつくりで、壁がつるつるだったり、一面全部がガラスでできてたりする。ビルと呼ぶのだったか、以前に父上から聞いたことのあるその建物の名を思い出す。ときおり僕にも読める字で、○○ビルディングと書かれた建物もあった。そうしたビルが区画の中に、大中小と並び合わせて建っている。多少の違和感は感じるが、ものすごい都市だと思った。


 なぜこれほどまで進んだ文明と文化を築いたのに、ハバキはモリトに合流したのだろうか。その気になれば攻め滅ぼせるだけの差が、ハバキとモリトの間にはある。いいや、その気にならなくてもできただろう。天までそびえるビルの並びで街並みを築き、端末と呼ばれる四角い箱で、どこにいるのかはわからないけど、ベータさんと話もできる。行きたい所があれば、端末に話しかければ行先まで案内してもらえる。それも地面に方向を示す矢印が出るという卓越した技術でだ。

 僕は、ちょっと疑問に思って端末からベータさんに聞いてみることにした。

 「ベータさん、ハバキはなんでモリトとの合併を了承したの?すぐにわかるかな?」

 その答えはすぐに返ってきた。

 「了解しました。そのご質問に関するお答えは、この街を管理するシステムの中に保存されています。回答までにかかる時間は0秒です。」

 「そう、早いね。そうしたら手間をかけて申し訳ないけど、どんな内容なのか教えてもらえないかな?」

 「了解しました。ご質問に該当する分析と考察は、CE1011のジ・バルハト・アトランティスの名で演説された文書の内容に合致します。この演説のための文書は提出されており書庫に保管されています。」

 氏族名にアトランティスと入るってことは、ハバキの王族か。…できれば内容を読んでほしかったな。…お願いしてみよう。

 「ベータさん、その文書の内容を読み上げて欲しいのだけどいいかな?」

 「了解しました。演説のタイトルは『ハバキの進化とその限界、そのための対策について。』となります。続いて文書の内容を読み上げます。


 ハバキと呼ばれていた種族は、かつて争いの中で文明を築き上げてきた。戦いは更に戦いを呼び、それに応じた技術の進化は目覚ましいものがあった。我々はその進化を良しとして、ここまで来た。そして今、それが限界に達しようとしている。

 技術の進化は我々に目覚ましい発展を与えた。かつて我々の祖先が苦しんだ、飢えは既にこの地にはない。かつて我々の祖先が苦労した、移動にかかる体の疲弊も今はもうない。かつて我々の祖先が頭を悩ませた、あらゆるものが既に解決されている。

 しかし、それ故になのだろうか。今まさに我々は種としての限界に行きあたっている。原因として考えられるものは数多く、しかし対処できる対策は一つしかない。

 戦争による技術革新は我々を高みに上げ、いつの日か空を超える日に辿りつき、我らをあのハバキの生まれた星にまで到達させてくれるはずであった。しかし、今日の我らにはもう先がない。種としては終わりと言えるほどに、先がなくなってしまっている。

 出生率の低下がはじまったのは今からわずかに三十年ほど前のことだ。新生児の死亡率はほぼ0%にまで下げることができた。以降、出生率は一年が過ぎるごとに下がるばかりだ。昨年の新生児は国全体でわずかに数百人。その前の年が数千人であったのに対してのこの比率は、来年は生まれてくる子供の数が百名を下ると予測させている。この急激な低下に対して未だ明確な答えは得られてはいないが、対処せねばならない対策はより明確になった。

 北の山の先にある、モリトの国の王より、かねてから寄せられている提案がある。私はそれを受けようと考えている。ハバキはこれよりモリトと共に生きてゆくのだ。霊峰を越えた北のモリトの地で生活を営み、争いに関することはその全てを捨てて、これからは世界をより良いものにするために、ハバキの技術を伝えていく。大地が痛まぬように。大気が荒れぬように。水辺が枯れぬように。炎がこの星を焼き尽くさぬように。

 思えば、我らはこれまで傲慢すぎたのかもしれない。進化のために傷つけたものは、敵対するものだけでなくこの大地であった。進歩のために汚してしまったものは、我らを慈しむこの大気でもあり、そして生きるのに必要な水辺でもある。科学の力で作りだすまがい物の大気と水が、もともとから我らにも与えられていたものを軽んじる風土を育てた。技術で造り出す様々なものが、いつしかこの世界を我が物と思い込む気質を育てた。私はそうしたものがハバキに限界をもたらしたのではないかと考えている。」

 演説はその後も長々と続いていった。でも僕は、それを最後まで聞くことができなかった。ハバキは子供が生まれなくなって、それでモリトと…。父上は当然そのことを知っていたはずだ。…だからなのか。僕はここへは、はじめて来た。父上にとっては生まれた国なのに僕を連れてくることは一度もなかった。それはそうだ、子供を連れて里帰りしたとしても、今はもう…。


 「ベータさん、ありがとう…。もういいよ。」

 「了解しました。内容の読み上げを終了します。この情報は端末内に保存しますか?」

 「いいや、保存しなくて結構。…ごめんね、辛い思いをさせて。」

 「了解しました。保存はキャンセルされ、情報を消去いたします。私はこの都市を管理するシステムの端末です。辛いという感情は私には組み込まれていません。けれどお気遣いありがとうございます。生みの親である種族の衰退に、涙を流していただけたことにも感謝いたします。」

 ベータさんは、誰か家族と一緒にいるんだろうか?僕はふとそんなことを聞いてみようかと思った。でも、それは失礼な質問になってしまうかもしれない。そう考えて聞くのをやめた。

 さっきまで見ていた街並みの違和感が、今はものすごく理解できる。僕らがこの街に到着してから、今の今まで誰とも会っていない。街中はほとんどが無人で、時折音楽がどこからか流れてはくるのだけど、人がいる気配が全然しない。



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