第14話竜の声
「はあ…ったく、カウラのやつどうしたのかね〜」
自分の部屋の階へと続く階段を登りながら、俺はため息を吐く。
夕食の時にカウラの機嫌が急変したのは何だったのか。
「やっぱ、軽口がすぎたかな…」
よくよく考えれば、カウラとは今日会ったばかりだ。
陽名菊と一日で親しくなり過ぎた為か、俺は人との距離感を見誤っていたのだろう。
もっと慎重に接すべきだった。
「と、部屋に着いたか」
そんな事を考えながら足を進めていたら、気づけば自分の部屋の前に立っていた。
「ただいまー、っと」
ドアを開き中に入ると、目の前には暗がりが広がっていた。
陽名菊は不在なのか、と不思議に思いながら部屋の明かりを点けると、部屋の隅で布団をひいて寝ている陽名菊を見つける。
まだ日が沈み始めたばかりなのだが…何故こんな早くに就寝を…。
「まあ、具合が悪そうじゃないしいっか」
陽名菊が起きないように注意しながら、部屋の明かりを消し、カーテンを開ける。
夜と夕方が混ざった明かりが差し込み、適度な明るさになった。
そこまでした後、俺はなんとなしに陽名菊の横に寝そべってみる。
もちろん、一緒の布団に入った訳じゃない。ただ床に寝てるだけだ。
「こうして静かにしてれば、可愛んだけどな…」
陽名菊の顔を眺めながら、そんな事を呟いてみる。
綺麗な白銀の髪はサイドテールからロングに解かれ、相変わらず変な口が右側頭部に着いていた。
「本当に妖怪なんだな…」
頭の二口目をそっと触る。感触は人間の唇と似たような感触だった。
パッと見ただけなら大して人と変わりないが、この人ならざる部位を見て、陽名菊は人外なのだと実感してしまう。
「ふああ…なんか、眠くなってきたな…」
陽名菊の寝姿を見ていたせいか、急に睡魔が襲ってきた。
きっと、このまま寝たら体を痛めてしまうだろうが、陽名菊の寝顔を見れたのだからそれも許せてしまう。
「…はは、俺は何考えてんだろうな…。おやすみ、陽名菊」
就寝の挨拶をしてみたものの、当然ながら返事は返ってこない。
そんな事は気にも止めず、俺は瞳を閉じた。
『ほほう…変わった生命エネルギーが見えたから来てみたが、これは中々面白い。どうやら、我は当たりを引いたようだ』
さて、眠りに就いてからどれほど経っただろう。
案外、そこまで時間は経って無いように感じる。
それはそれとして、この頭の響く声は何なのか。
直接脳内に…とか言う類ではなく、精神世界に直に干渉されている気がする。
まあ、そのおかげでこっちからも自由に意思の疎通が出来るので有難いのだが。
「…お前は誰だ?」
『なに、少し貴殿に引かれてやって来たただの精神体だ。そんなに警戒しなくても良い』
「俺に…引かれた?」
目の前に佇む赤い球体が、気になることを言ってくる。
表情は読み取れないが、その声音からしてこの状況を面白がっているようだった。
『そうだ。お主からはこの世界の民とはまったく違う異質のナニかが流れていてな…我はそれに引かれたまでだ。お主、名はなんだ?』
この声の主が敵か味方か分からない以上、無闇矢鱈に自分の情報を教えるのは気が引ける。
しかし、このままこの精神世界に閉じ込められるのも嫌なので俺は渋々教える事にした。
「…佐渡真也だ」
『佐渡真也、か。種族や職業は?』
「教えても良いが、先にお前の事についても教えてくれ。フェアじゃないだろ?」
『これは失礼した。我の名は……そうだな、スカーレットファブニルとでも名乗っておこう。種族は
赤い球体…スカーレットファブニルは俺にそう言ってくる。
ドラグーン…名前からして竜の一族なのだろう。
そんな一族が俺に何用で来たのか。俺自身心当たりは…そう言えば、エネルギーがどうとか言っていたか。
取り敢えず、悪い奴では無さそうなので警戒は解くことにしよう。
「なるほど…丁寧にどうも。さっきも言ったが俺は佐渡真也。種族不明の無職だ。で、スカーレットさんに聞きたいんだけどこの状況は?」
『うむ、我が精神を真也殿の夢を介し、そこで意思疎通をしているだけだ。危害は加えないので安心して欲しい』
「分かった、今はそれが聞ければ良いよ」
俺はその一言で完全に警戒を解く。
どうやらこのスカーレット・ファブニルとやらは本当に興味本位だけで俺に干渉して来たらしい。
「じゃあ、お互い自己紹介が終わった所で本題に入ろうか。俺に流れてる変わったエネルギーって言うのは?」
『そうだな…真也殿には魔力や妖力とは違った、もっと別のモノ…いや、そういった力よりも強力なモノ……近いもので言えば神力に近いナニかを感じるのだ』
「あー…」
スカーレットが言うのは、きっとエノイアの事だろう。確かリリスが神器と言っていたし。
『心当たりが?』
「まあな、俺の中には神器の力が流れてるから。多分それだと思う」
『なんと…神器が…そんな大層なモノをどこで?』
「近くの遺跡で拾った」
俺がそう言ったのを最後に、スカーレットは何も話さなくなった。
相変わらず表情は分からないが、なんとなく予想はつく。おそらくポカンとしてるだろう。
こんな説明されたら、きっと俺だってそうなる。
「うむ…ま、まあそんな事もあるのだろう」
なんだかやけくそに片付けられたが、今は見送ろう。
「それで、俺の神器がどうかしたか?」
『いや、特に何かあるわけではない。ただ興味本位で見に来ただけだったからな。ただ、欲を言うなら真也殿との手合わせを是非お願したい』
「ん、いいぞ?なら今度スカーレットに会いに行くよ。そしたら全力で戦おう」
『良いのか?自慢ではないが我は竜族の中でも強い方だぞ?』
「ああ、望むところだ!」
相手から見えているかは分からないが、俺は不敵に笑ってみる。
すると、スカーレットの方からも勇ましい豪快な笑い声が聞こえてきた。
それと同時にスカーレットの光球が少しずつ透明になっていく。
『やはり、真也殿は面白い。ふむ…そろそろ我の精神体の維持が厳しくなってきたか。真也殿、今宵はお別れだ』
「分かった。また今度な」
『ああ。ではさらばだ、佐渡真也。貴殿との手合わせ、楽しみにしておるぞ!』
光球はそう言いながら消えていった。
スカーレットが最後に言い放った、心からの楽しみを見つけたような声。
きっと、拳がぶつかり合うその日まで、身を疼かせている事だろう。
こっちに来てからモンスターも満足に殺せていないこの俺が、こんなにもわくわくしているのだ。
今の相手の精神状態を予想するなんて簡単な事だった。
「さてさて、俺にとってどんな結末が待っているかな」
胸の内に熱を灯しながら、いつかの戦いに思いを馳せる。
正直、どっちに転ぼうと俺にはどうでも良い。なぜなら、俺の目的は戦うことなのだから。
きっと俺にとって良い影響になるはずだ。
この戦いでもっと強くなって、陽名菊達との戦力差を埋める。俺だって弱いままじゃいられないからな。
なんて事を考えながら、俺は一度深く目を閉じる。
すると、俺の精神体が何かに引っ張られる様な感覚を覚えた。きっとこのまま流れに従えば、俺は目を覚ます事が出来るだろう。
窓の外から星と月の明かりが僅かながらに差し込む。
そして、そんな光さえも目覚めたての俺には眩しかった。
「真也さん?真也さーん?」
誰かに体を揺すられる。
聞きなれたいつもの声。どうやら、しっかり戻ってこれたみたいだ。
俺は心の中で安堵の息を吐き、そっと目を開ける。
そこには、当たり前だが陽名菊がいた。
「あ、起きましたか。もう、びっくりしましたよ…目が覚めたら真也さんが床で倒れてるんですもん。寝るんでしたらちゃんと布団をですね…」
「ん…ああ、悪い。布団引くのが面倒くさかった…」
「はあ…真也さんを移動させるの大変だったんですから。もうこんな事しないでくださいね、風邪引いちゃいますよ?」
「今度から気をつけるよ。ありがとな陽名菊」
困った顔をしながら俺に説教をする陽名菊だったが、俺が礼を言うと少し顔を赤くして俯いてしまう。
「ま、真面目な顔で真也さんにお礼を言われると…その、恥ずかしい気持ちになりますね…」
「おい、どういう意味だコラ」
「なんでもないです!おやすみなさい!」
「あ、おい…!」
陽名菊を問いただそうと思ったら、背中を向け掛け布団を被って寝入ってしまった。
「はあ…おやすみ、陽名菊」
もしかしたら寝てしまっているであろう陽名菊に向かって、就寝の挨拶をする。
掛け布団を肩までかけ、俺は再び目を閉じた。
「……ああ、そうか陽名菊が敷いてくれたんだっけ」
一瞬、当たり前のように布団に丸まっている自分に対し疑問を抱いたが、陽名菊の言葉を思い出し一人納得する。確か、彼女自身も俺を移動させるのが大変だったと言っていた。
それにしても、わざわざ隣り合わせで布団を引く必要があったのか。
適当な場所に布団を引けば俺を転がすだけで済むはずだが…何故わざわざ俺が元いた場所に布団を引いたのだろう。
まあ、人の厚意にグチグチ文句を言うのも失礼だ。
今はただ陽名菊に感謝をしよう。
「ありがとな。それと、おやすみ」
心の奥底からの感謝、おそらく陽名菊には聞こえてないだろう。
相変わらず布団に包まったまま寝ている。暑くないのだろうか?
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