第7話殺戮の概念

「汝、力を欲するか?」


 例の球体から発せられた声を聞いた瞬間、俺の視界が一気に真っ暗になった。


 気を失ったわけではない、逆に世界から色が抜け落ちたように感じだ。


 果てしなく広がる黒一色、立っているのか浮いているのかすら分からなくなる空間…そして、見覚えのあるパイプイスと王座。


 その王座には、先程から聞こえてくる声を変声機で出しているであろうロリ女神が居座っていた。


「いや、何してんのリリス?」


「変声ごっこ、ですかね?」


「俺に聞くな」


 キョトンと可愛く首を傾げるロリ女神に、俺は一層疑問を抱いた。


「で、何の用だ?」


「むう、感動の再会なんですから、もっと喜んでくれても良いじゃないですか」


「まだ1日しか経ってないだろ」


 俺がそう言うと、リリスは頬を膨らませる。まるでリスのようだ。リリスだけに。


 寒かったな、すまん。


「ノリの悪い男はモテないですよ?」


「べ、別に?彼女なんて要らないですし?」


「強がっちゃって…」


 明らかに呆れた様子で、リリスは半眼を向けて来た。


 別に俺だって好きで彼女を作らないんじゃない、ただ出会いがないだけだ。


 俺に女運がないのは、陽名菊に出会った事で証明されている。


 異世界に来て最初に会ったのがあの人喰い少女だ。ついてないなんて次元じゃない。


「まあいいです。今はフランビト・エノイアの説明をしましょう」


「ふらんびとえのいあ?」


 俺の恋愛事情など、どうでも良いと言わんばかりに話しを終わらせたリリス。


 俺は、聞きなれない単語に首を傾げる。


 リリスは、そんな俺も見ながらコホンと咳払いを1つし、先程の単語について語り始めた。


「良いですか?フランビト・エノイアと言うのは…」


 フランビト・エノイア…それは『殺戮の概念』


 ありとあらゆるモノを殺し、自分の力にする概念。


 己の願いのために多くを殺し、体だけでなく魂までをも殺すことの出来る力。


 誰よりも優れた力を持ち、欲のためなら殺し奪う。そんな傲慢と強欲を元に神が作った神器。


 そして、フランビト・エノイアを使うには代償が必要になる。


 それは己の魂。


 使用者の感情、血肉、全てを捧げ、その欲を叶え続ける。


 


「…っと。まあ、こんな所ですかね」


 言いたい事は言い終えたのか、リリスは一度息を吐く。


 俺は自分の中に何が入りこんだのかを理解し、恐れを通り越して呆れていた。


「何その物騒な兵器…」


「兵器じゃなくて神器です、間違えないでください」


 正直どうでもいい気がするが、リリスが念を押しているため従うことにしよう。こだわりでもあるのか?


「まあ、簡単に説明するとですね、殺したモノの力を手に入れられるんですよ」


「え、何それチートじゃん」


「制限はありますよ?能力被りは奪えませんし、人を殺すとしたら魂まで殺し尽くさないと相手に取り込まれます」


「仕組みはよく分からないけど、面倒臭いし物騒だな。俺平和主義なんだよ」


 魂を殺す…精神崩壊の一種だろうか?


 遺跡の壁画に、拷問中の様子を描いた絵があったからきっとそうなのだろう。


 恐らく俺が人に使う機会は来ないと思うので、頭の片隅にでも置いておくとしよう。


 それより、魂を殺すよりも重要な話題があったので今はそちらが優先だ。


「…だけど、モンスターが倒せるようになるのは良いな。これで陽名菊の世話にならなくてすむ」


「あの二口鬼の娘ですか。あの娘、真也さんから離れる気、毛頭ないですよ?」


「知ってる。あいつは俺の味が好きらしいからな。偶にあげてる肉の礼で食事や宿代出してくれてるけど、さすがに俺の良心が痛む。それにいつまでも陽名菊の世話になる訳にもいかないし…礼はきっちり返して、あとは異世界生活を謳歌する」


 マスターさんが言っていた。陽名菊は単独行動の方が向いていると。


 そのせいで1人になってしまってがために、きっと寂しさも感じているだろう。だから俺を傍に置いた。


 俺は金に困らない、陽名菊は最高級品質の食料と仲間モドキをGET。これが今の関係。


 陽名菊も資金を無限に持っている訳ではない。なので、俺が邪魔になってしまうその前に、なるべく早く陽名菊から離れたいのだ。もちろん、食料から解放されたいという願いもある。


 リリスにそう説明すると、呆れられた。何故?


「真也さんって詰まらないですね…さすが童貞です」


「リ、リリスには関係ないだろ?」


「まあ、確かに今の私にはどうでも良いですね。話しを戻しましょう」


「言い切っちゃったよ…」


 王座に肘をつきながら、リリスは興味無さそうにしていた。


 俺の恋愛経験ってそんなどうでも良いのか?そろそろ泣くぞ?


「では、最後にちょっとお話しをしましょうか。真也さんには転生者についての話しましたよね?」


「ああ、1000年に1度に送ってんだろ?」


「はい。それで、その…転生者達がどうなったのかも…ご存知なんですよね?」


 急に恐る恐るといった様子で、リリスは尋ねてきた。


 転生者については陽名菊が言っていたので大まかにだが理解している。


 確か、転生してから数日で精神を病んだよな。


 それを聞いて、「俺は嵌められたのか」と思っていたところだ。


 そう言えばリリスを殴ろうと思ってたっけ?


 ……あ、そっか…だから怖がってたのか。きっと怒られると思っているのだろう。


「安心しろリリス……ちょっとその顔面一発殴るだけだから」


「まったく安心できません!?」


「……冗談だ。だから早く椅子に戻れ」


「嫌です」


 本気七割・冗談三割で発した言葉だったが、どうやらかなり怖がらせてしまったらしい。王座の背もたれに隠れてしまった。


 顔を半分だけ覗かせるその姿は愛らしさを感させるが、正直殴る…まではいかなくても、ゲンコツの1つくらいはしたい。


 そんな俺の考えとは裏腹に、リリスは隠れたまま話しを再開させた。


「それでですね、転生者が心を病んだ理由なんですが…理由はフランビト・エノイアにあります」


「え、この神器が原因なの?」


「はい。先程の説明にもあった通り、フランビト・エノイアは全てを殺せる力。しかし、その代償に魂を使います。体と魂は表裏一体、魂を原動力に体を介し力を発動する…つまり、エノイアを力を使うと体に激痛が走るんです」


 俺はその説明を聞きながら、今までの転生者が辿った道のりについて大方の予想を立てた。


 魂で力を使い、体を介し発動する。そして、リリスが言った通り、発動の際には痛みが伴う。


 つまり、体を内側から引き裂いて出てくるのだ。その痛みは想像を絶するモノだろう。


「要は、発動した時の『痛み』に精神が耐えられないわけか」


「話が早くて助かります。異世界転生に憧れてる人は多かったんですけど、何分皆さん脆くて……男なら根性張って敵を倒せ!って言うのが私の持論何ですけど…」


「さすがに厳しすぎるだろ…」


 期待外れ、とでも言いたげにリリスはそう話した。


 何故この神器がそんな仕様なのかと思っていたが、理由が思っていた以上にテキトーだった。


 そんな理由で散っていった先人達に、俺は心の中で祈りを捧げる。


 ご愁傷さま。顔も知らない転生者達。


 しかし、何故そんな代物を転生時に説明付きで渡さなかったのか。というか、結局能力を渡すならチートが欲しかった。


「…なあ、このエノイアはいいからチートを…」


「それは出来ません。こっちにも事情があるんです」


「へーい」


 相変わらず椅子の背に隠れながら、力強い否定をしてくるリリス。


 もう怒ってないからそろそろ元の位置に戻って欲しい。


 分かってはいたが、やはりチートは無かった。


 異世界モノにチートは付き物だと思っていたが、リリスは甘くないようだ。


「あっ、エノイアで私を殺せば一気に神様チートですよ?」


「縁起悪いから遠慮するわ…」


 あっけらかんとした様子で言ってくるが、俺は絶対そんな事しない。


 てかそもそも神様を精神崩壊させられる自信がないから。


「冗談です。さてと、真也さんに話したい事は話せましたし、そろそろ元の世界に帰しますかね」


「そう言えば、俺の今の状態ってどうなってるの?」


「簡単に言うと精神だけの状態ですね。体は元の世界に置いてあります」


 やっと王座に座り直したリリスが、まだ若干恐怖が残る口調で答えた。どうやら今は幽体離脱に近い状態らしい。


 そろそろ帰すと言ったリリスは、どこからか青い宝玉の付いた金の杖を取り出し、俺へと向けていた。


 呪文のようなモノは無く、リリスが目を閉じしばらく待つだけで、俺の足元に魔法陣を出現させる。


「それでは真也さん、またいつかお会いしましょう。あと言い忘れてましたけど、相手に飲み込まれた場合でも、愛とか想いの力で何とかなる事があるので覚えといてください」


「了解。肝に銘じておく」


 最後の最後で割と重要な事を言ってきた。


 よくアニメなどでそんな場面を見るが、やはり愛は最強の力なのだろうか?


 そんな疑問を抱きながら、俺は魔法陣から放たれる白い光に飲みこれていった。

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