鳳蝶―II
立ち上がり、背を向けたラウラに向かい、彼女は手を伸ばした。細い足首を、右の手のひらが捉えた。
〔……待てよ〕
ミラはラウラの足を引っ張りながら、ぐっと身体を持ち上げた。呆気なく人形は砂浜に倒れ込み、ミラはふらふらとした足取りで再び立ち上がった。
〔こんな程度で死ねるかよ〕
〔ふむ、やはりお前は恐ろしい奴だ。構わん、撃て〕
だだだ、と無慈悲な雄叫びが唸る。視界に襲いかかる弾丸の一発一発が、どんどんとこちらへ迫ってくる。まるで私自身に向けられているかのように錯覚し、思わず悲鳴を上げそうになった。
デルタには、無論サンにも、この光景は見られない。私だけが彼女の現実を見ている。ようやく橋が遠くに見えてきた。あと少し。ならば二人を不安にさせないよう、私は努めて平静を装い、走るしかない。
しかしそんな決意をあざ笑うように、何十発もの弾丸がミラの身体を貫いた。しかもその全てに痛覚プログラムが仕込まれていたようだった。
彼女は激しい叫び声をあげ、両手で自らの身体を抱き寄せる。痛み。痛み。痛み。その半分でも私が肩代わり出来たら良いのに。どうして彼女だけがこんな苦しみを背負わなければならない。
彼女は私を救い出してくれた。守ってくれた。導いてくれた。そして、笑ってくれた。
それだけで彼女は、私にとってかけがえのない光だ。なのにどうして、優しい人ばかりが地獄へ落とされる。
〔ミラ! お願いします、これ以上は!〕
タロザの声が辛うじて届く。ミラの五感モジュールは無数の弾丸により動作不良寸前になっており、多数のノイズが彼女の命の形を表しているようだった。
擦り切れるような吐息を漏らしながら、彼女は辛うじてラウラを睨みつける。しかし痛みに瞼を歪ませ、地面に目を落とす。
〔どうした、お前も監視者の末裔だ、機械に感情を重ねてはいけないなど、常識だろう?〕
彼にはこの一方的な虐殺を止める力などない。私だってそうだ。デルタだって。サンという少年一人を巡り私達は対立し、そしてミラというただ一人の女性が全ての咎を受け入れようとしている。
〔タロザ、やめろ……お前は、生きるんだ……本当の世界を、見に行くんだ〕
人間ならば、何百倍にもなって襲いかかる苦痛に脳が焼き切れ、正気を失うか命を失うかしているはずだ。痛覚を知らぬレプリカントであれば尚更だ。未知への恐怖は柳の影すら怪物に見せる。
〔お前……お前は、一体何なのだ〕
彼女はどかりと砂浜にあぐらをかき、痛みで大きく震える腕を諌めながら煙草を取り出し、何とかマッチで火を付けた。
〔言っただろう、私の名はミュウ。覚醒に至る虐殺の民さ〕
〔……そうか、そういう事なのか。たった一人生かす為に、お前は死ぬのか〕
〔その通り。さあ、
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