闘争―I

 公園から橋までは、全速力で駆けても三十分以上かかる。途中で監視者と遭遇するリスクを考えれば一時間は見積もって置かなければ。つまりミラは一時間もの間、奴らと戦い続けなければならない。


「ミラは大丈夫なのかな……」


「気になるんなら侵入ダイヴすればいい」


 言われてみればそうだ。同一のネットワークにいるのだから外部接続よりもずっと容易だ。だが彼女は独自のファイアウォールを築いていると言っていた。それに私は侵入自体した事がない。そもそも犯罪行為だからした事のない者のほうが多いだろう。

 その事をデルタに伝えると、


「なら、あいつが応じてくれるまで申請リクエストを送ればいい」


 五感共有の申請。それなら合法だから誰にでも出来る。問題は彼女がそれを受け入れてくれるかどうかだ。

 祈る思いでミラへ申請を送った。そんな私の恐れを知ってか知らずか、彼女からのレスポンスはほんの一、二秒で帰ってきた。


〔よう、もう恋しくなったのか?〕


 彼女の視界が映し出され、体の内側に響くように彼女の声が伝わってきた。いつもの軽口がひどく懐かしく思える。


〔今どこなの?〕


〔とりあえず橋の近くまで行く。奴らを引き離したら私は東側の沿岸沿いに南へ誘導する。あんた達はそのまま国道沿いに橋まで北上するんだ〕


 国道は島の内側を通っている。つまり相反する動きで私達は移動することになる。合理的な判断だ。

 まずは橋の警備を取っ払い、私達から出来るだけ遠い位置で戦い続ける。絶対に私達は再会できず、彼女は一人ぼっちで戦わなければならない。自分のためではなく、私達のために。そして日没の頃には――。


〔ん、何だ?〕


 突然ノイズが聞こえ、思考は中断された。彼女の視界にトランシーバーが現れる。


〔約束の時刻となった〕


 ラウラの声だ。


〔そうだな、今そっちに向かってるよ〕


〔お互い効率的に行こうではないか。彼らとは反対側に私達を誘き出したいのだろう? 乗ろうじゃないか〕


〔どうしてそう親切なんだ。例えば私が東にいると言えば、お前達は西へ向かうんだろ?〕


〔そんな姑息な手を使っていては、人間の矜持を取り戻せないだろう。橋の警備は遠距離の狙撃手のみ、お前が死ぬまで手出しはさせない。代わりにこちらは全力かつ速やかにお前を殺しに行く〕


〔その保証は〕


 ひりつく駆け引きの中でこれまで間髪入れず言い合っていた問答だったが、不意にラウラの声が途絶えた。

 ミラはトランシーバーを傾けて通信が切れてしまったか確認したようだが、まだ繋がっている。異変に私も眉をしかめたが、それはある笑い声でかき消された。

 高く、透き通る笑い声が響く。びりびりと震えるほどに大きな声で。


〔そうか、全てはこの瞬間の為にあったのか。恐ろしい奴だ。悪いが、質問に質問で返す事を許せ〕


〔何言ってんだ、あんた〕


 笑い声が絶えた。冷たく研ぎ澄まされた音色が、彼女の聴覚モジュールを、そしてそれを遠隔受信リモートする私を震わせた。

 

?〕


 ミラの足が止まった。トランシーバーを下ろし、左手に広がる海に目を移した。二秒、三秒、押しては引く波の音が数回届いてから、彼女は再びトランシーバーに口を近づけた。


〔私はだ。誰に言われようとそう答えるさ〕


〔そうだ、そうだとも。それがだ。さあ、あの時の続きを始めよう〕


 二人共、何を話しているのか。ミュウ? それが本当の名前なの? 聞きたいけれど、聞くのが怖い。今は走ることに集中しろ、と言い訳を一つ。


〔望むところさ。祝砲をあげようぜ〕


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