夜明け―II
その夜も私は夢を見なかった。ミラが見たように、私も荒唐無稽な世界に落ちてみたかったけれど、それは叶わなかった。
睡眠状態から復帰すると、まず掌の感触が失われていると気がついた。横を見るとそこにミラはいなかった。メタトロン曰く、時刻は早朝七時。サンは出来合いのシリアルを食べていて、私が起きたことを確認すると小さく手を振ってくれた。思えば、彼の方からコミュニケーションを取ってくれたのはこれが二回目なのか。最初は海に行きたいと言ったときだったし、目的のない純粋なやり取りはこれが初めてになるだろう。
「サン、おはよう」
私も手を振って返事をする。こくんと頷き、彼は再びシリアルにスプーンを突っ込んだ。
外ではデルタが街並みを眺めていた。昨夜のまま置きっぱなしの椅子を引き寄せて、彼にも挨拶をする。
「おう、おはようさん」
一斗缶には黒焦げになった薪が入れっぱなしだった。どう捨てたら良いか分からなかったから、と説明された。
「ねえ、ミラはどこ?」
尋ねるとデルタは腕を組んで唸った。
「いや、俺も見ていないんだ。目覚めたらサンはもうシリアルを食べ始めていたし、あいつの姿もなかった」
散歩にでも出たのだろうか。どのみち私が目を覚ませば通信が可能だ。デルタはローカルでの直接通信しか出来ないけれど、私と彼女は同じ淡路島もとい灰島専用のネットワークで繋がっているのだから。
〔おはよう、ミラ。どこにいるの?〕
通信を試みたが反応はない。通信が確立されているからオフラインではないようだが、向こうのボイスラインがアクティブになっていない。ミュートにしているのか、無いとは思うが私からの連絡をブロックしているか。
どちらにせよまだアセンションはしていないし、予定通りの動作であれば彼女の喪失は日暮れ時だ。
しかし連絡がないまま時間が過ぎ、段々と心配が芽生えてきて、お昼時になった頃には不安に変わった。私とデルタは交代で外出し、一方がサンの相手を、もう一方がミラの捜索を担当した。
彼女はたしかに自由人だけれど、だからといって今日この時にまで好き勝手してほしくなかった。それとも猫が最期の瞬間を独りで過ごそうとするように、彼女も死への恐怖と離別の哀しみを孤独に抱え込もうとしているのか。
私は隠れ家周辺から、彼女のいそうな廃屋や斜め四十五度に倒れたビルの屋上まで、至るところに足を運んだ。けれど彼女の足跡はなく、あの独特の煙草の残り香も感じ取れなかった。
監視者やサイカの信徒たちと出会うこともなかったが、遠巻きに監視しているのは間違いないだろう。ラウラに連絡を取ろうかとデルタに相談したが、あまり良い顔はしなかった。それは最終手段にしておこう、と丁重に断られた。
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