Sequence 3:胎動

雫―I

 >レプリカントというに根源的な不具合が存在している事は、始めから分かっていた。誰の目にも明らかだった。「始まりのレプリカント」、A01が誕生する以前から、数多の語り部達がそう囁いていたように。

 >機械生命体に分類される彼らには、生物なら当たり前に備わる機能を持ち得ていなかった。

 >だからこそ、日常にはおよそ実感を持たないその機能を人間達が思い出せるよう、レプリカントが出来る限りその機能を疑似体験できるよう、善意か、あるいは悪意かによってそれは実装された。

 >全ては、人間を模倣する為に_



 私は無意識に喉元を抑え倒れ込んでいた。止血をするには両手で圧迫する必要があるけれど、それは生物に限った話だ。私達は違う。体内のパーツはAx2による簡易凝固により型取りされ、一時的にその形を復元する。周りのレイヤーが引き伸ばされ、従来よりも薄い膜で空いた穴を塞ぐ。

 それらはものの数十秒で完了するが、一度零れたAx2を再び生成する事は出来ない。覆水盆に返らず。それは何百年経とうと変わらない。

 私は残されたAx2の残量を確認しようとしたが、すでに視覚モジュールや聴覚モジュールにノイズが発生している事に気付き、過負荷をかけないよう思いとどまった。代わりに考えた。

 私が撃たれたとして、次に何が起きるのか。無論、デルタやミラも同じように狙撃され、残されたサンは彼らに連れ去られるだろう。

 サイカ宗派はサンを手に入れてどうするのだろう? 彼らはサンがどうやって生まれたのか知っているのだろうか? 監視者たちが拷問の末に無理やり産ませた子であると知っているのか。知った上での事なのか。

 その理由は? 全ては想定通りなのか、あるいは監視者の蛮行に対する償いなのか。後者ならばまだまともな感性だが、ならば最初からそう言えば良かっただけの事なのに……。


 地面に広がるAx2の海。それは青黒く染まりアスファルトの破れ目に吸い込まれていく。ああ、青白く光っていた私の血液は、いつの間にかこんなにも黒く濁っていた。まるで本物の血液みたいに。ミラとおそろいだ。


 >そうだ、逃げなければ_


 ここから逃げられなければ、サンはもちろん私達だって。しかしどうやって?

 ミラは私を抱き支え、デルタは奴らを睨み膠着状態を続けている。ラウラが狙撃隊に支持を出そうとした瞬間、デルタが目の前で指を横に滑らせた。

 視界に浮かぶARインターフェイスを操作したのだと直感した。従来の意思疎通ならば視線感知アイトラッキングで操作出来るが、重要度の高いものなら手動での操作が必須となる。例えばそれは初期化であったり、通報であったり――攻撃もまた然り。


 突如、空から降ってきた鉄の塊に全員が一瞬呆気にとられた。別段驚く事もない、それはミラが乗ってきたドローンに過ぎない。しかしいま私達が持つ数少ない道具の一つを放棄するなど、誰も考えていなかったのだ。

 地面に叩きつけられると同時に、それは激しい火花を発した。私達と奴らとの間にはデルタのバイクが自動操縦により割って入り、電磁バリアを展開した。

 硬直爆弾スタンボムだ。ドローンに搭載された電磁波が辺り一面に拡散され、ラウラを含むサイカ宗派の全員が硬直した。

 

「今だ!」


 デルタの叫び声が、水底から聞いているようにくぐもって聞こえる。ミラが私をバイクのサイドカーに押し込み、サンを膝の上に乗せ、すぐさま踵を返して国道を走り去る。ものの数秒で、彼らとの距離はみるみる離れていった。

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