侵入―IV

 それからきっかり一時間後、デルタの見立て通り彼女は目覚めた。ぱちくりと目を開け、しばし天井を見つめていた。

 やがてきょろきょろと辺りを見回し、サンの相手をする私達を見つけた。


「おはよう、ミラ」


 私が声をかけても、彼女はしばし呆然としていた。


「どうしたの、寝ぼけてるの?」


 レプリカントがそんな状態になるわけも無いが、僅かな不安も抱きたくなかったから、彼女を真似して軽口を叩いた。

 ミラは一言、ぽつりと呟いた。


「……夢を見た」


 彼女は夢なんて見たくないと言っていた。怖いからとか、そんな理由で。だからこそ、その一言は私にも、そして恐らくミラにとっても衝撃的だった。


「よくは覚えていないけど、長い夢だった。ここじゃない何処か……何かの乗り物に乗っていたような……あと、誰かと会った気もする。変な夢だった」


「怖くなかった?」


「いや、大丈夫だ。それに――」


 彼女は腰を上げると、私へ一直線に駆け寄り、強く抱きしめた。ロックミュージシャンみたいなギザギザの髪が私を包み込む。


「記憶が戻った。良かった、忘れてなかったんだ」


「えっ……記憶領域が修復されたの?」


「そうさ、全部じゃねえけど、大事なものは多分」


「大事なもの?」


「そう、大事な……凄く大事な記憶だ」


 ミラと目が合う。私の瞳が反射する。異常なしのダイアログが浮かび上がる傍ら、彼女はこれまで見せていた快活な笑顔ではなく、艷やかな控えめの笑みを浮かべ、私をもう一度抱き寄せた。


「おかえり、ファイ。また会えて嬉しい」


「ど、どういうこと……」


「私達はニ〇五〇年、んだよ」


 ぽかんとする私を置いて、彼女は白い歯を見せた。これまでと同じ、快活で純粋ロックな笑顔を。

 私の中で、何かが弾けた。だって余りにも都合が良すぎるのだから。根拠は無いけれど、でもそうでもなければ説明がつかない。

 頭痛が起きて、何かが書き換えられて、目が覚めると記憶が戻っていた。ならばそれは。


 。残酷な推察が思考を支配する。


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