逃走―I

 およそ合理的な判断とは言えないだろう。監視カメラに一瞬映った銃弾とミラの倒れた方向から、どの角度からどの位置にそれが貫かれたかは容易に演算できる。

 やはり監視者は高台にも張っていて、そこから旧式のスナイパーライフルで狙撃した。弾は彼女の右大腿部を貫いて地面に突き刺さった。


 人間ならば激しい痛みを伴い、ともすれば失血死のリスクすら生まれる。だがレプリカントならば別だ。自己修復可能なだけのAx2があれば数分で穴は塞げられるし、太い太い大動脈がそこにあるわけでもない。

 それでも私は走っていた。五十メートルを七秒で走る速度が平均だとしたら、私のそれはもう少しだけ速い。〇.ニ秒ほど速く走れる。一秒の五分の一があれば、人間であれ三メートル動けるのだから。


 銃声から三十秒後、私は彼女の倒れた大通りに辿り着いた。三歳ともなればそこそこの大きさにもなるサンを抱えて走ったわけだから、本来よりもやや遅い到着かもしれない。

 青黒い血溜まりを引き摺りながら、彼女は隠れ家の方へと歩いていた。右上方に目をやると、そこにスナイパーはいなかった。その真下、地面の上でそいつは倒れていた。

 ミラもまた位置を特定し、排除したのだろう。? それは足元を泳ぐアゲハ蝶しか知らない事だろう。監視カメラはその機能を停止してしまっていた。突貫品ゆえに耐久性能は程々、なのだろう。


「ミラ!」


 私は間抜けにも、声に出して叫んでしまった。内部通信を行えば良かったものを、わざわざ周りにいる監視者達に分かる方法を取ってしまったのだ。


 彼女は足を引き摺りながら――恐らく駆動系のパーツに破損があるのだろう――残る二人に向けて何発か射撃し、二人共ほぼ同時に感電させた。

 これで事前に把握していた監視者は全員無力化した事になる。だが。


「居場所を特定した! 四地点に分かれて戦闘準備に移れ!」


 監視者のうちの誰かが声を上げた。ここからそう遠くはない。瓦礫の隙間からその声は届き、あたり一面からがちゃがちゃと騒がしい金属音が鳴り響く。

 それもそうだ、銃声がしたのだからそちらへ集まるのは至極当然だ。とても電気弾しか無いハンドガンでは太刀打ちできないだろう。


「ミラ、ミラ、ごめんなさい」


 何故か私は真っ先に謝っていた。ここに来てしまった事に、あるいは彼女一人に責務を押し付けた事に。


「気にすんな。とりあえず中に入って一服したい気分だ」


 大腿部から流れ出ていたAx2はようやくせき止められ、穴の空いた部分に周りの骨格成分が少しずつ塞ぎ始めている。

 ただこれはあくまで体内にある物質を薄く引き伸ばして塞いでいるに過ぎず、当然強度は落ちる。完全に治すためにはAx2の補充とそれに伴う構成物の体内生成が不可欠だ。


「でも、立てこもったとしても出られなくなるよ」


「今すぐ蜂の巣になるよかマシだ」


「でも……どうすれば……」

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