鐘の音

 全てのプログラムには規則がある。こんな指令が出たらこう振る舞う。ここへ辿り着いたらあちらを向く。そういった指標テストケースの山を築きながら、便利で手軽な社会は形成されてきた。

 言われるがまま動き回るゼロとイチの群れたち。それは表面上は決済アプリかもしれないし、ダイエットを応援するアシスタントかもしれない。だが彼らはどれほど美しく着飾ったインターフェイスでも、どれほど機能的な動作を保証されていても、ゼロとイチでしか言い表せない。


 そしてあらゆるプログラムを食い尽くした果てに、彼らは人間そのもののコーディングに目をつけた。だからレプリカントは誕生した。

 ならばその開発過程にテストケースは存在したはずだ。こうした時こう振る舞えという指標が設定されていたはずだ。

 人間のテストケースとは何だ。何を正義とし何を忌避する生き物なのだ。

 誰かが生まれた。それは男の子か、女の子か。妊婦の容態は? 望まれた子か? どうやって身ごもった? 赤子の体躯はどうか?

 誰かが死んだ。それは善人か悪人か。どうやって死んだ? 自ら望んだか? 死を受け入れたか? 遺体の引き取り手はいるか?


 彼らはその答えを何十年何百年も前から知っていたはずだ。そんな問答に意味はないのだと。

 だが、ならばなぜ、私達は生まれ得た。

 何を正解として私達は形成された。

 誰の差し金で私達は泣き、笑い、尽くしているのか。


 鐘の音が聞こえる。

 誰かがささやく。

 いや、今日はこのくらいにしておこう。

 ニ〇四九年一月七日、チューリングテスト/バージョン八.五、一時終了。

 鐘の音が絶えた。

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