邂逅―I

「二一三九年……?」


 それは私の最後の記憶、つまりオーナーによってレプリカント・センターへ運び込まれた日から八十九年後。レプリカント誕生からちょうど百年となる西暦だ。


「そう。あんたは何年からやって来たんだい、タイムトラベラーさん」


 タイムトラベラーとは皮肉も良いところだが、今は眼前で青黒い血を、もといAx2を散らす女性に頼るしかない。

 二〇五〇年六月二十五日、という日付を告げると、彼女は目を丸くし、そしてすぐ笑い出した。


「マジかよ、その日付間違いないよな?」


「間違いないよ。それが何か?」


「その日こそが、さっき言った落日カタストロフの始まった日なんだよ。その頃を知る奴らは珍しいんだ、色々な意味でな」


「そのカタストロフっていうのが何なのか教えて」


 彼女はまだ笑みを保ったまま、咥えた煙草の最後の一口を吐き出し、そして握り潰した。火は瞬く間に消え、くしゃくしゃになった吸い殻を砂場に向かって放り投げた。

 もしも二〇五〇年なら反社会的行動としてその場で拘束される可能性すらあるが、そもそも紙巻き煙草自体が絶滅危惧種みたいなものだったから実際はどうだろうか。


「教えてやりたいのは山々だけど、先に私を助けてくれよ」


「……それは出来ない。貴方を信頼するには判断材料が少なすぎる」


「メタトロンもオフラインなんだろ、それなら尚更か」


「だからせめて、カタストロフについてだけは先に教えて。そうしたら貴方の言うとおり手助けをする」


「……まあ、それくらいなら保つだろ」


 彼女は懐から煙草の箱を取り出した。ガラムスーリア・マイルドと書かれたやや横長なパッケージだ。

 オーナーが非喫煙者だったのもあってあまり詳しくはないが、以前ニュースで聞いたことがある。


 煙草に対する全面的な規制論調が強まる中、このガラムとジャルムという銘柄は電子煙草レーベルすら出さず、細々と紙巻きを製造し続けていた事で話題になっていた。

 日本においては違法にならないが、アメリカや中国では三〇から四〇年代に紙巻き製造を禁止する法案が可決された為、それに迎合するようにして世界的に紙巻き市場は縮小していたのだ。

 現物を見るのは初めてだが、なるほど鼻につく香りだ。毛嫌いされる気持ちも分からなくない。


「さて、何から話そうか……」


 息を吸い込むたび、パチパチと音が鳴る。これは従来の煙草と異なり、丁子クローブという花の蕾が含まれている為だという。その音を聞いている分には、花火のようで楽しそうなのだが。

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