第127話 決戦-03

質量のある物質は決して光速に達する事はできない。

光速に近付くにつれ質量が無限大に近付き、それに伴い加速に要する力が無限大に近付くからだ。

従って、限りなく光速に近い物質は、限りなく無限大に近いエネルギーを持つ事になる。


俺達の頭上に現れたのは、限りなく光速に近い速度の中性子星だった。

その運動エネルギーは俺の全力攻撃よりも遥かに強力だ。

普通ならそんな天体は探しても見つかるようなものでは無いが、かつてその破片の直撃を受けた瞬間移動テスト艦のフツヌシが軌道計算をしていたおかげで、大まかな現在位置を予想する事ができたのだ。

そして、それを究極の質量兵器として奇襲攻撃に用いる為に、スメラからの避難のついでに瞬間移動装置を利用してヘヴ星へと転移させる手筈となっていたのだ。


「小癪なっ!」


中性子星本体よりもほんの僅かだけ早く到達した電磁波や重力を感知したデヴィは全魔力を使って中性子星を受け止めた。

わずかに供給されていた魔充がほとんどゼロにまで減少したが、これはデヴィが凄まじい魔力を消費しているせいだろう。

俺としては魔力が枯渇している以上、後はデヴィが受け止めきれずに力尽きる事を祈るだけだ。

もっとも、その時は確実に俺も死ぬだろう。


そう思った瞬間、腰のオウカの鯉口が切られ同時にルキフェルの魔法気配が消失した。

ナホの弁当を食った俺と違い、ルキフェル達は代謝魔法で生命活動を維持しているので魔量が底をつけば餓死してしまうのだ。

それを悟ったルキフェルは残った全ての魔力で俺のオウカを操作したのだろう。


そして俺はルキフェルが死の間際に送ったメッセージを理解した。


「そうだな、俺にはまだこいつがある。ホバースラスター起動、フル加速だ!」

「了解しました。」


ノーマル版戦術端末のキットが短く応答した。

トップスピードでデヴィ本体へと向かいながらオウカを抜き放つ。


「キット、高速微振動アシスト機能を起動しろ。」

「了解しました。」

「このまま突撃してオウカでメインコアを破壊する。ハンマードライブのタイミングは任せる。」

「了解しました。」


デヴィの直前で突きの構えを取り、メインコアの真上にオウカを突き立てた。

俺はオウカを左腕で押し込みながら右突きをオウカに向けて何度も放つ。

キットが最適なタイミングで駆動させたハンマードライブが柄頭に叩き込まれ、一発ごとにオウカがアダマント筐体へめり込んでいく。


そして、遂に切先が筐体を突き破った感触がした。


「あと一撃っ!!!」


中性子星が突如消え去り、周囲に日の光が降り注いだ。

普通なら勝利を祝福する光景だが、俺は凄まじい勢いで数km吹き飛ばされ、テーブル状の巨石に叩きつけられた。

いかに生存性を重視した第二世代装甲機動戦闘服を着用していたとしても、これだけの衝撃を受ければ内臓の幾つかは破裂した筈だが、頭部ユニットは叩きつけられた衝撃でどこかに飛んで行ってしまったので正確な情報は分からない。


「キッ・・・ト・・・」

「・・・」

「くそ・・・」


応答は無かった。

ノーマル版戦術端末では衝撃に耐えられずスピーカーが故障してしまったようだ。


「よくも・・・よくも・・・妾に傷を・・・」


デヴィの憤怒に満ちた声が響き、腹に強烈な痛みが走った。

脊髄が切断されたのか全身に強烈な痺れを感じた後、下半身の感覚が無くなってしまった。

やがて喉の奥から血反吐がこみ上げ、たまらず吐き出した。

激痛に耐えながら腹の方に視線を動かすと、オウカが見える。

どうやら俺は巨石にオウカで縫い付けられてしまったらしい。


「この虫けらがぁーーーっ!」


再びデヴィの声が響くと、ハンマードライブを装着した右腕がプレス機に押しつぶされたように変形した。


「ぐあっ!」


ヤバい・・・な。

もう左手くらいしか満足に動かせない。


「許さぬ・・・貴様は殺してはやらぬ。何十億年でも甚振り続けてくれるわっ!」

「へへ、そうかい。ところで、頼みがあるんだがな。」

「殺してはやらぬぞっ!」

「お前ごときド素人にこの俺様が殺せる訳ねぇだろ?」

「まだ強がりを申すかっ!」

「まぁ、そう怒るなよ。ババアのヒステリーは見苦しいぜ?それより右足の水虫が痒いんだ。掻いてくれ。」

「ふ、ふふ、ふふふふふ・・・」


ミシミシ・・・ゴキンッ・・・ブチブチブチ・・・ブツンッ


ゆっくりと、しかし力任せに右足首が引き千切られる音が響いた。

幸か不幸か下半身の感覚は無いので痛みは感じないが、止血しないとヤバい。

装甲機動戦闘服のダメージコントロールがまだ機能していれば動脈への直接圧迫止血処理をしている筈だが、キットが応答せず下半身の感覚も無い状態では確認できない。


「どうじゃ?これで痒くはなかろう?」

「あぁ、助かったよ。ありがとう。」


本当にありがとう、挑発に乗ってくれて。

おかげで時間が稼げた。

再びそれが現れた時、俺は左手を微かに動かした。







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わたしは大破したMSの僅かに開いたハッチの隙間を通して照準を合わせていた。

コウが墜落時に軌道修正してくれたおかげで、オウカが穿った貫通孔の真正面10kmに位置取りする事が出来ている。

拡張視野を使われればおしまいだけど、コウが提案したステルス機能のおかげで発見されてはいないようだ。


構えているのは特務改弐、特務改の修理時にフジさんの形見のレーザー発振部を組み込んでもらった人類史上最強のレーザー銃だ。


「フジさん、力を貸してください。そして、ごめんなさい・・・」


大事な形見が壊れてしまうかもしれないけど、デヴィは手加減ができる相手じゃない。

わたしはフジさんに謝りながらリミッターを解除した。




そして遂に待ち続けていた瞬間がやって来た。

コウの左手のハンドサインが”待機”から”射て”へと切り替わったのだ。


わたしはすかさず発射コマンドを送った。

特務改弐から人類史上最強のレーザーが放たれ、貫通孔を焼き広げながらデヴィのメインコアを射抜く。


反撃は来なかった。

それでも油断はできない。

時間が経てば冗長回路を使って復活するかもしれないからだ。

すかさず左腕の6連装20mmミサイルランチャーをハッチの隙間に向けた。


「20mmミサイル全弾発射!」


1番発射管から順番に保護カバーが開き20mmミサイルが連射される。

搭載されているのは同期信管付き10g級MET弾頭だ。

放たれた6発の20mmミサイルは、特務改弐によって焼き広げられた貫通孔から突入し、戦略核に匹敵する合計420キロトンのエネルギーをアダマントで半密閉された空間内に一斉に解き放った。

その膨大なエネルギーは内部を焼き尽くすと唯一の出口である貫通孔へと殺到し、貫通孔径を更に押し広げていった。


「これなら・・・通せる!砲撃準備!」


レールガンを砲撃位置へと移動させると力任せにハッチを押し開け、機外へと踊り出た。

9連パンマガジンに装填されているのは全て同期信管付き1kg級MET弾頭だ。

地星に戻った時にキューさんが言っていた”すごい装備”とはこれの事だった。

たしかに威力は高く1発で7メガトン相当の威力を誇るが、それ故に通常の装甲機動戦闘服では砲撃手が蒸発してしまう自爆特攻兵器だ。

1発でも筐体外で爆発すれば装甲機動戦闘服の損傷しているコウは蒸発してしまうだろう。


普通ならこの距離で貫通孔を狙うのは難しい。

でも、わたしはキューさんが魔改造し、スメラ製MS用高性能回路を追加搭載した戦術端末だ。


「当てて見せる!」


ドドドドドドドドドーーーーン!


速射により1つに繋がった砲撃音が鳴り響き、9発全弾がアダマント筐体内部へと突入すると同期信管を作動させた。

合計63メガトン相当の凄まじい量のエネルギーが筐体内で解放され、貫通孔から熱線やガンマ線などが大量に放出されているが、分厚いアダマント筐体のおかげである程度の指向性を持っているので、コウには当たらずに済んでいる。


ふと気が付くと、いつの間にか中性子星は消え去り日の光が差していた。

ひょっとしたらデヴィを倒しきれなかったのかもしれない。

でも、これで倒せないなら、今のわたしにはもう打てる手は無い。

わたしはホバースラスターをフルパワーで加速し、コウの許へと急いだ。

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