第102話 帰郷-03

ガレージに向かっていると、微かに宅配ドローンの音が聞こえたので、先に荷物を受け取る事にした。

いくら無人ドローンでも、さすがにレールガンをマウントした装甲機動戦闘服を装備しているキットに受け取ってもらう訳にはいかない。

しばらく待つと、庭に無人宅配ドローンが降り立ち、俺が近付くと音声案内を流した。


「お買い上げありがとうございます。代金引換となりますので、ご希望のお支払方法をお選びください。」


俺はタッチパネルで現金決済を選び代金を支払った。

画像認識装置付きの台車が玄関まで移動したので荷物を全て屋内に運び込むと、台車は自動で戻り、ドローンは再び飛び立っていった。


「では運んでおきます。」

「あぁ、頼む。俺は車を見て来る。」

「はい。」


ビルトイン型の屋内ガレージには二台の自動車が停めてある。

まず普通の電気自動車のスイッチを入れてみたが、やはりバッテリーは放電しきっていた。

電源を繋ぎ診断プログラムを走らせてみたが、バッテリーが極端に劣化しているせいで満充電にしてもあまり走れないようだ。


『キット、バッテリーがいかれてる。すぐに交換できるか?』

『15年落ちですから、メーカーから取り寄せないと無理なようです。1週間は掛かるでしょう。』

『やっぱりそうか。』

『ではレンタカーですか?』

『いや、118クーペを試してみる。』

『いいですね、わたしは好きです。』

『キャブの掃除だけで動けばいいんだがな・・・』


俺はもう1台の車、118クーペを見た。

何度見てもセクシーなデザインだ。

ガソリン車のクラシックカーだが、時代を超えた良さを感じる。


すでにガソリンスタンドは絶滅状態なので、キャビネットからカーボンブロックと添加用薬品ボトルと新品の触媒を取り出すと、ガソリン精製機にセットしてスイッチを入れた。

水素は接続されている水道管から供給される水を自動で電気分解するので、後は放っておけばガソリンが精製される。

エネルギー効率的には最悪に近くかなりの電力を消費するが、METを利用しているので問題はない。


「どうでしたか?」

「ガソリン精製だけ始めておいた。とりあえず飯にする。」

「お湯は沸かしておきました。ケン王でいいですか?」

「自分でやるからいいよ。」

「そうですか・・・ではキャブレターの清掃をしておきます。」

「別に急がなくてもいいぞ?」

「そうですか・・・では・・・ええと・・・」

「どうしたんだ、キット?」

「お恥ずかしい話なのですが・・・身体を動かして新たな経験をするのが楽しくて仕方がないのです。」

「なるほど。じゃあ、118クーペのメンテナンスを頼む。」

「ありがとうございます!」


俺も古い車をいじるのは好きなのだが、キットに全面的に任せる事にした。

キットには整備マニュアルもインプットされているし、パワーも精度も申し分ないボディだから問題は無いだろう。


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ケン王を平らげると、キセルを取り出し買ったばかりのカゴメを火皿に詰めた。

紅葉草保管庫は劣化を抑えてくれるが、やはり買いたての方が美味いからだ。

マッチを探したが、テーブルの上にキットが紅葉草盆を用意してくれていたので、炭火で火を点けて吸い込んだ。


ナホも心配しているだろうから、連絡してみよう。

俺は通信魔法を使用してナホに話しかけた。


『ナホ、俺だ。』

『コウ!大丈夫なの?』

『あぁ、少なくとも神軍の襲撃じゃなかったみたいだ。』

『良かったぁ・・・』

『まだ転移の謎は解けてないけどね。』

『いつ頃戻ってくるの?』

『早ければ二、三日で片付くけど、地星が無事だったからちょっと延長して色々と補給物資を送ろうかと思ってるんだ。』

『そうなんだ・・・寂しいなぁ・・・』

『ごめんな、種とか肥料を調達すれば非常用保存食を食べずに済むと思うんだ。毎日連絡するから我慢してくれないか?。』

『うっ・・・それなら、我慢しないと駄目だね・・・』


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ガレージの方から聞き覚えのあるエンジン音が聞こえて来た。

ナホとの会話に夢中になって随分と時間が経っていたようだ。

キットを放置するのも申し訳ないのでガレージに向かって移動する。


『あっ、ごめん。ちょっと話し込みすぎた。まだやる事があるから切るよ。』

『うん、分かった。また明日も連絡してね。』

『もちろんだよ。愛してる、ナホ。』

『わたしも愛してるよ、コウ。』


ガレージに入ると118クーペは軽快なエンジン音を響かせていた。


「無事エンジンはかかったみたいだな。」

「はい!キャブレターだけでなく、エンジンとミッションも完全にばらして調整しました!」

「マジか・・・」


メンテナンスどころかオーバーホールまでしてくれたらしい。


「体を動かすのは気持ちいいですね!」

「ま、まぁ、キットが満足できたのならいいか。」

「これからどうされますか?」

「足が出来たんだから決まってるだろ?」

「天下逸品ですか?」

「当然だ!」

「好きですねぇ。」

「キットもボディを手に入れたら身体を動かす喜びが分かっただろ。味覚を手に入れたら分かるようになるんじゃないか?」

「そうかもしれませんね。」


天下逸品とは有名なラーメンチェーン店だ。

数百年前に都の屋台から始まったのだが、それ以来続く独自のこってりスープが特徴で俺の大好物だ。

ちなみに略称はテンイツである。

ここ宇都宮にも何軒か店があり、隠れ家からは末広店が近い。


「キットはどうする?」

「今は武器がコイルガンだけですから、念の為に地下室で調達しておきます。」

「分かった、留守を頼む。」

「お任せください。不審者への対応はどうしましょうか?」

「侵入して来たら確保しておいてくれ。複数の場合は無理するな。一人だけ生かしておけばそれでいい。」

「分かりました。それではお気を付けて。」


118クーペに乗り込み計器類をチェックした。

暖機も終わっていたので、ギアを入れクラッチを繋ぎ発進した。

久しぶりのガソリンマニュアル車の運転に少しわくわくする。

現代の基準で言えば、最高時速200kmにも届かない非力な車だが、運転する愉しみとはスピードを出す事だけでは無いのだ。


宇都宮は車社会なので朝夕は混雑するが、今の時間だとスムーズに流れている。

オーバーホールのおかげで118クーペのエンジンも絶好調だ。

おかげで大した時間も掛からずに天下逸品末広店に到着した。

注文内容は決まっているので、水を持ってきた店員に告げた。


「こってり、大盛り、メンマ追加、ニンニク無しで!」


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久しぶりの天下逸品を堪能し、帰りに寄ったコンビニでキリンジビールのラガーを2パック買っておいた。

売上は他社のスーパークールが大幅に勝っているが、俺にとってはキレばかり良くてコクがまるで足りない。

昔っから決まっとる、ビールはラガーなのだ。


『キット、異常は無いか?』

『侵入者一名を確保しました。周囲に他に怪しい人物は居ません。』

『何っ!すぐ帰る!』

『はい。』


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隠れ家に戻ると、頭から袋を被せられた男が頑丈な椅子に拘束されていた。

キットは地下室から持ち出した三八式を構えて警戒している。


「尋問を開始する。」

「了解しました。」


キットは袋を取り猿ぐつわを外した。

あれ?

こいつ紅丸じゃん?

15年前に特務一課の主任だった奴だ。


「隊長、ひどいですよ・・・」

「いや、忍び込んだお前が悪いだろ?」

「うっ・・・」

「で、何の用だ?」

「ひょっとしたら隊長が生きてたのかと思って、確かめようとしたんです。」

「俺が侵入者は殺せと命令してたら、お前死んでるぞ?」

「そうだ!あれはいったい何者なんです?全く気配を感じなかったし、無茶苦茶強いじゃないですか・・・」

「秘密だ。」

「そんなぁ・・・」

「で、誰かに連絡したか?」

「してません!宇都宮の中央即応連隊との会議が終わった後、118クーペを見かけたからちょっと探してただけです!」

「ベラドンナベースの自白剤を用意してくれ。」

「了解しました。」

「ちょ、ちょっと、待ってください!それって死ぬかもしれないやつじゃないですか!特務隊でも使用禁止ですよ!」

「お前も特務隊なら、いつでも死ぬ覚悟はできてるだろ?」

「勘弁して下さいよ・・・任務の為なら死ねますが、味方に殺されたくは無いです。」

「お前なら、その言葉を信じて解放するか?」

「・・・しませんね。」

「だろ?俺はお前より甘かったか?」

「いえ・・・全く容赦ありませんでした・・・」

「まぁ、運が無かったと観念しろ。」

「うぅ・・・」


『キット、特務隊の拠点を拡張視野で偵察したが特に動きは無い。自白剤は死なない程度の量にしておいてやれ。』

『はい。』


「じゃあ、尋問は任せる。死んでも構わんから容赦するな。」

「了解しました。」

「隊長!」


キットが前に回り込み、三八式の銃口を額に押し当てた。


「黙れ。これから一言でも許可なく喋ったら指を一本ずつ撃ち抜く。」

「・・・」


俺はキットが自白剤を注射しているのを横目で見ながら、ラガーのプルタブを引き一口飲んだ。


「ぷはぁっ!」


コク、キレ、喉越し、苦み、全てが完璧だ。

まさにビールの中のビールだ。

たまらず一気に残りを飲み干した。


その後は尋問を肴に、久しぶりのラガーをジョッキでじっくりと楽しんだ。

特務隊に連絡していない事は確認済みだが、俺の隠れ家に無断で侵入したのだからこれ位で済んでいる事に感謝してもらわないとな。


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ボロ雑巾のようになった紅丸が目を覚ました。


「信じて・・・もらえましたか?」

「一応信じてやろう。ただ、解放は出来ないな。」

「そんなぁ・・・」

「安心しろ。数日中には解放してやる。食料も水も用意してやるから大人しくしておけ。」

「仕方ないですね・・・」

「食料はこれ一つで食事一回分の栄養が賄える。最新の戦闘糧食とでも思ってくれ。」

「そんな便利な物ができたのですか・・・」

「あぁ。この部屋からは絶対に出られないが、出ようとすれば攻撃される事は覚悟しておけ。」

「分かりました。」

「それから、これを渡しておく。」

「空のペットボトル・・・ですか?」

「意味は分かるな?」

「・・・はい。」


俺は紅丸を監禁用の窓の無い防音室に閉じ込めた。

壁、床、天井、扉全てが分厚い防弾鋼板入りなので脱出は困難だが、念の為にバリアも張っておいた。


「明日の予定だが、洞窟に行こうと思っている。」

「分かりました。ようやく謎の核心に迫れますね。」

「そうだな。じゃあ、俺はそろそろ寝る。」

「わたしは引き続き警戒しておきます。」

「よろしく頼む。おやすみ。」

「おやすみなさい。」

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