第68話 降臨-04

二柱の神がこの地に降り立たれてから数年が過ぎた。


教わった通りに人の手で川や池を作り、刈り取った草を腐らせた肥料という物も使い、畑の収穫量は飛躍的に増えた。

以前は天から降って来た石からしか作れなかった鉄も、掘り出した石と炭から作り出せるようになり、武器や農具は見違えるほど発達した。

また、薬草の種類も増えてそれまでは助からなかった病気も治るようになり、怪我の治療方法も改善された事で後遺症に悩むものが大幅に減ったのだ。


「ソンよ、やはり神は偉大だな。」

「急にどうしたんだ?」

「いや、ここから見える景色が数年前と比べて随分と違うと思ってな。」

「なるほど、確かにみな幸せそうだ。毎日腹いっぱいの飯が食えてるしな。」

「あぁ、民がいつも笑っているのは嬉しいものだな。」


インはやはり生まれついての国長という事なのだろう。

一方、ソンは生まれついての戦頭だ。


「神の偉大さは俺も身に染みたぞ。」

「この前の軍事演習とかいうものか?」

「あぁ、サンが率いる第十隊と俺の率いる残り九隊で模擬戦争をしたんだが、サンが圧勝した。戦頭の立場が無いぜ。」

「ははは、そう言いながら嬉しそうじゃないか?」

「まぁ・・・な。息子に追い越されるってのは嬉しいもんだ。」


そこにガガがやって来た。

後ろには壺を乗せた荷車を引く従者のグマがいる。


「お二人ともそんなに嬉しそうにされて、どうされたんですか?」

「おぉ、ガガか。いや、子供達が頼もしくなったと話していたところだ。」

「サンも勉強はからきし苦手だったんだが、兵の動かし方なんかは今じゃ俺よりずっと上手くなってるぞ。」

「それはわたくしも同じですわ。現に神が御座してギガが直接そのお言葉を授けられますから、神官としての占いや神託の儀はもう何年もしていませんもの。」


三人の中で一番仕事を失ったのは、間違いなく神官のガガだ。

今では供物の用意をする事が一番の仕事になり、すっかり神殿の外で働く事が増えてしまった。

その事もあり、護衛と力仕事が得意なグマが従者としてガガの傍に控える事になったのだ。


「その壺はひょっとして、この前作っていた酒かな?」

「はい。神の御業で作ったものです。」

「少し芽を出した麦からあのような美味い酒が出来るとは驚いたぞ。」

「これから神に献上しに行くのかい?」

「いえ、ウン様の指示でこれから手を加えるそうです。なんでも更に美味しくなるとか・・・」

「なにっ!お、俺も付いて行っていいか?」


ソンは豪胆な戦頭のイメージ通り、酒は滅法好きなのだ。


「おいおい、軍の方はいいのか?」

「構わん構わん。サンが作った訓練計画の通りにするだけだからな。」

「ソン様は本当にお酒が好きですね。では、試飲係としていらしてもらいましょうか。」

「おぉ!ありがたい!」


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やがて一軒の小屋についた。

中に入ると、竈の上に水が入った大鍋があり、更にその上には大きな瓶が乗っていた。

その瓶を塞ぐ蓋から管が延び、水の中でとぐろを巻いて別の瓶へと続いている。

その管は赤茶色の金属で出来ており神より賜ったものだ。


「おっ、ウンじゃないか、どうしたんだ?」

「僕もこれが初めてですから見に来たんですよ。戦頭こそ、どうされたんですか?」

「うふふ、ソン様はお酒が大好きですから。」

「お、おい、ガガ!」

「戦頭らしいですね。神様に献上する分まで飲まないで下さいよ?」

「も、もちろんだ・・・」


荷車に乗せられていた壺が降ろされ、酒が竈の上の瓶に移された。

瓶に管の着いた蓋が被せられ、荒縄で固定された。


「あ、そうだ。戦頭に紹介しますね、色々な神の御業を手伝ってくれているクジョさんです。すごく頭がよくて助かってるんです。」

「初めまして、クジョと申します。」

「戦頭のソンだ。よろしくな!」

「それでは、これより神の御業である蒸留を行います。」

「ジョウリュウ?」

「はい、酒をより美味しくする御業です。」

「それは楽しみだ。」

「ではクジョさん、竈に火を入れて下さい。大鍋の底に小さな泡が出始めたら火加減を調節してその状態を保ってください。間に合わないようなら水を入れて、決して沸騰しないように注意して下さい。」

「おいおい、酒を温めるのか?」

「そうです。そして管の方は冷たい井戸水で常に冷やしておいて下さい。そうすれば、あちらの瓶に強い酒が溜まるそうです。」

「ほう・・・なんとも不思議な物だな・・・」


作業が始まってからは皆無言だった。

神へと献上する酒作りが失敗しては大変なので真剣そのものだ。

やがて酒の濃密な匂いが漂い出し、酒に弱いガガはたまらず外に逃げ出した。


「おぉ、いい匂いだ!」

「もう後はこの状態を保てばいいだけです。そろそろあそこから酒が吹き出してくるはずですよ。」

「そうなのか!」


ゴポ・・・ゴポゴポ


「出て来たようですよ。」

「よし見てみるぞ!」


管の先からは透明な水のようなものが吹き出していた。


「ん?これが酒なのか?水のようにしか見えんのだが・・・」

「はい、この作業を繰り替えす事で純粋な酒になっていくそうです。」

「ふーむ、布で濾した酒にも色は付いているものだが・・・」

「では、まず一口味見していただきましょう。」


ウンは小さな柄杓で瓶の底に溜まった透明な液体を掬うと、一口サイズの器に移した。

ソンは器を受け取ると、テイスティングの文化はまだ無いのでいつものように一気に煽った。


「グッ、ゲホッゲホッ!」

「大丈夫ですか?」

「あ、あぁ。思ったよりきつくて咽ちまった。しかし、香りも味も素晴らしい。これがもっと美味くなるのか?」

「はい、そう仰っていました。何度か蒸留した後に木の樽で数年間保存して完成らしいです。」

「手間が掛かるものなのだな。しかし、完成が楽しみだ。」

「神に献上するお神酒なんですが?」

「はっはっは!たくさん作って一番出来のいいのを献上する方がいいだろ?」

「本当にお酒が好きですねぇ。でも設備も予算も足りません。増設するにはクジョさんの指揮の下で100人を1週間無償で働かせでもしないと無理でしょうね。」

「分かった、軍を出そう!」

「ちゃんと国長と話し合って下さいね。」


あきれ顔で背を向けたウンの顔がニヤリと笑っていた。

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