第49話 求婚-02

鍾乳洞に出発する日の朝


俺は久しぶりに完全武装していた。

今は洞窟前の広場から離れたところで出発前の最終準備をしていた。

皆は広場で午前の運動カリキュラム前の柔軟体操をしている。


「キット、蒼雷を発進させてくれ。念のために滞空高度に到達したら反射レーザー砲の試射をしておく。」

「了解しました。」


『オモさん、こちらコウです。聞こえますか?』

『こちらオモです。感度良好です。』

『了解。無線チェック終了します。』


特務隊と比べると明らかに簡潔な無線チェックだが、まぁいいだろう。


「コウ、蒼雷が滞空高度に到達しました。」

「分かった。」


バイポッドを伸ばし、HUDに指示された向きに銃口を向けた。


「よし、じゃあ試射を頼む。標的はコイルガンの弾丸。」


言い終わると瞬時にコイルガンを抜き撃ちし3発連射した。

直後に射線上に3つの靄ができた。

反射レーザー砲が弾丸を一瞬で蒸発させたのだ。


「問題無さそうだな。」

「はい、各機能とも正常でした。」


念の為にコイルガンのマガジンに3発補充しているとフジさんの声が聞こえた。


「コウ、おはよう!」


振り返ると、バズーカ砲とタワーシールドを持った中世の騎士が居た。

その後ろにはナホも付いてきている。


「・・・フジさん?」

「ん?」

「その恰好・・・何?」

「対機械軍装備だよ?」

「いや、地星の西方の中世の騎士がそんな恰好だったから驚いた。」

「へぇ、そうなんだ!」

「さすがに武器は剣とか槍だったけどね。フジさんのそれは・・・」

「対オリハルコンレーザーキャノンだよ。すごいでしょう!」


ナホは見た事があるのか普通にしていた。


「甲冑もただの甲冑じゃないんでしょ?」

「パワーアシストが付いてなかったら重くて動けないしねぇ。バイザーにはちゃんとHUDも付いてるよ。」

「キットみたいな戦術端末もついてるの?」

「戦闘支援専用の端末は付いてるけど、疑似人格みたいなのはさすがに付いてないよ。」

「同族に会えるかと思ったのですが、残念です。」


キットも友人が欲しかったのか。

申し訳ないが、地星でもここまで人間臭いキットは、キューさんが魔改造した俺のキットだけだしな。


そろそろ出発予定時刻だ。


「じゃあ、そろそろ時間だし行くよ。」

「気を付けてね、コウ。」

「・・・」

「あ、フジさんも行ってらっしゃい。」

「はぁ、本当にすぐ二人の世界に行っちゃうんだねぇ。」

「えへへ。」


頭部ユニットを上げ軽く触れる程度の口付けを交わし、手を振った。


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無人の荒野を装甲機動戦闘服と甲冑姿の二人組が土煙を上げながら時速50kmで並走している。

なかなかシュールな光景だ。

機械軍がトラップ化している可能性があるので、前回の遠征隊とは違うルートだ。

遠回りだがスピードが違うので問題は無い。


「それにしてもゴツイな。」

「オリハルコン製で5cmあるからね。盾には薄いけどアダマントも入ってるし。」

「装着が大変そうだなぁ。」

「自動装着だから簡単だよ。部屋にはいつでも出撃できるようにスタンバイさせてるしね。」

「あぁ、それであんまり外出しないんだ。」

「基本的には室内待機で、出かけても部屋まで5分以内に到着できるとこに居ないといけないんだ。」


フジさんの部屋は居住エリアではなくシェルター出入り口近くの特別エリアにある。

その特別エリアには入った事は無かったが、フロアマップを見た限りではかなり広めの部屋が3つあった。

軍からの派遣教官だから特別待遇なのかと思っていたが、武装を保管したりメンテナンスするスペースが必要だったようだ。


「それで引きこもりだったのか。」

「失礼ねぇ。好き好んで食事やシャワーを部屋で済ませてる訳じゃないのよ?」

「おかげで俺とナホは助かったんだけどね。」

「わたしももうちょっと早く起き・・・気づいてれば良かったんだけどね。」

「・・・寝てたの?」

「そ、そ、そんな訳ないでしょ?」

「・・・・・・・・・」

「さ、急ぎましょ!」


------------------------------


鍾乳洞前に到着した。

夕方まで時間はあるが野営の準備を始めた。

念の為に機械軍の接近を探知する為のセンサーを周囲に設置するのに時間が掛かるからだ。


「よし、準備完了だ。」

「だね!」


ガシャン、ガシャン、プシューーー


「ふぅ・・・」

「おぉ、本当にあっと言う間に脱着できるんだなぁ。」

「でしょ。うーーー、寒い!」


フジさんはハーフトップとホットパンツ姿だ。

それでも汗をかいているのは中が蒸れるせいだろう。

一般人と違うのは、右腿にホルスター、左腿にシースナイフ、背中側に背嚢を着けているところだ。

よほど寒いのか、慌てて背嚢から服を取り出そうとしている。


「いや、テントで着替えたら?」

「の、悩殺しようとしたんだよ!」


絶対に言い訳だ。

そこまで頭が回っていなかったのがバレバレだ。

少しからかっておこう。


「いや、その歳でその恰好は無理があるよ?」

「ちくしょーーーーー!」


フジさんはすでに快適な温度に温められているテントに駆け込んだ。

たしかにフジさんは非常に色っぽい。

しかし俺はナホ一筋なので目もくれないが。

ただ、人物としては非常に面白く、よき友人といったところだ。


「お待たせー!」


フジさんは戦闘服に着替えていた。

柄は砂漠用迷彩だ。

構造は地星のものとほとんど同じだが、姿形が同じなので戦闘での実用性を突き詰めれば同じようになってしまうのだろう。


「早かったね。」

「焦らした方が良かった?」

「さて、阿保な冗談は置いておいて飯にしよう。」

「あぁ、わたしはもう機内で済ませたから。」

「そうなんだ。じゃあ、頂きます。」


相変わらず不味い・・・

開発者を正座させて丸一日説教してやりたい。


「まずい・・・」

「早く開拓しないとねぇ。」

「全くだ。」


俺たちはマットを敷いて地面に寝ころんだ。

オートクルーズを使っても、警戒し通しなのでやはり疲れるのだ。


「ところでフジさん。一つ教えて欲しいんだけど・・・」

「なぁに?スリーサイズ?」

「ちゃうわっ!!!」


柄にもなくツッコミを入れてしまった。


「冗談よ。」

「はいはい。地星ではケッコンっていうんだけど、スメラ語の訳が見つからなくてさ。」

「ふーん、ケッコンか。どういう意味なの?」

「主に男女がお互いを生涯のパートナーとする公的な契約・・・かな?基本的には一緒に住んで、その男女間だけで子供を作るのが普通だね。」

「んー、スメラにはそういう風習は無いかな?死ぬまでずっと恋人で居続ける人も居るけど、契約とかは無いよ。」

「そうなのか!どうりでいくら辞書を探しても見つからないはずだ・・・」

「似てるところも多いけど、全然違うところもあるんだねぇ。」


地星とあまりにも似ているから必死に結婚のスメラ語訳を探していたが、あれだけ探しても無いという事は、スメラにはその概念そのものが無いと気付くべきだった。


「じゃあさ、家族構成とか子育てとか出産前後の収入とかってどうなってるの?」

「家族って言うと母親と子供の事だねぇ。父親が一緒に住む事は珍しくないけど、どちらかが他の人と付き合い始めたら出ていくし。」

「地星の感覚だと、とんでもなく不道徳だけどスメラだとそれが普通なのか・・・」

「スメラの感覚だと、好きでなくなっても契約に縛られて死ぬまで一緒にいる方が不健全だなぁ。一緒に居たいなら相手にそう思わせる努力を一生続けるべしって感じだよ。」


スメラ星に来て最大のカルチャーショックだ。

ナホもこういう感覚なのか・・・

地星の常識で判断してあらぬ誤解を招くと困るので色々と聞いておこう。


「ヨウイクヒ・・・子供を育てる費用ってどうなるの?」

「ん?国が必要な分は全額出すに決まってるでしょ?地星は違うの?」

「あぁ、色々と補助はあるけど基本的に各家庭で負担だよ。」

「えー!じゃあ、親が貧乏だったら子供が病気になっても治せなかったり、頭が良くてもいい学校行けないの?」

「みんなでお金を出し合っていざという時に備えるホケンっていう制度とか、優秀な子供はお金を貰えたり借りられたりするショウガクキンっていう制度はあるけど、基本的には親の経済状態に左右されるんだよね。」

「んー、それって国家的損失じゃないの?」

「そういう面はあるけどさ、大事な子供をそんな目に会わせないように、親が精一杯頑張るっていう面があるんじゃないかな?子供の為に社会の主な担い手の親世代が生産性を上げるモチベーションを保てるというか・・・」

「なるほどねぇ・・・」


子供に掛かる費用を国が丸抱えしてくれるなら、自分が食うに困らない程度にしか働かない者はどうしても増えてしまうだろう。

それは国を蝕み衰退を招く可能性がある。

国力が低下し仕事が無ければ、全ての子供が才能に応じた教育を受けられたとしても宝の持ち腐れだ。


「でも、スメラ方式だと、そこら中で何十人も子供作る男とか出てこない?」

「大金持ちだと可能かな。子供の費用は税金で負担するから、子供の人数に応じて税金が累進的に増えていくシステムだし。」

「払えなかったら?」

「国が払えるようになる仕事を斡旋するよ。大抵はきつい・汚い・危険な仕事だけど。止むを得ない事情があるなら免除措置もあるけどね。」

「スメラに職業選択の自由とか強制労働の禁止とかは無いの?」

「もちろん有るに決まってるじゃない。義務さえ果たしてれば、だけどね。」


モテるからといって子供を作りまくると悲惨な将来が待っているという事か・・・


「あとさ、出産前後って働けないけど生活費はどうなるの?」

「国の宝である子供を産んでくれるんだから、国が全額負担だよ。医学の発展した今でも出産は命がけだから生まれたら結構な額の慰労金も出るし。あ、もちろん女性も子供の人数に応じて税金が高くなるから、慰労金目当てで産むと大変な事になるよ!」

「そういうコンセプトなのか・・・」

「地星は違うの?」

「さっきと同じで補助は出るけど基本は各家庭負担だなぁ。働いている女性は休業中にもある程度は支給されるけど、それが受けられない人は貯金切り崩しだな。」

「なんか、産みたくなくなる制度のような気がするんだけど?」

「まぁ・・・ね。ただ、普通は結婚してから産むから、男性側の収入があるおかげでどうしようもなく生活に困るケースが頻発している訳でもないし。」


日出国も問題点を把握はしているが、過去のしがらみや財源などの問題でなかなか改革できないでいる。


「ところで!」

「ん?」

「コウはナホとケッコンしたいって事だね?」

「あぁ、まぁ、そうだったんだけど・・・そういう概念が無かったとはなぁ。」

「ちょっと違うけどケッコンって永久恋人宣言みたいなものでしょ?別に禁止されてる訳じゃないんだし、やってみたら?」

「それもそうだな!」

「で、今回の遠征とケッコンは関係あるのかな?」

「あぁ、ケッコンする時に指輪を贈る習慣があるんだ。その素材を回収しようかと思ったんだよ。」

「へぇ、スメラでも恋人にプレゼントとかはするけど、そういう特別な指輪っていいねぇ。」

「鋳造して磨くくらいしか出来ないけどね。」

「ふふふ、どんなブランド品よりも好きな人が一から作ったものの方が嬉しいものよ?」

「頑張るよ。」

「だいぶ話し込んじゃったね。そろそろ寝ましょうか?」

「あぁ、お休み。」

「あっ、そうだっ!」

「どうした?」

「夜這いしちゃ駄目よ?」

「するかっ!」


俺は自分用のテントに入った。


「ところでキット。」

「はい、なんでしょう?」

「反射レーザー砲のミラーがどうしてこっち向いてるんだ?」

「ナホさんの為に、いざという時は威嚇射撃をしようかと。」

「・・・」

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