第26話 虐殺-03
そして翌朝
朝食後は、開拓の為の体力づくりのカリキュラムをこなした。
生存候補者として選抜された学生たちなので同世代の平均よりは体力はあったのだが、想定していた以上の壊滅ぶりだったので体力増強が必要だと判断されたからだ。
昼食と昼休憩の後は開拓に必要なデータ取りだ。
地図は役に立たず、測位衛星も既に失われている状態なので、地磁気センサー、加速度センサー、ジャイロスコープを組み込んだ端末を頼りに指示された場所で測定器の設置やサンプルの採取を行って行く。
そして夕方には作業を終えシェルターに帰る。
氷河が溶け始めているとは言っても、日が暮れれば気温はかなり下がるからだ。
休憩の後、翌日の予定確認などを行ってから夕食が支給され自由時間となった。
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翌日も同じように進んだのだが、夕食後の自由時間に館内放送があった。
大講義室に全員集合という事だった。
「皆さん、自由時間中に呼び出してしまってすいません。」
急な呼び出しで何か悪い事があったのかと、学生たちは緊張の色を浮かべている。
「このシェルターよりも前に建造された完全ステルス化実証試験用の小規模な建物が残っている事が確認できました。」
「え!じゃあ生存者が?」
「いえ、実証試験後はすぐに軍によって封印されています。」
「そう・・・ですか・・・」
「そこで、明日からその建物に一部の人に遠征してもらいたいのです。」
「その建物には何があるんですか?」
「最高機密でしたので詳しくは分かりません。ただ、実験終了後は壊滅後に備えて物資を保管したと記録されています。ですので、残されている設備から未起動METがあれば持ち帰って欲しいのです。」
「分かりました。でも、どうしてMETが必要になるんですか?」
「実はわたしのMETは最後の1セットなのです。当時は過剰とも思われた大量の予備METが保管されていましたが、10,000年の間に全て消耗してしまいました。万が一にも今のMETが複数故障してしまうと大変な事になってしまいます。それに故障しなくてもたった100年でMETを製造できるまで文明を回復させるのはかなり難しいのです。」
皆の顔が青ざめた。
オモさんが停止してしまえば、動植物の絶滅した氷河期に放り出されるのだ。
もちろん暖房設備も動かなくなる。
「あの・・・もし全球凍結があと100年長く続いていたら・・・」
「そうですね・・・出来る限りの準備をして皆さんのコールドスリープを解除してから、わたしは活動を停止していたでしょう。」
「かなりぎりぎりだったんですね・・・分かりました、METはなるべく多く持ち帰ります。」
「では、これから名前をお呼びする方は明日の昼に出発して下さい。」
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そして翌朝になった。
午前中は遠征隊に選抜された100名は出発準備に掛かりきりだった。
準備が終わり皆で昼食を摂った後、洞窟前の広場に整列した。
スタンドアロンモードのオモさんが遠征隊を激励する演説を行う。
ありきたりな内容だが、洗脳の効果で遠征隊の士気は高まったようだ。
遠征隊はこの機会に測定器を設置しながら移動する為、皆大きなリュックを背負っている。
帰り道には測定器が無くなり荷物に余裕が出来るので、MET以外に持ち帰れる物資は全て持ち帰る事になっている。
オモさんの演説も終わり、いよいよ出発する事になった。
居残り組から「行ってらっしゃい」や「気をつけて」といった声が掛けられる。
しかし、ある程度人数が揃えば、どこにでも格差というものは生じる。
遠征隊も、リア充、キョロ充、非リア充の3階層に分かれてしまっている。
自らに掛けられる声に、見えなくなるまで何度も振り返り手を振るリア充
決して自分に向けられたものでは無いと知りながらも何度も振り返り手を振るキョロ充
斜に構えて決して振り返らない非リア充
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非リア充達は小声で愚痴を言う。
特に不満そうなのは非リア充四天王のシオ、ケル、クフ、サクの4人だ。
「何だよあいつら。急がなきゃならないのに。」
「まったくだ。出発前もやたら仕切るし何様だよ。」
「非常事態の自覚が無いよな。あんなチャラ男のどこがいいんだか。」
「鼻の下伸ばしてみっともねぇよな。」
非リア充の彼らも、かつてはリア充だった。
星立大学の選抜を潜り抜けられるという事は、一般レベルからすれば頭脳もスポーツもずば抜けている。
地元では100年に1度の神童と呼ばれ、まさにリア充生活を満喫していた者ばかりだ。
しかし、星立大学に入学した途端に、いきなり非リア充に転落してしまったのだ。
その分、リア充に対する嫉妬は凄まじいものになっていた。
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慣れない遠征という事もあり予定から大幅に遅れてしまった。
体力的には十分なはずであったが、不整地の歩き方に慣れていないせいか休憩が大幅に増えたせいだ。
指定されていた野営地点よりも手前であったが、日が暮れて来たので急遽テントを設置する事にした。
氷河期の夜は冷える事もあり、貴重ではあったがシェルターに残っていた木材を持ってきており焚火にしている。
焚火のそばではヒエラルキーの頂点であるリア充コンビのフリとシヤが会話していた。
「冷えてきたなぁ。」
「あぁ、でもキャンプファイアみたいで懐かしいな。」
「お前も文化祭で焚火とかしたのか?」
「いや、うちは住宅地が近くて禁止だったな。仲のいい連中でキャンプした時以来だよ。」
「そういやお前は都会の方の出身だったよな。」
「あぁ、こんな星空見たのはキャンプ以来だ。あの時はみんなで歌を歌ったりしたなぁ。」
「じゃあ、今からカラオケ大会でもするか!アカペラだけどな。」
「おっ、いいね!やろうぜ!」
「おーい、今からみんなでカラオケ大会しようぜ!」
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一方、野営地の隅で固まるのは非リア充四天王のシオ、ケル、クフ、サクの4人だ。
「けっ、いい気なもんだぜ。」
「まったくだ。あいつらが出発の時にちんたらしてたせいで遅れたのによぉ。」
「明日は遅れを取り戻さなきゃならないのに馬鹿騒ぎしやがって。」
「女どももあんな奴らの何がいいんだか。いつか泣かせてやろうぜ!」
非リア充四天王はお互いにその負の感情を増幅させていった。
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3日目の夕方
目的地の鍾乳洞に辿り着いた時、非リア充四天王の感情は嫉妬から憎悪に変質していた。
シェルター内であれば洗脳効果によりオモさんの声で冷静さを取り戻せるのだが、遠征中ではそれも叶わない。
入り口を塞いでいた岩を取り除き、一行は鍾乳洞に入って行った。
そして500m程進んだところに目印となる巨大な岩があった。
なお、500mと言っても観光用に整備された鍾乳洞では無いので、濡れた斜面などに悪戦苦闘し、先頭が辿り着くまでに1時間は掛かっている。
この巨石を取り除くと出入り口があるのだが、魔法レベル0の者では軍用パワードスーツでも無い限りそう簡単に動かせるものでは無い。
主目的である”METを持ち帰る”だけならばそれ程の人数は不要だったのだが、巨石を人力だけで取り除く必要があったので100名もの遠征隊となったのだ。
そして、それから1時間掛けてロープを巻き付け、何とか巨石を引き倒す事が出来た。
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ここでもヒエラルキーの頂点であるリア充コンビのフリとシヤが、リーダーシップを発揮する。
「お、ここが入り口か!」
「みたいだな。」
「結構、急な下りだな。」
「こりゃ、ロープ使わないと危ないな。」
「おーい、ロープ2本持ってきてくれ!」
「片側はさっきの岩にもやい結びで頼むぞー!」
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そして、同じく底辺の非リア充四天王は小声で文句を言い続ける。
「あいつら何仕切ってんだよ。」
「さっきだって変な風に岩が倒れて怪我するとこだったのによ。」
「実力もないのに出しゃばりやがって。」
「切れ目でもいれてやろうか。」
文句を言いながらも言われた通りにロープを用意する非リア充四天王。
1本は等間隔に8の字結びをして、縄梯子にしていく。
もう1本は命綱だ。
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やがて準備が整い、フリが降りて行くことになった。
「じゃあ、様子見てくるな。」
「おう、命綱は任せておけ。」
「おーい!」
「どうした?」
「結構浅かったぞ。梯子下ろしてくれ。」
「分かった。おーい、誰か梯子持ってきてくれー!」
見通しが悪く上からは分からなかったが、梯子で降りて行く事ができる深さだった。
そこから先は、狭いが腰をかがめれば通れる程度の平坦な通路だった。
20mほど歩くとハッチ開閉用の回転ハンドルのようなものがあった。
「お、遂に到着か?」
「あぁ、オモさんの言ってた通りだな。」
「よし、開けるか!・・・固いぞ。」
「手伝うぜ!」
「「ぬおおおおおお!」」
1万年の間ずっと放置されていたが、錆や固相拡散などは生じていなかったので二人掛かりで何とか開ける事が出来た。
そしてハッチを開けると金属製の梯子が下へと延びているのが見えた。
「よし、今度は俺が行くぜ!」
「おっと、その前に酸素濃度計測だろ?」
「やべぇ、忘れてた。」
「お前に人工呼吸とかしたくねぇぞ!」
「俺だってお断りだ!」
軽口を叩きながら酸素濃度計を下ろして測定する。
窒素や希ガスで封入されていた訳では無いようで、普通の大気組成だった。
「じゃあ、今度こそ!」
「あぁ、気を付けろよ。」
「分かってる。命綱を頼む。」
「任せろ。」
「よし、降りたぞ。」
「梯子は大丈夫そうか?」
「ちょっと待っててくれ。」
カーン、カーン、カーンと金属を叩く音が聞こえる。
「見た目は大丈夫そうだ。固定部分も特に傷んでる感じはしないな。」
「了解。明かりは点きそうか?」
「いや、ブレーカーはあったが、やっぱりMETは止まってるみたいだ。」
「そりゃそうか。とりあえずMET交換だな。」
「ああ、結構広いから俺たちの班で探すか?」
「そうしよう。おーい、1班集合!今から降りてMET交換だ!」
5分ほどでブレーカーから伸びる配線を辿って動力室を探り当てる事が出来た。
METは乾電池のように規格化されているので交換自体は簡単だ。
発電所に相当する電力なので直接電極に触れれば体は弾け飛ぶ事になるが、当然そうならないように安全対策が施されている。
なお、METは短時間で起動する為には同クラス以上のMETが必要となるので、起動済みのMETをシェルターから持ってきている。
オモさんのバックアップMETの1つなので、すぐに影響は無いが、万が一メインMETに不具合が生じた場合は大変な事になる。
当然、帰りには外して持って帰る手筈だ。
「よし、交換できたな。」
「じゃあ、俺はブレーカーを上げてくる。合図するから、みんなは順番に照明を点けて回ってくれ。」
程なくして明かりが点いた。
どうやらこのフロアは用力系の設備が集約されているようだ。
誰も見た事もない装置があるが、おそらく完全ステルスに関係する装置なのだろう。
「オモさんから聞いてたが、結構広いな。」
「あぁ、全員降りても大丈夫そうだな。」
「じゃあ、みんな降ろすか。」
「そうだな、俺たちは下の酸素濃度を計りながら降りて明かりを点けてくる。」
「分かった。じゃあ、俺は4階に残って集合させておくよ。」
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30分程して全員が最上階に集合したのを見てリア充コンビのフリとシヤが指示を出す。
「みんな、お疲れ様!これから夕食を摂りながら30分休憩にする。」
「休憩後、1から5班は3階、6から10班は2階を担当してくれ。」
「なお、1階は広間になっている。今日はそこで寝るので、捜索が終わった班から1階に集合してくれ。」
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第10班の非リア充四天王はここでも愚痴る。
「相変わらず、仕切ってやがるな。」
「それにしても不公平じゃないか?俺たちは休憩時間短いだろ?」
「そうだよな。最初に入った奴らは休憩してたんだしよぉ。」
「1回、痛い目に合わせてやらないとな。」
もっともらしい事を言っているが、彼らも鍾乳洞側で座って待っていたので休憩時間は同じだけ取っている。
しかし、非リア充四天王の愚痴をずっと聞かされ続けてきた他のメンバーも暗示にかかったように同意してしまっている。
四天王ほどでは無いが、第10班に配属されている事から分かるように、彼らもまた非リア充転落組であり、共感してしまう境遇なのだ。
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