第7話 回想-03

話がそれてしまった。

俺の”非公式な”身分の方の話に戻ろう。


特務隊の第一課の任務は、現地協力者と合同で作戦を遂行する事もあるが、基本的には単独あるいはごく少数での潜入破壊工作が主だ。

某同盟国のように自国の正義を振りかざして堂々と他国内に軍隊で押し入ってドンパチできるなら楽なのだが、日出国ではそうもいかないので重要ターゲットだけを超遠距離から狙撃して離脱というのが基本となる。

この星に転移する前に取り掛かっていた作戦のように漠然とした情報しか無い場合には、現地に潜入して敵を捕らえて尋問し現地で作戦内容を決める事もあるので、もちろん近接戦闘や拷問方法も叩き込まれている。


ところで、超遠距離からの狙撃に使う特務改やコイルガン、それに装甲機動戦闘服は超大電力が必要でありながら、補給が受けられない単独潜入任務にも投入できるのは、ひとえに帝立研究所が開発した技術のおかげだ。

近代の偉大な物理学者であるワンストーン博士が、光速度不変の仮定に基づいて相対性理論を確立し、その理論的帰結として導き出されたE=mc2によって、近代以降のエネルギーは発展してきた。

最初は核分裂による質量欠損を、その約100年後には水素原子の核融合による質量欠損を利用していた。

その次の段階として帝立研究所が開発したのが、物質の質量そのものをエネルギーとして取り出す方法だった。

その技術は、質量-エネルギー変換を意味するMass-Energy Translatorの頭文字からMETと名付けられ、日出国のエネルギー事情を一変させた。


この技術は、物質ならばどんな物でもエネルギー源にする事が可能で、外部からの簡単な制御で出力を自在にコントロールできる特性から、ベースロード発電だけでなく従来は火力発電が担ってきた電力需要に応じた出力調整も可能であり、更に原子力発電と違って爆発させる為には非常に高度な制御を駆使しなければならないので安全性も非常に高い。

火力発電のように外国から発電用燃料を輸入する必要は無くなり、再生可能エネルギーのように気象条件に左右される事も無く、核分裂発電のような放射性廃棄物も発生せず、核融合発電のような大規模で高度な制御が必要な施設も必要としないエネルギー源なのだ。


その夢のようなエネルギー源である第1世代METも、物質をエネルギーに変換して得られた熱で水を沸騰させて蒸気タービンを回す事で発電するという、大昔の火力発電から使われている原始的な方法を踏襲していた。

質量をエネルギーに変換すると、通常は熱線、可視光線、ガンマ線といった様々なエネルギーの形で放出されるので、それらのエネルギーをシールドに吸収させて熱に変換するしかなかったからだ。

しかし、非常に大きなブレークスルーがもたらされた。

物質が崩壊する際に特殊な場を展開しておく事で、損失無く特定のエネルギーの形にのみ変換できる技術が開発されたのだ。

なお、この特殊な場の展開方法は帝立研究所の最高機密であり公開はされていない。

この技術を用いる事でボイラーやタービン、発電機といった付帯設備は不要となり、100%の効率で質量を電力に変換できるようになったのだ。


この第2世代METにより、各歩兵がそれまでの小型発電所に匹敵する10万キロワットもの動力源を簡単にいくつも携帯できるようになったおかげで、三八式歩兵光銃や装甲機動戦闘服の開発が始まった。

もちろん、動力源さえあれば実現できる訳ではなく、大電力を損失無く伝送できる高臨界電流値を持つ室温超電導材料や、超低損失光学部品が必要不可欠だ。

例えば、10万キロワットの電力をレーザーに変換する際の損失が1%だとすると、1,000キロワットもの熱が放出されてしまう事になる。

つまり1,000ワットの電気ストーブ1,000台分の熱を発生する事になり、歩兵用の銃としては全く使い物にならない。

そういった数多くの問題点を帝立研究所が解決していったおかげで実用化に至ったのだ。


当然、歩兵用だけではなく陸海空軍の様々な装備にそれらの技術は応用されていった。

海軍の潜水艦は、原子力潜水艦と同等の連続潜航時間および速度と、ディーゼル・エレクトリック方式の潜水艦と同等の静粛性を同時に獲得できるようになり、隠密性は限りなく向上した。

空軍の航空機も、有り余る電力を利用して大気を推進剤とする電磁推進方式での超音速飛行が可能となり、燃料搭載量の制約が無くなったおかげでドッグファイトをしながら地星一周する事も可能になった。

もちろん、レーザーを搭載しているので弾切れも起こさない。


そしてこんな面白い玩具をキューさん(帝立研究所の九条少佐)が放っておく訳はなく、空母や戦闘機用を上回る出力を持つMETを用いる特務改を作り出したのだ。


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どうも話が横道に逸れがちだが、宇宙人にも分かるように細かく思い出しているので仕方がないな。

では、そろそろこの星に転移する前に関わっていた案件について思い出してみよう。


カルト指定団体:クルセタ統一聖戦会による帝暗殺計画の全容解明および殲滅

これが俺が転移する前に受け取った指令書に記載された作戦名だ。


クルセタ統一聖戦会は、自らを神の眷属と称する教祖が率いるカルト団体だ。

教義として、”神は既に再降臨されており、今こそ邪教徒を駆逐する聖戦を起こし、全世界をクルセタの下に統一しなければならない”というものがある。

この教祖は元々はもう少しマシな”神が再降臨された暁には、邪教徒を駆逐する聖戦を起こし、全世界をクルセタの下に統一しなければならない”という教義の宗派に所属していたのだが、ある日を境に”神は既に再降臨されている”と言い出して宗派を脱退しカルト団体を結成したのだ。

数十名程度の小規模なカルトではあるが、このカルトが関与したと思われる行方不明事件、おそらくは死体が見つからない殺人事件、が判明しているだけで数十件、表面化していないものも含めれば数百件はあると考えられていた。

ここまではよくある凶暴なカルトの1つだが、教義に惹かれた者が入信を希望してもほぼ断られるのが特徴だ。

一方で教祖自ら信徒にしたい者の元に足を運び神の奇跡とやらを見せて入信を説得していた。

そして、教祖に声を掛けられた者の反応は極端に二分された。

教祖を盲信してしまう者と、子供だましの手品だと激怒あるいは冷笑する者にだ。

前者はカルト信徒に、後者は行方不明者になった。


日出国の情報局も国際カルト指定団体として監視していたのだが、信徒数が50名程になった直後に突如として姿をくらましてしまった。

無人となったアジトの下水に流された燃え滓を最新技術で復元して、”ギフト計画”という何らかのテロ計画が存在する事までは分かったのだが、具体的な内容までは掴む事ができなかった。


そして転移の約1年前、おそらくギフト計画と思われるテロが決行された。

クルセタ教の最重要聖地の1つ、地下深くに多数の聖櫃が安置されていると伝えられている教会で、大量虐殺が行われたのだ。

これらの聖櫃はクルセタ教徒の間では”神から贈られたギフト”と呼ばれていたので、情報局内部でもギフト計画と関連しているのではないかという意見はあった。

しかし、神の眷属を自称するカルトが最重要聖地でテロを起こす可能性は低いと判断してしまったという経緯がある。

念のためにクルセタ教の総本山であるビツキワ市国に警戒情報として連絡しておいたのだが、先方も本気にせず結果的に悲劇を招いてしまった。


その後、約1年の間は音沙汰が無かったのだが、転移1週間前に名誉挽回に燃える情報局にビツキワ市国から情報が入った。

怪しい団体を監視していた信徒から情報が届けられたのだが、抹殺すべき邪教の指導者の一人として日出国の帝が挙げられているという内容だった。

ちなみにビツキワ市国は宗教国家ではあるが、情報収集能力は世界トップクラスだ。

世界中に信徒が多数存在しており無数の断片的な情報が集まるので、適切に分析すれば大抵の人や物の流れは分かってしまうのだ。

もし他国が真似をしようとしても、莫大な人件費が必要となり現実的には不可能だと言われている。

また、各国の情報機関に入り込んでいる信徒が信仰心から無償で情報を横流ししているケースも多く、裏の情報にも詳しいのだ。

もちろん情報機関もスパイ対策を行っているのだが、報酬の授受が無く本人にも全く後ろ暗さが無いので、最も発見が困難なスパイの1つとなっている。


そしてビツキワ市国から情報がもたらされたのと同時期にグンマー国から国内に不審な動きがあると情報局に連絡が入った。

グンマー国は先ほど説明した事情により軍隊は保有しておらず、近代武器といえば情報部と警察に回転弾倉式拳銃がある程度だ。

そのため、もしテロリストなどが入り込んでいるなら日出国の協力を乞いたいという申し出があったのだ。

なお、グンマー国の情報部というのは独立前から続く五人組から上がってくる噂話などを取りまとめて分析する部署であり、一揆などが起きないように監視するのが主要任務だ。


そして転移3日前にようやく情報局から近衛隊と特務局に正式な連絡があった。

帝に対するテロ計画ではあるが、情報局としては自分たちで雪辱戦を行いたいという思いが強く、色々と理由付けをしていた為に無駄に時間を使ったらしい。

結局は情報局局長の耳に届いた瞬間に局長が不敬罪に問われる事を恐れて、近衛隊と特務隊に連絡が来たのだ。

もっとも、特務隊は独自のルートでビツキワ、グンマー両国から情報局とほぼ同時期に情報を入手しており、また、情報局に潜入させている特務隊員からの連絡もあったので実害は無かった。

情報局の面子を守ってやる為に黙っていただけだ。

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