第6話 回想-02

今度は俺自身について振り返ってみよう。


俺の公式な身分は、”朝廷 神事局 第一課 課長”だ。

現代では珍しいが、神事局の局長と第一から第九課の課長は世襲制の朝廷公務員だ。

しかも、本家が第一課長を勤め、分家が第二から第九課長、そして局長は先代第一課長という一族単位の世襲だ。

これは俺の実家である山王家が帝家、巫女家と並ぶ神代三家の一つだからだ。

この神代三家というのは、”遥か昔に地上に顕現された神々からその血を受け継いだ三人を祖とする家系である”と伝えられている。

まぁ、世界中のどこにでもある王権神授説の為に後世にでっち上げられた話だろう。

ただ、変わっている点は三つの血統に設定されている点だが、個人的には古代の有力者が互いに攻め切れない三すくみ状態にでもなって手打ちをした結果だと思っている。

なお、国家元首は帝だけであるが、神代三家は憲法上は同格とされている。

神々からそれぞれの家系に異なる使命が与えられただけであり、帝の使命には対外的代表権を持つ必要があったから元首となっているという解釈だ。


話を戻そう。

この神事局の業務は2つある。


1つは年に一度の戦神楽の奉納だ。

戦神楽は、大軍から国を護る様子を題材にした神楽で、神事局の課長職が舞う事になっている。

一見すると雅な神楽なのだが、武の心得のある者が注意して見ると大刀捌き、足捌きや重心移動などはかなり実戦的だ。

稽古中に仮想敵を思い浮かべながら舞ってみると、剣という武器を用いて手段を問わずに集団を相手に殺しまくっている様子を表している事が良く分かる。

ただ、防御を無視しているような戦い方なので実戦ならすぐに死んでしまうだろう。

まぁ、伝統芸能にリアリティを求めても仕方が無い。

ともかく、神事局課長職に就くとこの神楽の稽古を年中し続ける事になる。

稽古も神事の一環なので、課長職は殆どの時間は天領の中で神域とされている稽古場に籠って過ごす事になる。


もう1つの業務は神楽に用いるあらゆるものの調達だ。

実際の作業の大部分は神事局の職員が行うのだが、神楽の稽古の合間には課長も作業を行うことになっている。

この業務はかなり手間がかかるもので、まさに一から作らなければならない決まりなのだ。

原野をそこにある石で石器を作って開墾するところから始めなければならないので、手間は半端では無い。

もちろん、その集落を維持できるだけの食糧生産、木の実や山菜やキノコなどの採取、狩りでの肉や皮の調達や薬草類の調達もしなければならない。

やり方は伝わっているので自分たちで技術革新を閃く必要は無いのだが、石器時代から古代朝廷文化まで発展させるにはかなりの労力が必要となる。

これらの作業を分家の第二から第九課が課長就任から別々の場所で行う事になっている。

そして文明を発達させ終わったら、次の課長が就任するまでは神楽に用いる様々な物資を生産する事になる。

そんな中で第一課は何をするかというと、指導者役だ。

各集落を回って次の年に行うべき事を実演しながら教えていく役割だ。

文明の各段階での高品質かつ高生産性の手本となるレベルが求められるが、量産の為の工数は求められないので、工場の開発部門のような位置付けと考えればいいだろう。


この二つの業務から推察すると、俺のご先祖様は普段は開拓をしつつ、いざと言うときは戦うという屯田兵的な存在だったのだろう。

なお、現代の神事局は勤務時間が終われば車で官舎に帰れるし、食事や医療も現代の物だ。

官舎はわざわざ資材や重機を空輸して一戸建てを定期的に新築しているので非常に住み心地が良い。

残業代も全額出るし、鉱石や山砂鉄を採りに他の地方に行くときには交通費や出張手当も支給される。

有給休暇や社会保障に福利厚生なども完備だ。

朝廷公務員なので待遇が超ホワイトなのは当然と言えば当然だ。

なお、個人で自宅を持つ事もできるが、オフロード車で道なき道を踏破してようやくたどり着ける天領の奥地が勤務地なので、退官するまで購入する者はまず居ない。

ちなみに、食料や薬草、それに余った布や革などは自分たちでは使わないが、捨ててしまう訳ではない。

主に慶事用として一般国民に販売するのだが、毎回高倍率の抽選となるほどの人気だ。


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さて、俺には”公式な”身分の他に”非公式な”身分がある。

日出国には武装組織として

・内閣国防省に所属し国防を担う国軍

・内閣直属で国内外の諜報や破壊活動を担う情報局

・朝廷近衛省に所属し帝守護を担う近衛隊

・帝直属で諜報や破壊活動を担う特務局

が存在している。

そして俺の非公式な身分は”特務局 特務一課 課長”だ。

特務二課から九課の課長もまた、神事局の第二から第九の課長が兼任している。

ちなみに現在の俺の階級は少佐だ。

順調にいけば徐々に昇進して行って局長に就任する際に将官となる。


ところで、”世襲制でそんな任務が務まるのか?”という疑問を抱く者が多数だろう。

確かに幼いころから訓練を受けていても身体能力や性格の点で任務に向いていない子供が生まれる事はある。

その場合には次男や、分家から養子を迎えて跡継ぎとするのだ。

血統主義ではあるが嫡男主義ではないという事だ。

その為にも一族では複数の子を産む事が当然とされている。


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もっとも、俺が局長になる事はないだろう。

俺の顔はさっきも言ったように平凡極まりないが、山王家の血筋は分家も含めて全員が厳つい、有体に言えばヤクザが泣きながら裸足で逃げ出すような顔立ちをしている。

そういう疑惑を持つには十分な環境だったので、以前にちょっとした任務のついでにこっそりと遺伝子検査をしてみたのだが、両親ともに親子関係無しという結果が出たのだ。

戸籍台帳には両親の結婚後に実子として生まれた記載があるが、戸籍台帳原本の改竄など特務隊にとっては朝飯前だ。

親父の方とは極僅かに血縁関係はあったが、八分家の直系とも違っていたので、遠い親戚からの養子の可能性が高い。

わざわざ戸籍を改竄してまで俺を本家跡取り候補筆頭の嫡男とした理由は分からないが、近い将来に実子である次男が本家を継ぐ事になるだろう。

その際にはできれば仮病で退職した事にしたいが、下手をすると暗殺されかねないので、いざと言うときに備えて隊には報告していない隠れ家もいくつか用意している。


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なお、多くの分家を用意して一族の中で適性のある者を跡継ぎにする慣わしは神代三家で共通だ。

なお、日出国は一夫一婦制だが神代三家には対象外なので、堂々と側室を持つことができる。

実際、帝家も山王家も正室以外の女性が家庭にいるのは珍しくない。

もっとも、男性は同時に何人も子供を作れるが女性はそうは行かないので、巫女家の場合は夫が原因の不妊などの理由が無い限りは、他の男性が家庭にいる事は滅多に無い。

ただ、巫女家も血筋を絶やす訳にはいかないので、巫女家の分家数は8では無く32もある。

そうやって血筋を絶やさない制度を作り、帝家と山王家は男系、巫女家は女系を古代から守り続けて来た。


ちなみに、血統主義に対して”世代を重ねるとどんどん遺伝子は薄まっていくから意味は無い”という考え方をする者もいるが、そうとも言い切れない。

確かに20年で1世代として、2000年も経てば100世代にもなる。

確率的には遺伝情報が父母から半分ずつ受け継がれるので、単純計算で元の遺伝情報は2の100乗分の1=0.000000000000000000000000000079%しか残らない事になる。


しかし、ほぼ確実に受け継がれるものはあるのだ。

父親から息子にはY染色体、母親から子供にはミトコンドリアが受け継がれる。

したがって、現在の帝のY染色体は2000年前の帝と同じ、巫女のミトコンドリアは2000年前の巫女と同じという事になる。

もちろんランダムな突然変異が起こり得るので、完全に同一とは限らないが。


ただし、一度でも男系に女系を、女系に男系を挟んでしまうと取り返しがつかなくなる。

もしも帝家の娘が婿を取って生まれた男子を世継ぎにしてしまうと、外から来た婿のY染色体に入れ替わってしまい万世一系の血筋が途絶えてしまう事になる。

巫女家の場合も息子が嫁を貰って、生まれた女子を世継ぎにしてしまうと外から来た嫁のミトコンドリアに入れ替わってしまうのだ。

なお、過去には適任者不在などの理由で女帝も存在したが、あくまでも一代限りの緊急措置であり、男系の、つまり太古より受け継がれたY染色体を持った者へと引き継がれたのだ。

遺伝学など無かった古代から続く風習なので全くの偶然だろうが、血筋を受け継ぐという意味では非常に合理的なシステムになっている。

もっとも、男系の場合は浮気されてしまうと台無しになってしまうが、古来より山王家の最重要任務の一つとして皇帝一族と山王一族の嫁の浮気監視があるのでおそらく大丈夫だろう。

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