第79話 第2次魔女討伐

「さて。では、話の続きと行こうか」


 アンジェロ神父はお茶で口を湿らせた後、そう言った。


「大戦は双方痛み分けと言う結果に終わった。皮肉な事に魔女が散々とかき回してくれたおかげで、双方ともに戦争どころではなくなったのだ」


 だが、そこから始まるのは長い長い戦後の混乱期。それは10年の長きにわたる、暗黒期だった。


 帝国と停戦を結んだことにより、国王の求心力は落ち、職にあぶれた傭兵たちが跋扈する世紀末の世界だった。


「そして、その中で再度魔女の暗躍が始まったんですね」

「ああそうだ、だが、雌伏の時を経て世に現れたのは魔女だけではない」

「それは……」

「行方不明状態だった、ダルグレスが再び現れたのだ」


 ダルグレスが再び神を召喚するために選んだ地それが。


「リッケ大森林の名も無き遺跡!?」

「知っているのか? アデム君」

「聖戦士アンジェロ、彼はそこの出身ですよ」


 カレンさんがそう付け加える、正確にはそこに隣接するジョバ村だ。

 だが、俺の住んでいた村の近所でそんな事が行われいていたなんて、今の今まで全く知らなかった。


「知らないのも無理はない、これは表に出ていない話だからな」


 アンジェロ神父は執行機関の一員としてその事件解決に赴いたと言う。しかしダルグレスは魔女の言う所の真なる召喚術を操る強敵、さらにはその後ろ盾となる魔女の存在。そこで対抗策として引っ張り出されたのがアリアさんだったと言うのだ。


「自分の父親を……」

「ああ、非道極まる行いだ。自らのエゴの為大罪人の烙印を文字通りその額に押しつけた挙句、実の父親との戦いに赴かせる。我々は彼女に何と言って謝罪すればよいのか分からない」


 アンジェロ神父はそう言って目を伏せる。


「だが彼女は、素晴らしい人間だった。誰よりも聖女の名がふさわしい、輝きに溢れた女性だった

 彼女は我々に恨み言の一言を漏らす訳でもなく、任務に赴いてくれた」

「それは、その……」

「冗談みたいな話だろ? 俺だったら『今更なんだ!』って絶対強力なんてしてやらない、だが彼女は違った。額の烙印を隠すための仮面越しとは言え、笑顔で人々に接してくれた。こんなにも罪深い我々に対してだ」


 そうか、やはりそうなのだ。俺が目指したサモナー・オブ・サモナーズは間違っていなかったんだ。


「聖戦士アンジェロ。のろけ話は後にしてくださいませんか」


 かつての思い出に頬を上気させるアンジェロ神父にカレンさんが突っ込みを入れる。「コホン」咳き込みを入れた後、彼は話を続けた。


「名も無き遺跡での魔女との決戦。人類が魔女と本格的に矛を交えるのはその時が初めてだった、大戦時はそれ以前に魔女は姿をくらませやがったんだ」

「えっ、そうなんですか」

「ああ、奴の根城に押入った時には既にもぬけの殻だったと言う話だ

 だが、名も無き遺跡では直接奴の戦う姿を目にすることが出来た、ロバートの奴も散々と奴に殴り掛かった、結果は……ご察しの通りだがな」


 ご察しの通り、即ち前回もまた一撃の有効打を入られれなかったと言う事だろう。


「はぁ、ようやく話が元に戻りましたね」


 カレンさんが退屈そうにそう呟いた。


「ああ、済みません。けど話の流れは分かりました」


 戦後の混乱期、暗躍する魔女とダルグレスを探し求めて神父様とアリアさん達は旅を続けた、そこでたどり着いたのがリッケ大森林の名も無き遺跡。

 そこで魔女たちとの決戦を繰り広げ、最終的にアリアさんが人柱となり魔女を封じた、そう言う話だ。


「結構です、それで、魔女対策について何か思いついた事はありますか?」

「奴は自分の事をフェニフォート人だと言っていました、そこに何かヒントは無いでしょうか?」

「フェニフォート人?」


 おやと、疑問に思う。この話は初耳だったのだろうか?


「確かに高度な召喚術と言えばフェニフォート人ですね。ですが彼女自身がそうだと言ったのですか?」

「そう……だ……、いや、明言はしていませんが、そう臭わせるような事は言っていました」

「ふむ、まぁ頭に入れておきましょう。とは言え彼らが世から消えたのはまだまだ謎の多い事です、一足飛びに答えにたどり着けるかは難しいですね」


 なにせ、数千年前の話だ。無理も無いだろう。


「他には……そうですね」


 魔女に攻撃が通用しない原因を考える。俺が正解を言い当てる必要はないんだ、俺は唯数うちゃ当たる考えを出せばいい、そう思えば気は楽だった。


「奴に攻撃が通用しないと言う事は、幻術か何か使っているのではないでしょうか?」

「それは真っ先に思い付き現時点では最高の対策を備えて、聖戦士ロバートは戦いに挑みました。あれで通用しないのならお手上げです」


 むぅ、やはり俺が咄嗟に思いつく程度の事は想定済みか。じゃあ俺独自の視点としては……。


「奴は実は影武者で本当の自分は陰に隠れていると言うのはどうでしょう」


 例えば奴自身が召喚獣と言うケースだ。通常の召喚師では召喚獣が負ったダメージをフィードバックなんてしやしない。


「あの魔女が召喚獣で本命は裏に隠れている……ですか」


 今度の答えは興味を引けたようだ。


「では、その様な雰囲気、あるいは魔力の流れは感じ取れましたか?」

「……いいえ」


 奴は俺の目の前で特大の魔力を使い、ドラゴンを召喚してのけた、通常召喚獣自体が召喚術を使う事は無いとされている。この答えは外れだろうか?


「しかし、あの魔女がそこにいないと言うのは良い答えです」

「えっ……? 確かにあいつはあそこにいましたよ」


 俺は自分で言った答えを自分で否定する。奴は確かにあそこにいて、召喚術だけではなく様々な魔術を行使していた。


「そこにいるけど、そこにいないですか、魔女にピッタリな良い謎かけです」


 カレンさんはそこで初めて笑顔を見せた。まぁ笑顔と言っても何処までも不吉なにやけ笑いだったが。


「やはり、高度な幻術と言う訳でしょうか」

「あるいは幻術と似て非なる何かかも知れません」


 カレンさんはそう言ってティーカップを上に上げる。


「この影を貴方はどう見ますか?」


 机の上には魔道ランプの明かりに照らされた、ティーカップの影がある。影は影、それ以外の何物でもない。


「ふふふふふ、そうです、その通りです。ですがこの影に……」


 カレンさんは呪文を唱え、陰にティーカップの色を付ける。


「あっ……」

「……我々は、あの魔女の影に向かって必死になって手を伸ばしていたのではないでしょうか?」


 カレンさんは薄気味悪い笑みを浮かべながらそう言ったのだった。



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