第80話 次元

「おいおい、それじゃ結局幻術に惑わされていたって事になるのか?」


 アンジェロ神父がそう口を挟んでくる。


「今のは簡単なものの例えです」


 カレンさんは、けんもほろろにそう返す。なんでこんなに協調性のない人物が組織でやって来られるか不思議だが、よっぽど腕が立つのだろう。


「魔女の影に最初から色が付いている。あるいは極々薄い透明なガラス越しにこちらの世界に干渉していると言うのはどうでしょうか?」

「こちらの世界って、魔女は別世界にいると言うのですか?」

「あくまでも仮定の話です」


 カレンさんはそう淡々と否定する。


「この世界とは薄皮一枚離れた別の世界……そうですね。根源的な要素の集まりである『元』我々の世界の『次』なる存在。『別次元』とでも呼称されるものに魔女は存在するのかもしれません」

「そんな……」


 いきなりそんな新概念を持ち出されても、どうやって攻略すればいいのかさっぱりだ。アンジェロ神父なんか未だに頭にはてなを浮かべている。


「例えば神のおわしめす国です、聖戦士アンジェロ」


 話に付いてこれないアンジェロ神父にカレンさんが助けを出す。


「ああ、それは天の彼方に存在するんだろ?」


 そう言う建前になっていると神父は言う。


「ええ、ですがそれがもしこの地上にあるとしたら?」

「だとしたら、決して人の踏み込めないような秘境にあるに決まっている」


 そう言って、アンジェロ神父はお笑いになるが、彼女の言わんとする事はちょっと違う。


「いいえ、それは人々の心の中に存在するのです」


 そう言って彼女は胸の前で両手を合わせるが、これ程胡散臭い黙祷を見るのは生まれて初めてだ。


「心の中、まぁ確かに、それはそうだが」


 発言に同意したアンジェロ神父の胸を、カレンさんは指さし答える。


「では、貴方の胸中に物体として神は存在するのですか?」

「まさか、そうだったら息なんて出来っこない」

「そうです。神はそこに存在するのに、存在していない、あるいはそれは魔女と同じく」

「……魔女は空想の産物だってのか?」

「あるいは、この世界にとっての空想の産物、この世界に存在するのに、存在していない、陽炎の様な存在と言う事です。ではその本体が何処にあるのか……」

「……『門』」


 ポツリとつぶやいた俺の答えに、カレンさんはニヤリと笑い、アンジェロ神父は口を開く。


「アリアさんは魔女を門の向うへ封印したんですよね。もしかすると、魔女は最初からこの世界に存在していなかったんじゃないんですか!?」

「……その可能性は大いに存在しますね」


「残念ながら」とカレンさんはそう付け加える。


「なんだなんだ、お前さん達の言っていることは今一理解できないんだが、つまり奴は自分は安全な所にいて、一方的に此方に攻撃を仕掛けていたって事なのか」

「恐らくは」

「あの野郎」


 ギチリとアンジェロ神父が歯を食いしばる音が響く。だが、その思いは俺も同じだ。





「アデムさん、大変参考になるお話でした、それで貴方はこれからどうなさるおつもりですか?」


 俺のやる事、最終的には魔女をぶった押し、神父様たちをお救いすることだ。だが先ずはシャルメルに借りた燕尾服を返す事だろう。最も魔女との戦いなどを経て唯のボロ布になってしまったが。


「騎士団は一旦引き下がってはくれましたが、未だ貴方はお尋ね者です。王都に戻ると言うのはお勧めできませんね」


「強硬手段を取るのも吝かではないですよ」とカレンさんはうふふと笑う。


「まぁ待て、あまり若人をイジメるな」


 やれやれと、アンジェロ神父がカレンさんを諌める。


「しかし、王都が君にとっての危険地帯と言うのは事実だ、君のご友人達には我々から無事を伝えておこう。君はひとまず身を隠すのが最善の策だと思うが」


 ふーむ。そうしてくれるなら少しは安心だ。俺が行方不明になっただけならまだしも、指名手配されていたら、多大な心配をかけてしまっている事だろう。土下座程度では足りないかもしれない。


「まあ、君に関しては、あくまでエフェット嬢の逃走に関わる重要参考人と言った扱いだな。そこまで積極的な追跡は掛けられていない」

「それを聞いて少しは安心しました」


 それに、エフェットの居場所は既に騎士団には判明済みだ。ある程度は自由に行動できると言う事か。


「そうですね、それならばもう一度名も無き遺跡へ行ってみようと思います」


 アンジェロ神父たちの話を聞いて一つ疑問点がある。それは年代が合わないと言う事だ。

 アリアさんが人柱となったのは20年前、だが彼女が俺たちの村を救ってくれたのはおよそ10年前。

 彼女があそこに閉じ込められているとしたら計算が合わない。


「おや、そう言えばそうだな」


 俺がその事を話すと、アンジェロ神父は虚を突かれたような顔をした、彼女が旅のついでに人助けをするのは日常茶飯事でその事に関しては見過ごしていたそうだ。


「そうですか、名も無き遺跡に行かれるのですか」


 カレンさんはそう言ってじっとこちらを凝視してくる。


「なッ何ですか?」

「いえ、私もお供したい所なのですが、残念ながらスケジュールが立て込んでおりそうは参りません」


 よかった、本当に良かった。こんな人と四六時中行動を共にしたら俺の胃は破壊される。


「その代わりと言っては何ですが、お供を付けさせていただきます」


 えっ、いや要らないと言う前に彼女は声を上げた。


「コレット、コレット・マカデミッツさんを呼んでください」





「はいはーい! 何でしょうかシスターカレっとおおおおおお!!!」


 どんがらがっしゃーんと、何かが盛大な音を立てて近づいて来る。その様子にカレンさんは知らぬふりをして、アンジェロ神父は額を抑える。


「しっシスターコレット、到着しましたー」


 ドアを開けて現れたのは頭に花を引っ掛けて、修道服をびしょびしょにした女性だった。


 えっ、この人? と俺がアンジェロ神父に視線をよこすと、彼は俺から視線を逸らした。


「うふふふ、相変わらずの様子ですねシスターコレット、その注意力の散漫さは100年に1人の逸材だと信じています」


 えっ、そんな人を連れてけと? これは新手のイジメか何かなのか?


「そう言う訳で、シスターコレット。貴方はそこの彼、アデム・アルデバルさんの見張りをお願いします」

「いや、そこはもっとオブラートに包んで言うセリフですよね!?」

「うふふふ、私達の中じゃないですか、今更お為ごかしを言っても仕方がありません」

「私たちの中も何もたった数時間前に出会ったばかりですよね!?」

「ですが、その数時間で、貴方は裏の歴史に関わり過ぎました」


 むう、それはその通り。王室や教会の裏の歴史の象徴であるアリアさんの事を知り過ぎた感はある。神父様もその事を考慮して彼女の話を話さなかったんだろう。


「このシスターコレットは、腕は立ちますがおっちょこちょいです」


 うん、その言い方だと、おっちょこちょいの方がメインだよね?


「きっとあなたの旅に愉快な思い出をもたらしてくれるでしょう」

「いや別に、愉快な思い出を求めて旅に出る訳じゃないんですが」

「うふふふ、そう言った事から新たな発見と言うものが見つかると言うものですよ。私も何度実験データをふいにされた事やら」


 そう言って、暗黒微笑を浮かべるカレンさん。コレットさんはあわあわと申し訳なさそうに縮こまる。


「そう言う訳でシスターコレット。貴方は名も無き遺跡で新たな発見をしてくるまで帰ってくる必要はありません」

「ええー、そっそんな見捨てないで下さいー」


 コレットさんはそう言ってカレンさんにしがみ付くが、カレンさんはそれを無視して、いけしゃあしゃあと俺にこう言った。


「アデムさん。シスターコレットが粗相をした罰として卑猥な事をしてもかまいませんが、その場合は最後まで責任を取って下さいね」


「しませんよ!」と俺が抗議の声をあげるも。カレンさんのダークジョークにコレットさんは体を抱えて悲鳴を上げる。


 それから俺の傷が癒えるまでしばらく教会に厄介になった後。名も無き遺跡に向け出発したのであった。

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