第58話 シエルさんのお願い

 さて、夏休みも残りわずか、折角の時間を有意義に過ごすために、俺は荷物運びのバイトに勤しんでいた。

 そんなある日の夜、俺の部屋をノックする音があった。


「アデム君、明日はお暇ですか?」


 そう言ってニコニコと笑いかけて来たのはシエルさんだ。多分、碌な事じゃないだろうと思いながら、俺はバイトで忙しいと言う事を伝える。


「ああ、親父さんには明日は休みだと言っておきましたよ」


 等と笑顔でのたまってくるシエルさん。しまった、教会にバイト先を斡旋してもらうと言う事は、こう言った事もありうるのかと思うも後の祭り。既に外堀は埋められていた。


「……じゃあ暇です」


 俺は心底嫌そうな顔をしつつ、シエルさんにそう返事をした。


「それは何よりです。綺麗なお姉さんの言う事に従っておけば、万事うまくいくと相場が決まってます」


 自分で自分の事を綺麗だなんて言う人ほど信頼できないものは無いが、それはさておき。


「いったい何の用なんですか?」

「ええ、そろそろ風切虫の発生時期なんですよ。知っての通り奴らはやたらと数が多いのでどうしても人手が必要なんです」


 風切虫、そう言えばそんな時期か。随分と農作業と離れていたんで季節感を失っていた。


「良いですよ、田舎でもこの時期は虫退治してましたしね」

「さっすがアデム君です、そう言ってくれると思ってました」


 用意周到に外堀固めておいて何を言うと、思わなくも無かったが、そこは世のため人の為、文句をぐっと飲み込んで、俺は害虫駆除に行くこととなった。





 風切虫は体長50cmを超える大型の飛蝗で、その強靭な脚力で風を切る様に飛びまわり、強力な顎で収穫前の作物を食い荒らす害虫だ。

 一度大発生してしまえば手が付けられなくなり、人や家畜さえ襲い掛かって来るようになるため、時期を見てガツンと叩いておく必要がある。

 クラスは1だが群体となればその脅威は格段に跳ね上がる、厄介な奴らだ。


「って、何かガチ装備の人が多いんですが」


 指揮官のシエルさんに遅れて集合場所にたどり着いた俺を待っていたのは、鎧を着込んだ冒険者たちが黒山の人だかりを築いていた。


 俺の田舎じゃ、そこらの棒きれや、農具や網を手に持って退治をしていたのだが……。


「おお、お前も来ていたのか」


 聞きなれた声に振り向くと、そこにはやはり完全装備のリリアーノ先輩の姿があった。


「先輩ちょうどいい所に、一体何なんですかこの騒ぎは?」

「ああ、そうか。お前はこれが初めてだよな。まぁ私も初めて参加した時は驚いたものだ」


 はっはっは、と笑うリリアーノ先輩の説明によるとこう言う事だった。


 この狩りは王室と教会の共同事業として行われており、その分懸賞金もタップリと出ると言う事。

 また、例年恒例の行事と言う事もあり、今では競技的な側面も有してきていると言う事。


「要するに賭けだよな、どのパーティが一番いい成績を収められるか、駆けになってきているんだ」

「俺たちは競走馬って事ですか?」

「まぁ、個人的にはあまり歓迎出来ない事だがね。私一人が目くじらを立ててもしょうがあるまい」


 先輩はそう言って肩をすくめる。

 よくよく見てみると、先輩の他にも魔術戦士科の生徒がチラホラと見受けられた。戦士科の有志一同でパーティを組んで参加していると言う訳だ。


「まぁ、動機はともあれ、こうして数多くの人が参加することで、農家の方々も安心して収穫に取り組めるようになるんだ。理想ばかりでは物事は上手く回らない、誰だか知らんがよくぞ考え付いたものだ」


 先輩はあきれ半分、感心半分でそう言った。風紀委員である先輩としては、こんな事を賭けの対称とするのは認められないと言う所だろうが、参加する人は懸賞金でウハウハ、ギャラリーである農家や市民は賭けでワクワク、王室は税収が安定してホッコリと、どちらを向いてもいい事業と言う訳だ。


 ふーむ、なる程面白い。こうなっては俄然やる気が湧いて来た。たった一人の召喚学科代表として、ここは目にもの見せてやろう。

 ボスを召喚して全てを蹂躙してやると言う訳には、農作物への二次被害と言う面で駄目だが、あの森で契約したのはボスだけじゃない。ここは召喚師の汚名返上の場とさせてもらおう。





「えー、それでは皆様お待たせしました」


 壇上でシエルさんがにこやかに司会を務めるが、これ以上ないほど胡散臭い。偶に上がる歓声は脳の病気を患わっている人だろうか?見てくれに騙されちゃいけない、あれ唯の暴力シスターだぞ?


 まぁいい、あんな狸皮も見抜けないような節穴連中は相手じゃない。俺がやるべきことは唯一つ、召喚術の素晴らしさを世に知らしめることだ。


「それでは皆様、本日は安全第一でお願いしますね」


 シエルさんの合図と共に花火が打ち上げられる。それと共に皆こぞって駆け出していく。

 はるか向こうには、風切虫の臭腺から抽出した誘引フェロモンでべっとりの山盛りの餌がある。そこに引き寄せられた風切虫を一網打尽と言う寸法だ。


 村での風切虫退治の場合は、痺れ薬などを混ぜて弱らせたところを退治するんだが、今日の退治では見世物的な側面もあるので、元気いっぱいの奴らを相手にすることになる。


 今回の催しに参加しているのは、懐寂しい初心者パーティが主。先ずは戦況を見極めて……。


「ひゃっほう! 我慢出来ねぇぜ! 俺の獲物は何処だ!」


 俺は先行している奴らをぶち抜いて集団の先頭に躍り出たのだった。

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