第52話 こんばんはリザードマン

 鬱蒼と茂った森をかき分けること2日、ようやく俺たちは目的の地へとたどり着いた。


「皆お疲れ、ここが目的の名も無き遺跡だ」


 頻繁に襲い掛かってくる魔獣や、何時もと違って地面を歩いての移動で思ったよりも時間が掛かってしまった。既に日は暮れはじめ空は茜色に染まっていた。


 遺跡は全て石造り、大小様々な石が並び遥か遠くにはどうやって作ったのか想像もつかない様な巨大な輪の様なものが鎮座している。


「ふう、漸くたどり着いたわね」


 荷物を下ろしながらチェルーがため息を吐く。

 流石にみんな疲れが見える。遺跡の探索はそう簡単には終わらない。今日の所はここでキャンプをして探索は明日からにするとしよう。

 幸いここは実り豊かなリッケ大森林。多少の予定オーバーは織り込み済みだ。


「汝らは勇ましき森の戦士、風となりて大地を掛ける白銀の狩人、その名はループス、契約に基づき我に力を貸し与えよ!」


 チェルシーの召喚符が眩しく光り、そこから1頭のシルバーウルフが現れる。


「シルバーウルフ、周囲の探索をお願いするわ」


 チェルシーの命令に、道中で契約を交わしたシルバーウルフがオンと一吠えして走り去っていく。

 その背後を見守る姿はどこか誇らしげだ。


 無論新たに契約をかわせたのはチェルシーだけではない。俺はクラス2魔獣、フラットウッズのフラ坊を召喚し、上空からの探索をお願いする。


「フラ坊、頼んだ」


 梟の因子を持つ魔獣のフラ坊は、シューッと言う音を立てた後、大きな丸い目をぎらぎらと輝かせ、緑色の羽毛を舞い散らしながら音も無く上空へと飛び立っていった。

 羽ばたくための翼もなく、どう考えても飛べそうにない形状をしているのに自由自在に飛び回れるのは理不尽に感じるが、ああいう生き物なのでしょうがない。一説には別の星から来た生物だとか言われているが、真相は彼らだけが知っている。





「アデムさん、この遺跡の由来って分かっているんですか?」


 俺と一緒に、カトレアさんに料理の手ほどきを受けているアプリコットが、待ち時間にそう尋ねてくる。


「んー、凄い昔の遺跡って事以外は特に知らねぇな。奥の方に行けば祭壇めいたものが有ったから、古代の宗教施設だったんじゃねぇか?」


 俺にとっては、遺跡そのものよりも、どれだけ暴れても文句の一つ飛んでこない場所こそが修業場所として重要だった。

 この場所は俺の足では村からそう遠くない割に、バラエティ豊かな修業相手が山ほどいて、修業には最適な場所だったのだ。


「そうですか」とアプリコットは残念そうにつぶやいた。


 人の興味はそれ好き好き。リリアーノ先輩の友人と言う伝承学科のアヤカさん当りなら、一目見ただけで色々な事を判断できるかもしれないが、生憎と俺はそんな便利スキルを所有しちゃいない。


「何言ってるのよアデム。これはフェニフォート人の遺跡でしょ」

「ん? 知ってるのかチェルシー」


 意外や意外、俺と同じく召喚術以外には興味の無い人間かと思っていたチェルシーがそんな事を言いだした。


「知ってるか? じゃないわよ、貴方授業で何を聞いていたの? 実技ばかりでなく座学もきちんと学びなさい」

「と言う事は召喚術に関わる遺跡なんですか?」


 俺の代わりにアプリコットが先んじて質問する。


「ええそうなの。この建築様式にここの所の文様はフェニフォート人が好んだものだわ。

 彼らは召喚術の祖とも呼べる人物で、遥か高度な召喚術を使い、一説には上級竜でさえ召喚してのけたと言われるわ」


 上級竜、またの名を古代竜、魔獣ランクでは収まり切れない規格外の存在だ。


「ああ、確か総論のはじめの方でそんな事を言ってたような気がするな。それにしてもよく見ただけで分かるもんだ」

「はっ、私を嘗めるんじゃないわよ。これでも学者志望よ、召喚術についての大抵の事は頭に入っているわ」


 チェルシーはそう言って胸を張る。張り上げた所でアプリコットの足元にも及ばないのが玉に瑕だが、ない袖は振れないと言う奴である。


「アンタまた失礼なこと考えてないでしょうね」


 言葉と同時に拳が飛んでくる。以心伝心とはこの事か!?


「あはは、これがフェニフォート人の遺跡ですか。確か召喚術以外にも高度な文明を築いていたと言う話ですよね」

「そう、他系統の魔術に関しては召喚術程に発達していなかったと言う説が一般的だけど。それでも数千年前にこれ程の遺跡を残すような人達ですもの、素晴らしい文明を築いていたらしいわ」


 そう言ってチェルシーは悠久の時に思いをはせる。確かに上級竜を召喚できる程の文明なら、他系統の魔術を研鑽する必要も無い。全て召喚術1本で事が足りる。


「そうですわね。そしてある日を境に突然姿を消したとも言われる人達ですわ」


 キャンプの準備を終えた、シャルメルも会話に参加して来た。


「何だシャルメル、お前も知っていたのか」

「ええ、お家柄に観察眼を必要とされる場所が良くありますの。フェニフォート人の発掘品も幾つか家にございましてよ」


 ふむ、ある日を境に突然消えた、高度な召喚術を行使していた謎の人種。中々にそそられる事もあるが、それが神父様の求めている答えなんだろうか?

 何はともあれ、こいつ等と一緒に来てよかった。俺一人だと頓珍漢な答えを提出してしまったに違いない。


「その失踪の件については謎に包まれちゃいるが。一説には召喚術の暴走によるものとも言われちょるの」

「へーそうなのか、嫌だな召喚術が原因でそんな事になるのは」

「そうね、だけど過去の教訓は大事にしなきゃいけない。賢者は歴史に学ぶよ」

「かっかっか、そうは言っても人間の本質とはそうそう変わらんものじゃ。何時になっても戦乱が終わらんのはそう言う事よ」

「それはそうだが……って誰だテメェ!!」


 俺は隣にいたチェルシーを庇いながら背後を振り向く。そこには身の丈2mは超える蒼い鱗を纏ったリザードマンが煙管を吹かしながら立っていた。


「かっかっか、若いのう小僧。儂がその気だったら貴様らは今ごろとうにあの世行きだったぞ?」


 そのリザードマンは夜だと言うのに丸い黒メガネを掛け、ゆったりとした奇妙な服を着流していた。

 その奇妙な出で立ちは兎も角、背後を取られるまで全く持って気が付かなかった。それは俺だけではない、この場に居た誰もが、気配に敏感なグミ助すらもが気が付かなかったのだ。


「いいから答えろ! 何もんだテメェ!」


 皆を背後に下がらせつつ、そう虚勢をはる。ヤバイ、こいつはヤバイ。もしかしなくても神父様クラスの化け物だ。今の俺では到底かないっこない。


「かっかっか、誰だと聞かれりゃ応えよう、遊び蜥蜴人にんのジェイ・ミェンとは儂の事よ!」

「あっ? 遊び人?」


 何をふざけたことを言っているのか分からないが、その実力は本物だ。一見隙だらけに見えるその立ち姿だが、どう打ち込んでも返り討ちに合う未来しか浮かんでこない。


「おうよ、ちーと前からこの森で森林浴を楽しんでおってな。儂が気持ちよくここで寝ているのにがいがいわやわやと騒ぎおって。少しは近所迷惑も考えんか」


 そう言うとジェイは手に持った身の丈ほどある棒を構える。ヤバイ、ヤバイ、ヤバイが……。


「そいつは済まねぇな、こんな森の中に人が居るとは思いもしなかった。これからは大人しくするからここは見逃してくれねぇか?」


 俺は派手なジェスチャーを行いつつ、奴に気付かれないように僅かに腰を下ろす。


「かっかっか、今すぐにここから立ち去ると言うのなら、許してやらなくもないぞ?」


「そんな事!」とチェルシーが声を上げる。ここで帰っては、神父様は納得されないだろう。


「いやまぁそうしたいのは山々だが、俺たちにも引けない訳があってね。ちょっとでいいから――」


 俺は奴を十分に引きつけつつ、奴の上空に帰ってきていたフラ坊に襲撃命令を下したのだった。

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