第51話 温泉に入ろう
あの後幾度も襲撃を受けたが、順次問題なく撃退していった。
「はぁ、大変な所ですわね」
いつ来るかもしれない襲撃、見通しの悪い森、長時間の進軍に流石のシャルメルも呆れ声を出す。
この森は魔獣の森、大きな実りをもたらす森だが、それ相応、いやそれ以上に危険な森だ。
「アプリコット、大丈夫か?」
「はい、私は大丈夫です」
ちらりとカトレアさんの方を見ると無言で頷いてくれた。成程まだ大丈夫なのだろう。俺以外には、シャルメルとジム先輩に交互に迎撃に出てもらっているが。あのダンジョンでの動きを見るにまだまだ余裕があるだろう。
しかしまぁ、今日はこの辺りか。俺は近くに小川が流れる平地を見繕ってそこを本日のキャンプ地とした。
キャンプと言っても、この時期のキャンプは簡単なものだ、ちょちょいと布を張ってそれで終わり。皆で雑魚寝なのは勘弁してもらおう。
「ふんッ!!」
俺は魔力激で河原に穴を掘り、そこに水を引き簡易的な水浴び場を作る。
「あー、水浴びをしたかったらそこを使ってくれ。ただし、シャルメルかカトレアさんが同行することが条件だ」
あの2人が一緒なら、初激はなんとかいなせるだろう。
「皆さま、夕食の用意が出来ました」
俺がキャンプと水浴び場の用意をしている間に、ジム先輩が兎を取ってきてくれて、カトレアさんが夕食の用意をしてくれた。味気ない野戦食がメイドさんの手にかかればどのように化けるか楽しみだ。
兎肉がメインのシチューにカチカチのパンをしっかりと浸して口に運ぶ。
旨い! 単純な料理だが、調理の手順が最高だ。完璧に血抜きをされたウサギ肉は瑞々しい弾力を口の中で踊らせ、様々な香辛料は単調になりがちな味わいに奥行きをもたらしている。
俺がキャンプする時はそこらで捕えた得物を単純に塩焼きすることが精々だった。それに比べたら雲泥の差だ。
「カトレアさん、時間が余ったら俺に料理教えてくれますか?」
この味、この手際は何としても盗んでおきたい。冒険にも潤いは必要だ。
「時間がある時でよければ私は構いませんが……どうなさいますかお嬢様」
「なっなんで私に聞くの!?
う、うー、私にも教えてくれるのなら許可します」
アプリコットは頬を染めながらそう答える。成程アプリコットも料理が出来ないのか。まぁ辺境領主とは言え貴族の娘、メイドさんを押しのけて料理をする機会はそうそうないだ折る。
「了解いたしましたお嬢様、アデム様、機会がありましたらその時に」
夕食の片づけが終わるとシャルメルが立ち上がりこう言った。
「さて、それでは折角用意して頂いたのですから湯あみとまいりましょうか」
「ん? 湯あみ?」
俺は水を引き込んだだけなのだが。
「ええ、
ぐ、羨ましい。湯あみなんて正に貴族のたしなみだ。俺達庶民には高嶺の花だ。
「あら、アデムさんもご一緒しますか」
シャルメルはそう言って蠱惑的に笑う。むぅこの悪戯ガールめ。だが、チェルシーさんの目が怖いので俺はその罠を華麗に回避する。
「さて、それでは皆様、見張りは殿方にお任せして、
彼女はそう言うと颯爽と河原の方へ向かっていった。
「まっ待ってよシャルメア!」
その後を慌てたチェルシーが駆けていき。何やら相談してい居たアプリコットたちも後に続く。やはり女性陣にとって風呂とは抗いがたい魅力があるのだろう。
「……ジム先輩も一緒に行きます?」
「冗談にしてもお嬢様を覗こうとしたならば、そこからは死地になると思いなさい」
彼は真顔でそう言った。
「ふぅ、こんなものでいいからしら」
水辺の大岩を十分に熱し、水を引き込む量を調節して適温にする。多少疲れはしたが、ここにはカトレアさんも居るので大丈夫だろう。
「……お見苦しいものをお見せして申し訳ございません」
「ああ違いますわ。貴方が居てくれるおかげで安心して湯あみ出来ると感謝している所ですわ」
青い肌をタオルで隠した彼女は目を伏せながらそう言う。完成された大人のプロポーション。出る所はしっかりと出て、凹むことろはしっかりと凹んでいる、勿論自分もそこそこだとは思っているが、それでも羨ましくなるような肉体だ。
「はわわー、ホントにお風呂が出来てます」
その彼女の主であるアプリコットさんだが、背丈は一番小さいながらバストは一番いいものを持っている。
彼女の後ろに立つチェルシーさんが悔しそうに自分のバストを眺めているが、無いものは無いので未来に機体である。
「ふぅ、気持ちが良いですわ。探索の最中に湯あみが出来るとは思っても居ませんでしたわ」
「本当にありがとうございましたシャルメルさん」
「ふふふ、
それは紛れも無い事実、だが彼女が見抜いている様に、初めて冒険をする彼女達のささくれだった心を鎮めるためと言う事もまた事実。冒険慣れした
ふぅ疲れた。私自身は特に何をしたと言う訳でなく、只々強行軍について行っただけだったがそれでも疲れるものは疲れるのである。
むぅそれにしても……。
ちらりと周囲を見渡す、見渡すが、見渡せども敵ばかり。ぢっと胸を見る……。
うわ、シャルメルがアプリコットの胸部をチラリと眺めた後私を見て肩をすくめる、アレは分かっている目だ。疲れを残し、とろける様に湯に浸かるアプリコットとは違う、分かっていてあのようなふるまいをしてくる。正に強者の余裕!私だってまだまだ成長の余地は残っている……はず。
はぁとため息一つ。ブクブクと口まで湯に浸かる。知った事かばかやろー。
うう、疲れた。アデム君は一番体力のない私に色々と気を使ってくれたが、それでも疲れるものは疲れるもの、慣れない山歩きに連続の敵襲、心身ともに疲れ果てた。
緊張の連続にいつも以上に肩が凝る。即席の温泉は疲れた体に良く滲みた。私が肩をもんでいると、チェルシーさんが心配げに眺めてくる。
うぅ、同じ非戦闘員サイドと自分勝手に思っていたのに、チェルシーさんに心配されて、ますます肩身が狭くなる。
今回の旅を乗り越えられたら私も体を鍛えてみよう。ついでに料理も……。
私は湯船につかる少女たちを見守る。彼女たちの純粋無垢な白い肌。青くくすんだ醜い自分の肌とは大違いだ。
シャルメル様が私に気遣いの言葉を掛けてくれる。全くお嬢様は良い友達に恵まれたものだ。
表面上か本心からかは私如きでは分からないが、醜く穢れたこの私を同じ湯船に招待してくれた。こんな事は考えもつかなかった事だ。私の正体を知りつつも、これ程まで接してくれたのはご当主様以外には彼女達だけだ。
私は醜いナイトメア、その本質はネッチアの町で悪行を働いていたドラッゴなる男とさほど変わりはないだろう。
そう考えると湯船につかっていると言うのに、背筋に冷たいものが掛け上げる。
怖い、怖い、自分が怖い。
願わくば、この穢れた身がお嬢様の盾と慣れれば幸いである。
『……暇ですね、先輩』
『君は周囲の警戒に専念しろ。もし魔獣が接近して来ても、お嬢様たちが気づく前に殲滅させるのが僕たちの使命だ』
近距離会話用の通信符越しの会話は途切れる。
きゃっきゃうふふと嬌声が漏れ聞こえる温泉から少し離れた場所。俺とジム先輩は彼女たちの姿が見えない場所で南北に分かれ周囲の警戒を行っていた。
夜は魔獣たちの時間、とは言えこの周囲は松明の灯りと魔術の灯りで昼ながらとは言い過ぎだが、それなりの光度は保たれている。
俺の夜目なら遥か先まで見通せるし、それ以上にグミ助のセンサーは敏感だ。
「むぅ、しかし温泉か」
今まで温泉を作るなんて考えもつかなかったが、俺もサラマンダー等と契約することが出来れば温泉に入り放題なのではないだろうか。
等と考え事をしていると、一陣の風が川から届いて来る。炎が踊り影が揺れる。
おやこれは?
タオルが風で飛ばされたのかと思いきや妙な形をしている。この小ささはチェルシーか? 全くこんなものあの体では不要だろうに。
「おーいチェルシーお前のブラジャーが吹っ飛んで来たぞー」
「はっ!? 何言ってんのよ! ぶっ飛ばすわよアンタ!!」
ううむ、理不尽な事で怒鳴られたでござる。だから俺は教会で下働きをしているんだ、女物の下着程度見慣れたものである。中身を披露してもらえるならともかく、こんなものは唯の布きれだ。
俺はそれを石にくるんで投げ返した。ワーワーギャーギャーと向こう側から声が上がる。元気で何よりな事である。もしや疲れたアプリコットをリラックスさせるためにひと騒動起こしたのではないかと訝しんでいると、グミ助の警報が鳴り響く。
『先輩敵襲! 方向は……上!?』
俺は慌てて上空を確認する、そこには月の光の隙間で何かが影を落としていた。
「お前ら危ない! 上だッ!!」
俺はそう警告しながら温泉の前に躍り出る。
「へっ?」「はっ?」「えっ?」「……」
一瞬の沈黙ののち、声にならない叫びと共に、ありとあらゆるものが投げつけられるがそんな事に構っていられる暇はない。
「お前らやめろ、そんな事より上だ!」
「……何も居ないようですがアデム様」
あれ?
カトレアさんの冷静な一言に俺はもう一度目を凝らす。無い、さっきまであった影は無くなっていた。
あれ?
グミ助の警報もすっかり収まっていて、静かなもの。
「あー、なんだ。鳥型の魔獣が上空を通り過ぎただけみたいだ。それではお風邪などひかれないようによく温まって下さい」
俺はそう言い残すと、さっきまで居た場所に素早く戻り耳を塞いだのだった。
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