第45話 さらばネッチア

「大変申し訳ございませんでした!」


 男アデム・アルデバル全力の平謝りである。俺の悪い予感は当たっていた。

 俺がくそ野郎とドンパチしている間に、宿ではとんでもない事になっていたらしい。アプリコットとチェルシーを怖い目に合わせて、カトレアさんが傷ついてしまった。

 ドンだけ詫びても詫びたりないとはこの事だ。


「頭を上げてください、アデムさん。アデムさんの所為ではありませんから。それにこれは私が言いだした話でもあります」


 いやいや、アプリコットの所為ではない。これは俺の我儘から始まった喧嘩だ、それに皆を巻き込むことになってしまって、俺の立つ瀬がない。


「まぁいいわよ、あんたと一緒に旅をするって事がどういう事か位分かっているから」


 チェルシーは傷ついたグミをあやしながらそう言った。全くもって申し訳ない。


「宿の主人に話を聞きましたわ。何でもこの宿のボーイの1人が奴らに大きな借金をしていたらしいですわ。すんなりと侵入できたのはその性らしく、支配人は顔を青くしていましたわ」


 信用第一の宿商売でこんな事があっては、今後の経営が心配だが、今にも首をつりそうな彼を見てしまっては何も言えずと、宿代をチャラにすることでアプリコットたちは話を付けたそうだ。いや、無理矢理タダにさせられたと言った方が正しいか。


「カトレアさんも本当に申し訳ございませんでした」

「私は自分の職務を果たしただけでございます」


 カトレアさんは何時もの口調、何時もの姿で淡々とそう答える。なんでもカトレアさんはナイトメアだったそうだ。それも極度に血が濃く、逆にそのおかげで四六時中普通の人間に変貌出来てしまうほどの魔力を備えていたと言う。

 まぁその程度の事で、主従の絆にひびが入らなくて何よりだが、本当に申し訳ございませんでした。


 そして、何時までも頭を下げ続ける俺に、チェルシーが呆れた顔でこう言った。


「はぁ、しょうがない。じゃあこの旅の中で一度だけ何でも言う事を聞いてちょうだい。それでチャラにしてあげるわ」

「ホントかチェルシー!」


 俺はガバリと顔を上げる。無条件で許されるよりも、条件付きで許された方が気は楽だ。その程度の罰でいいのか疑問は残るが、無罪放免されるよりもよっぽどいい。


「ええ、楽しみにしてなさいね」


 チェルシーはとてもいい笑顔でにっこりとほほ笑んだ。





「兄貴、もう行っちまうのかよ」

「ああ、あのくそ野郎は痛めつけておいたし。シャルメルを通して奴らの悪事は議長へと通達済みだ。今ごろ奴らのアジトを家探ししている最中だろ」

「それはそうだけどよ、まだ案内していない所が山ほどあるんだぜ」


 俺は、いじけた表情でそう言ってくるスプーキーの頭をくしゃくしゃと撫でる。


「なーに、今生の分かれと言う訳でもなし、帰る時にはまたこの町によるんだ、そん時までのちょっとの間だ」


 ちらりと隣を見ると、カトレアさんとヘンリエッタが何か喋っている。カトレアさんがアプリコット以外と積極的に喋っている姿は珍しいが、同じナイトメア同士色々と語る事はあるのだろう。


 そして、カトレアさんと会話の終わった、ヘンリエッタがトコトコと俺の方にやって来た。


「ヘンリエッタも色々とありがとな」


 俺はそう言って、彼女の頭もフード越しにくしゃくしゃと撫でる。


「ちょ、止めてよアデム。昔っからデリカシー無いんだから」


 むぅ、怒られた。俺の精一杯の親愛の証なのに何が不満だと言うのか。

 ヘンリエッタは、フードの形を整えつつ、ジト目で俺を見つめる。


「まぁ、奴らをやっつけたことは感謝してあげるわ。これでほんの少しは暮らしやすくなると思うから」


 彼女は少し寂しげにそう語る。ナイトメアに対する偏見は俺も知っている。例え奴らが居なくなろうとも、彼女が大手を振って表の世界で暮らすには、世間の目はまだまだ厳しい事だろう。


「大丈夫だヘンリエッタ。そのうち何とかしてやるさ」


 俺はサモナー・オブ・サモナーズになる男だ。嘲笑されるのは召喚師もまた同じ、召喚師の地位を向上させるついでに、ナイトメアに対する偏見も何とかしてやる。


「ん、期待せずに待ってるわ」


 俺はそう言う彼女の頭をくしゃくしゃと撫でる。こつんと触れる彼女の角は彼女の様に幼く弱い。

 俺は、スプーキーも引き寄せ、二人纏めてハグをする。


「大丈夫だ、お前らは強い、奴らの支配に反旗を翻したんだ。きっとこれからもやっていける」

「……兄貴」

「……うん」


 ぎゅっと力強く抱きしめ、2人を解放する。引き上げるには俺だけの力じゃ足りない、引き上げられる人も手を伸ばさないと、届かない。

 だが、この二人なら大丈夫だ。ちっぽけだけど何よりも輝かしい勇気の光を持っている。


 こうして俺たちは、ネッチアの町に暫しの分かれを告げたのだった。

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