第38話 角持ち

「ヘンリエッタさん……その角は」

「その角は、穢れの象徴でございます、お嬢様」


 暗がりに突如聞きなれた声が響いて来た。彼女の従者カトレアの声である。その声は陰鬱で、平坦な、感情を押し殺した声であった。


「くっ!!」


 ヘンリエッタは、慌ててフードをかぶり直す。カトレアはその様子を寂しそうに見つめていた。


「穢れの……象徴」


 いつから生まれたのか、何処から来たのか。生まれつき魔の因子を備えて生まれてくるもの達が居る。

 それは前世の行いの結果だとか、母親の不義の罰だとか。様々な説が生まれては積み重なっていく。

 彼らの名は『ナイトメア』、悪夢の名を関した彼らたちは、生まれた時から迫害される運命が決定付けられていた。

 彼らは概ね、人よりも優れた能力を持ち生まれてくる。しかし、多少優れていたところで、圧倒的多数の正常者にはなす術も無い。彼らの大部分は虐待され、あるいは捨て子となり、大人になる人数はごく少数と言われていた。


「そうよ! 私はナイトメアよ!」


 少女はアプリコットから背を向けそう叫んだ。


「彼は、そんな事は気にしないって言った! 自分は召喚師だから、穢れなんて関係ないって! 聖も邪も分け隔てなく接して、物事の本質を見るのが召喚師だって!

 けど実際は違うの! 現実は違うの! 私は日向を歩くことが出来ない角持ちなの!」

「ヘンリエッタさん……」

「私は、違うの!彼の隣を歩く資格なんてないの! どんなに望んでも! 所詮私はナイトメアなの!」


 少女の叫びは血で満ちていた。病弱だが箱入り娘として何不住なく育ってきたアプリコットには、想像することも難しいほど艱難辛苦に彩られた生活を送って来たのだろう。


 けど彼女は救われたのだ、救われてしまったのだ。温もりを知ってしまった、アデムの優しさに触れてしまったのだ。

 闇の中で生きて来た少女には眩しすぎるアデムの輝きに心を奪われてしまったのだ。


「嫌い! 貴方なんか大嫌い! 迎えが来たんでしょ! とっとと帰って!」


 そういい、ヘンリエッタは暗闇の向うへと走り去って行った。


「ヘンリエッタさん!」

「お嬢様危険です!」


 慌てて後を追おうとしたアプリコットをカトレアは慌てて制止する。ナイトメアは常人よりも力に、魔力に優れている。下手に追い詰めて逆上したヘンリエッタに接触することは危険に満ちていたからだ。


「ヘンリエッタさん……」


 いつもより強く握られた手の傷みを感じながら、アプリコットはそう呟いた。





 突風が町に吹く。それは一般人には視認も困難な、アデムの動きだった。彼は人込みを避け、壁を足場に街中を駆けまわっていた。


 グミ助のセンサーは、強者を見つけるモノ。アプリコットの様なか弱いものを探すには不向きだった。


「畜生、何処に」


 何処を駆けまわっても、道から見渡せる範囲にはアプリコットたちの姿は無かった。その事は彼女たちが室内に居る事を示唆していた。


「まさか……」


 焦る気持ちが、最悪の想像を呼び起こす。それが更に焦りへとつながっていた。そんな中、暗がりから飛び出してくる影が視界に入る。


「取りあえず行く!」


 その焦りに満ちた走りに、アデムは反射的に進路を変える。何かの手がかりがあると、彼の勘は反応したのだ。





「おいアンタ! って……もしかしてヘンリエッタか?」


 俺はそのフード姿に見覚えがあった。修業中に何度かこの町を訪れていた際に助けた少女だ。


「あっアデム」


 上空から突如合われた俺に彼女は仰天する。驚かせたかった訳ではないが、今は時間が惜しい。町の暗がりをしる彼女なら、アプリコットの事を知ってる公算が高かった。


「ちょうどよかった、なぁアプリコットって女の子しらないか?青髪の女の子なんだけど」

「……知らない」


 ヘンリエッタは、俺を睨みつけながら、そう呟いた。


「そんな子知らない!」


 彼女は俺そう叫び俺の脇を走り去っていく。


「まぁ待てよ」


 だが、その程度の動きに反応できない俺ではない。即座に彼女の背後に付き。脇腹を全力でくすぐった。


「きゃ! きゃははははやっやめてってアデム!」

「いーや、その反応は何か知っている反応だ。なぁヘンリエッタ、彼女は大事な友達なんだ、どうか教えてくれ」


 この通りだ、と俺は地面対し頭突きをする。なんだが最近土下座癖が付いたような気がするが、気のせいだろうか。


「ちょ、アデム、止めなって」

「いーや、止めはしない。なんだったらお前の靴を嘗める準備はある!」


 俺はそう言い、ガバリと頭をあげ……る。


「おや?」


 焦りのあまり、彼女との距離を測りかねたのか、俺の目の前には――。


「どっ何処に頭突っ込んでるのよアデム!!」

「まっ待て落ち着けヘンリエッタ! これは事故だ!」


 二本に伸びる肌色の足とその付け根にある純白の布切れが、スカートの木漏れ日の中輝きを放っていた。


「……何をしてるんですか、アデムさん」

「ん? その声はアプリコットか?」

「ギャーアデム! そのまま振り向かないでーーー!!」


 ボカボカとナイトメア特有の膂力で後頭部に全力の拳が叩き込まれる。だが所詮少女の拳、神父様の一撃に比べれば蚊が差したようなものだ。


「あーでーむーさーんー」

「いや待てアプリコット、それよりもまぁ無事で何よりだ!」

「どっから声出してんのよアデムーーーー!!」


 少女の悲痛な叫びが、薄汚れた路地裏に鳴り響いたのであった。

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