第24話 お嬢様の内緒話

 狩りの後、わたくしは、帰宅する前のお爺様に、内密な話があると呼び出された。

 わたくしは、アデムさんのお世話を、メイドたちとアデムさんの傍を離れようとしないアプリコットさん達に任せ、お爺様の元へと歩を進めた。


「御爺様、シャルメルです」

「よく来たなシャルメル、あの小僧の様子はどうだ」

「そうですね、驚異的な回復力で現在は落ち着いている様ですわ」


 かかりつけの医者を呼び、応急処置は済んだ、今彼は安らかに眠っている。それにしてもジャイアントグリズリーが侵入していたとは。しかも特別変異の強力な亜種。全く彼と狩りに行く度にイレギュラーな話題が尽きない。


 後で、その獲物を見せてもらったが、とんでもない大物だった。わたくしが参加していたらどうなっていただろうと考える。


「シャルメル、あの小僧に気を付けろ」

「? それは一体どういう事ですかお爺様」

「あの者からは、あ奴と同じ匂いを感じる」


 お爺様が憎らしげに言う『あ奴』には心当たりがある。


「それは、例の召喚師のことでしょうか」

「そうじゃあ奴も才に溢れた召喚師じゃった。じゃがそれ故にその力に飲まれ邪道に落ちていった」


 御爺様は、訥々と噛みしめる様にそう語った。


「そろそろお教えいただけませんかお爺様。わたくしももう子供ではありません」


 その召喚師がお爺様に手酷い傷を与えたのは事実だろう。だがもう一枚、隠された何かが秘められている様に自分は感じていた。


「あ奴の名は、ダルグレス・イミダス。天才召喚師にして、サモナー・オブ・サモナーズの名を欲しいままにした傑物じゃった」

「……サモナー・オブ・サモナーズ」


 それは、唯の称号にして彼が何時も言っている目標だ。


「奴は正しく天才じゃった。幾頭もの強力な召喚獣を同時に操り、その召喚精度も比類なきもの。そして誰よりも深く召喚獣について知るものじゃった」

「ではお爺様は、アデムさんがそのダルグレスなる人物と同等の道をたどると?」

「それは儂にも分からん。いや、現在の召喚師を取り巻く環境から言えばそうなる可能性は低いとも言える」

「それでは、何も心配する必要はないのでは」


 専門外である自分でも召喚師をめぐる評判は良く知っている。

 精々がランク3止まり、中級パーティなら問題なく対処できるレベルの魔獣しか召喚することが出来ない現代の召喚師に、それ程の危機感を抱いている事が疑問な位だった。


「だが、あの小僧はその門を突破できる傑物かも知れん」

「突破ですか」


 現代の召喚師を取り巻く問題を突破する。そんなサモナー・オブ・サモナーズ英雄になる可能性を彼は秘めていると言うのだろうか。


「問題なのは、奴の同調力じゃ」

「同調力とは?」

「召喚獣と心を通い合わせられる才能と言ってもよい。奴は、自らの召喚獣が傷を負ったおり、自らも同じように傷ついた」

「……それは、珍しい事なのですか?」

「片手で数えられるほどしか知らぬよ。そしてその中には勿論ダルグレスも含まれておる」

「では、一体お爺様は彼の事をどのようにするおつもりなのですか?」

「……牙をむくなら牙で返す。じゃが今の所はあの小僧に助けられた恩がある、静観じゃ」


 お爺様は黙考した後で、そう結論を出した。


「少々喋り過ぎたようじゃ。シャルメルよ。もはやこのおいぼれの時代ではない。後の事はお前自身が判断するんじゃ」


 そう言って去るお爺様をわたくしは静かに見送った。





 あのお爺様をあんなにも警戒させるなんて。


 わたくしは自分たちも残ると言うアプリコットさん達を馬車に押し込み、アデムさんの眠るベッドの横に座った。


 彼は穏やかな寝息を立てている。


 お爺様の目に留まる殿方など今までそうはいなかった、ましてや同年代の方なんてこの少年が初めてだ。


「本格的に興味が出てきましたわ」


 今回の旅は先日の意趣返し、自分の庭での慣れた狩りならば、先日の様な無様を晒すことは無いと言う魂胆からだった。


「まったく、ベンジャミンの言う事など無視してついて行けばよかったですわ」


 嘘だ、ベンジャミンの言う事はお爺様の言う事。自分にはお爺様の言う事に逆らうと言う発想がそもそも存在し無かった。

 怖くて優しいお爺様。お爺様の言う事は絶対で、結局最後は言う事に従っていた。


「不思議な方ですね、貴方は」


 言う事やる事滅茶苦茶で、召喚師を目指すと言っているのに最前線で拳を振るう。型破りで向こう見ず。その割に体を張って、他者を守る。

 彼の事を話しているお爺様の目には警戒の光と共に、未来を見守る優しさが同居していた。


わたくしも……そうですね。貴方を見守るのも面白いかもしれません」


 いや、我儘な自分の事だ、背後で見守る事で我慢できる筈がない。傍らに立ち、杖を振るう位置が性に合う。

 それは楽しい事かもしれない。

 学園の最高峰、真言魔術学科とは言え、自分に釣り合う相手は見つからなかった。その相手が最底辺の召喚師と言うのも面白い。


「そうですわ。面白くなりそうですわ」


 シャルメルはそう呟いて、柔らかな微笑みを浮かべたのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る