第59話 魔女の要求

 東の魔女マーベラとその召し使いマーサさんとのお茶会。

 丸いテーブルに三人で座り、マーサさんのお茶とクッキーを楽しむ。


 ナッツをふんだんに使ったクッキーが非常に美味しくて、ついつい手が伸びてしまった。

 軽く塩味がナッツには付いているようで、ただ甘いクッキーではないのが特徴のマーサさんのクッキー。


 ミルクティーに物凄く合う!

 お世辞抜きに美味しいクッキーと美味しいお茶。

 マーサさんをべた褒めしてしまう。

 と取られないか心配だったが、そんな心配は無用だった。

 だって本当に美味しいから、マーサさんにもマーベラさんにも、僕がお世辞で言っていない事は伝わったみたいだ。

 これが不味いとかそんな事を言う奴は、味覚がおかしいか、性格がおかしいかのどちらかだと思う。


「君は本当にいい奴だな!気が合いそうだよ!」

 …と東の魔女マーベラ。

「山脈の向こうで光の柱が出来たのを散歩中に見つけてね、何かしら事件が起こっていると思ってね…駆けつけたわけだが…駆けつけたお陰で、こうして君と楽しいお茶が出来ているわけだから、駆けつけて良かったと思うよ」


 ───僕は今までの事を包み隠さず東の魔女に話した。

 もちろん、僕がこの世界の住人でないことも。


「ほう、君は光一郎殿のお孫さんだったか。亡くなっていたとは残念だ。ご存命の間に一度お会いしてみたかったものだ。しかし、人の一生は儚いものだ…」

 そう言うと東の魔女は沈黙した。


「君にお願いする対価が決まった」


「厳密に決まっているわけではないが、命の対価には命が適当だ」

 静かな空間に魔女の声が響く。

 気がつくとマーサさんは席を外していて、僕と魔女マーベラだけが席についていた。

「マーサかい?契約の場には契約者以外がいないのが、魔法の場合は望ましいのでね。立会人は不要だから席を外してもらったのさ」

 そう言うとマーベラは一度椅子に座り直した。


「さっきの事を思い出して貰えればいいが、私は羊飼いを助けるためにゴブリンの死体を、君を助けるために君の血液を対価としていただいた」


「先程言った様に、厳密に決まっているわけではないが…私が納得するのが前提なのだ。この魔法は魔人との契約により、私がマスターしたものだ。その際の魔法の発動条件は、同様の対価、または私がそれ以上と納得したものを交換条件と定めてある」


「魔人との契約…?」

 僕は魔女マーベラの説明の中にあった『魔人との契約』に興味を持った。


「そこに興味を持ったか…」

 魔女マーベラはこちらに身をのりだして小さな声で囁くように僕に話した。

「君も対価を払えば、私のような治癒の魔法を使えるようにはなるのだよ」


 正直言ってドキッとした。

 魔人との契約の対価とは…多分とんでもないものなのだと、魔女マーベラの話口調から伝わってきた。


「私が知っている魔人…善でも悪でもない存在……もし興味があるのなら、いつでも言ってくれ」


 魔人の説明を終えると、マーベラはまた元のように椅子に座り直した。


「この広い城に私とマーサしかいないことに気づいていたかい?」


 そう言えば、広間からのこれまでの道のりで、誰とも会うことは無かったかもしれない。

「マーサしかここに残っていないのは理由があるのさ」

 魔女の目を見ていると吸い込まれるような感覚に陥る。

「ひとつは、昔からこの城にいた者達は、願いを叶えるために…私の求める対価を手にいれる為に出ていき、戻ってこなかった…。中には、この城の主人が帰ってくるまでの永遠の眠りを求め、城の地下で魔法の眠りに就いているものもいるのだ…」


「あと、もうひとつは…私の求める対価を皆が手に入れることが出来ないから、諦めて誰も私を訪れることがなくなった…」


 それほどの対価とは…


「…だが、安心してほしい。君にはそんな対価は求めない…もう時が経ちすぎてしまった…私の求めるものは既に失われてしまったことだろう…流石の私も、もう諦めたよ…」

 マーベラはひどく悲しそうな表情をした。


「その求めているものとは、何なのですか?」

 僕はこれ程悲しそうにするマーベラに何かしてあげたいと思った。


「ありがとう。その気持ちだけで充分だ。…私にあまり期待を持たせないでくれ……希望を持ち続けるのも正直キツいのだ…」

 マーベラは椅子に沈み込むように座った。


「マーサはね、私がひとりぼっちにならないようにと、自分の時間を魔法で止めたんだよ。対価として一生私の召し使いとして生きるんだって…最初の内はね、子や孫なんかは訪れたんだけどね…今は、とうとう誰も訪れなくなってしまった。長い時間の間に、もうマーサを知る者は誰もいなくなってしまったんだよ。私しかいない城で、それでもマーサは毎日愉しそうに家事をし、私の相手をしてくれる…私は毎日そんなマーサに甘えてしまっている…。長い時間がかかってしまったが、私も変わらなければと思い始めていたんだよ。だから最近はずっと城に引きこもっていたが、散歩をするようになり…結果、君を見つけたのだ」


 東の魔女マーベラの思いを聞くことが出来た。

 だが、まだ求められる対価は僕に伝えられていない。


「さて、本題だ。君へ求める対価は…」


 僕は思わず、ごくりと唾を飲んだ。

「君の友人兄妹達の全快祝いを、この城で行ってほしい。食材は君の世界の物をマーサに提供してほしい」


「え!?」


 僕はマーベラの提案に耳を疑った。

「それでマーベラさんにどんな得が…?」

 龍之介・麻弥姉妹の全快祝いが対価として成立するのか…?


「私はね、この城を昔みたいに賑やかにしたくなったのさ。いつも私と二人っきりじゃ、辛気臭くてマーサに申し訳ないと思っていたんだよ」


 ────東の魔女マーベラの優しさが僕に伝わった瞬間だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る