第7話 誰も知らない約束

 前回のあらすじ

 レスリリア共和国国王であるネヘルウォード王の前に参上した俺、魔王(名前は忘れた)。二十人以上の人間に視線を向けられゲロ吐きそう。なにしにやって来たのかと聞かれたので、世界平和のためだと答えたらハゲが内心笑ってた。

 学者っぽいおっさんが視界に入る度になんとなくウザかった。





 この世界では魔王は物語の中でしかいない。

 物語の中の魔王は世界を脅かす恐ろしい存在で、魔物を率いて世界征服をいつも企んでいる。

 悪い魔王が勇者に倒されて物語は終わりを迎える。

 良い魔王なんて存在しない。

 魔王なんて夢物語の中の話でしかないけど、逆に言えば魔王については夢物語からしか情報が得られない。


 人々は俺を見るとき、物語の魔王と重ねながら、もしくは比べながら見ることになるのだろう。人間、第一印象が九割なので(持論)そういうのやめて欲しい。

 まあこの際、魔王に対する認識なんてどうでも良い。俺が異分子駆逐宣言をした翌日、再びあの会議室みたいな場所に呼び出された。席は昨日と同じで、顔触れも変わらない。


「魔王殿、昨日はよく眠れたかな」

「この体に生まれて初めて熟睡しました」

「それは良かった」


 レスリリア城には客を泊めるための部屋はない、ということなので、城の近くにあるものすごく高級感溢れる宿屋に泊めさせてもらった。また他人の金で泊まりたい。


 俺が席に着くと、執事っぽい人が四枚の書類と真新しい世界地図一枚を俺の前に置いた。世界地図には、東の皇国領土にふたつ、北のコハ連邦領土にひとつ、南東の連盟領土にひとつ、合わせて四つの赤い丸印が付けられていた。

 書類を見てみると、俺には難しくて読めない文字が書いてあった。『コハ』しか読めない。

 もしかしなくてもこれ、


「それらは全て、魔物が住み着いてどうすることも出来なくなった廃城だ」

「あー、魔物ね。わかった」


 思いもよらないオマケ付きだった。いや別に良いんだけどさ。持て余してたのを無償で渡してくれる訳でしょ? 魔王様は幸せ者だなあ。嬉しさのあまり涙が出てくるよ。

 まあ、魔物はリューになんとかさせれば良いか。


「それらを譲るついでにひとつ相談なのだが、よろしいか?」

「相談?」

「はい。と言っても、昨日と今日の会談は内密にして欲しい、というだけなのだがね」

「それくらいならお安い御用だよ。俺は勝手に城を奪って行くから」

「それはなんとも、恐ろしい」


 ネヘルウォード王は全然恐ろしいとか思ってもなさそうな態度のまま笑ってみせる。怖い。流石、レスリリアの大地のド真ん中に国を構えているだけのことはある。俺なんて足元にも及ばないぜ。


「まあそれはそれとして、各国から親愛の証として魔王殿に宝をお贈りしたいのですが、よろしいですか?」


 え、なにそれ怖い。


「いや、その気持ちだけでも嬉し」

「魔王殿」

「はい」


 断ろうとする俺の言葉をネヘルウォード王はにこやかに遮る。


「どうか、我々に恥を掻かせないでくれたまえ」

「ありがたくいただきます」


 なんだよその台詞、断れるわけねーじゃん。て言うか今後一切の贈り物を断れなくなるんだけど、その台詞。誰かに贈り物される度に頭の中にその言葉過る自信あるんだけど。

 やっぱネヘルウォード王怖いっす……。


「あーでも、あんまり大きいと持ち帰る自信ないって言うか、拠点に納まりきらないって言うか……」

「その心配は不用だ」


 そう言って、ネヘルウォード王は妖しげな刺繍を施された袋をひとつ、執事に渡し、執事は俺に渡してきた。


「これは?」


 レイ達が持っていたのと同じ、見た目以上の容積を与えられたマジックアイテムだろうか? これなら確かに、多少大きくても持ち運びは楽そうだ。いやでもアレの見た目はただの麻布だった気が……。


「この部屋くらいの広さを持つ奇跡の袋だ」


 奇跡。それは魔法の上位的な技術と考えて間違いはなかったはずだ。

 えーと確か、魔法は一時的に、長くて一ヶ月位効果が持続するもので、特に魔法を得意とするものは俗にシャーマンと呼ばれる。……って、アンナが教えてくれた。

 対して奇跡は、聖職者のみが扱うことの出来る技術だ。生をもたらすレスリリアと死をもたらすヘイルウェイの二柱の神に祈りを捧げることで、生物無生物問わず様々なモノに半永久的に奇跡を与えることが出来るらしい。ユニはその聖職者の見習いだと言っていた(正直耳を疑ったし、今でも疑ってる)。

 まあつまり、とんでもない代物、まさに宝ということだ。


「……え、そんな、どこの馬の骨かもわからない俺なんかにこんな貴重な物を……」

「なに、遠慮はいらない。余り気味だったのを譲るだけだ」


 いやそれ嘘って知ってるからな、時空間に半永久的に干渉する奇跡を与えられた物は馬鹿みたいに高価ってレイに教わったからな、こういうのはいくつあっても足りないくらいだってちょっと考えればわかるからな!

 ヤバい、手が震える。落ち着けー、落ち着けー、魔王。そう、俺は魔王なんだ、こんなものに動じるわけがない……。


「では、次は私かな」

「はい」


 俺は奇跡の袋をテーブルにそっと置き、昨日俺を内心笑ったに違いないハゲに目を向ける。


「初めまして、魔王殿。私はユーリュルリュワン皇国皇帝、ウルーユハフティンです」

「初めまして、ウルーユハフティン皇帝」


 『ハフ』が吐息みたいな発音だった。言い辛過ぎて軽く舌噛んだ。


「私からはこれを。どうかお納めください」


 そう言ってウルーユハフティン皇帝は俺に金の杯をくれた。なにこれ。


「それはユーリュルリュワン皇国宝物庫に眠っていたものですね。神の杯だとかなんとか言われていたようです」

「え、またそんな申し訳な」

「なに、所詮は宝物庫に眠っていた、一番価値がありそうなだけの普通の杯ですよ。どうか持ち帰って下さい」

「……はい」


 また笑顔で押しきられてしまった。


 なんてことを繰り返して、俺の手元には奇跡の袋と金の杯に加え、よく斬れる剣とそれを納める鞘、ゴテゴテして高そうな腕輪、冠、マントが並べられる。まるでゲームの勇者みたいだあ。

 とりあえず、全部奇跡の袋の中にしまっておく。


「あなた達とより良い関係を続けられることを願いましょう」


 なんかそれっぽいこと言って、俺は奇跡の袋を懐にしまう。中身入ってるだけあって重いな、これ。


「……それで、今日はどんな用件で?」


 まさか、俺に宝を渡すためだけに呼び出されたわけではあるまい。


「今日は彼等が、魔王殿に用があるそうでして」


 そうネヘルウォード王に示されて俺に会釈してきたのは、聖職者の男性と白く着飾った若い女性。……そしておっさん。


「彼等はレスリリア教の法王と巫女、そして法王直属の奇跡学者です」


 馬鹿にしてたおっさんとんでもなくすごい人だった。うっかり紛れ込んだ一般人じゃなかったんだ……。 


「魔王様、私達からのお話は場所を移させていただきますが、よろしいですか?」

「あ、はい。どこでも」


 良いわけないけど、言っちゃったし仕方ないか。


「では、セント・ウルヴの教会に場所を移すので、着いてきてください」

「はい」


 ところで、ヘイルウェイ教ってあるのかな? いや、ヘイルウェイ教の法王が此所に来てないってことは、そんなのないってことなんだろうけど。




 俺は三人と共に馬車に乗り込み、セントなんちゃらに向かう。俺の正面は奇跡学者で、隣は巫女。学者はもうそれほど怖くないけど、巫女はリューを思い出すからなんとなく苦手だ。あの糸目、大人しくしてるだろうか。


「魔王様」

「はい?」


 窓の外から馬車の中を隠すカーテンを眺めていたら、学者に話しかけられた。


「先程紹介された通り、私は奇跡学者のゴードンです。どうかよろしくお願いします」

「よろしくお願いします」


 俺は軽く会釈し、適当に微笑んだ。


「魔王様は異世界からの異分子を排除するための力を与えられたと仰っていましたが、それは具体的にどのような力なのですか?」


 わお、スゴいことを聞く。


「具体的……うーん、魔法や奇跡のような技術とはまるで違う、我が神に与えられた……加護、ですかね?」

「加護、ですか」

「ああ待って、今のなし。やっぱ違ぇわ」


 技術とかではないことは確かなんだけど、こう……ああクソ、語彙力が足りない!

 ……あ、そうだ。


「加護ではなく、我が神の力を一部借りているようなものですね」

「おお……」


 法王から感極まったような声を上げた。この仕事譲ってやろうか?


「魔王様のそのお力は、どのような……?」


 イベント作成チートだよ。一度も使ったことないけどな!

 でも流石にそのままチートとか言うわけにもいかないので、適当にそれっぽく誤魔化してみる。


「運命を定める力です」

「おお……まさに神の御業ですね」

「魔王城の中でしか使えないですけどね」


 なんて下らない話を俺と法王とゴードンがしていると、馬車が止まった。


「ん……」

「着いたようですね。どうぞこちらに」

「ありがとうございます」


 馬車を降りると、目の前に古ぼけた教会があった。そんなことより日光が眩しい。


「ここがセント・ウルヴのルシフ教会です」

「レスリリア教会じゃないんですね」

「ここは聖徒ルシフを記念して建てられた教会です。レスリリア教会はレスリリア城の向かいにあります」

「あー」


 大聖堂! みたいな感じの建物は確かにレスリリア城の前に建っていた。レスリリア教会って言うんだ。

 そのレスリリア教会と比べると、目の前にあるルシフ教会は随分と、その……朽ちかけていて、石造りの外壁は蔓系の植物に大人気な様子だ。もしかしたら寝泊まりならできそうな感じ。


「さ、どうぞこちらへ」


 法王に促され、俺は教会の中に入る。

 中は思いの外綺麗にされており、植物の浸食は見られなかった。教会の奥の高い場所に祭壇があり、それを見上げるように長椅子が奥から手前までズラリと並べられていた。昔は座りきれないほどの人が集まっていたと想像すると、この静けさにどこか寂しさを覚える。

 うわ、椅子腐ってんじゃん。キッタネ。


「改めまして、私はレスリリア教の法王で、こちらが生をもたらすレスリリア様と意志疎通が出来る巫女です」

「よろし……お願いしま……」


 うわ、声小さ過ぎてなに言ってんのかわっかんね。て言うか喋れたんだ。


「あの……魔王さ……わたし……」


 巫女の声は鈴の音なんて表現は全然似合わない、紙を擦り会わせたみたいな掠れた声だ。華奢って言うか細いって言うか、なんか今にも死にそう。


「私……魔物の仔なんです……」

「マジ?」


 俺の問いに巫女は小さく、何度も頷く。

 えー、マジか……。リューも死をもたらすヘイルウェイ様と交信できるみたいだし、魔物だし、白いし……。こいつとリューのキャラ被りまくってんじゃん。早くどっちか殺さなきゃ……!


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「……ぁの……」

「ん?」


 何故か俺と巫女は十秒くらい見つめ合っていた。なんだったんだ今の時間。


「その……私を匿って……もろえな……でしょう、か……?」

「え……いつ?」

「今すぐ……です……」

「いや無理でしょ」


 あの会議室ではなくこんな人の寄り付かない場所で魔物の仔なんてカミングアウトして、それはつまり人間には知られてはならない秘密と言うことに違いない。多分この巫女は、魔物の仔であることが露見する前に安全な場所に逃げたいのだろう。

 でも明らかに国の重要人物じゃん。皆が人間だって思ってるうちに、なに? 匿うっていうか、拐うのって流石にヤバいでしょ。そもそも嫌だよ、メンドクサイ。


「魔王様」


 俺が本気で嫌がっていると、ゴードンが数冊の本を差し出してきた。


「なにこれ?」

「現存する奇跡について詳しく、わかりやすく纏めた本です。これさえあれば聖職者でなくても奇跡が使えるようになります」

「はあ」


 なにそれヤバい、勇者の手に渡らないように燃やさなきゃ。


「どうかこれで、彼女を匿ってはくれないでしょうか」

「…………」


 あー、どうしよう。俺が巫女を匿うってことは、生をもたらすレスリリアの声を聞く者がレスリリア共和国にいなくなるってことで。

 法都レスリリアはレスリリア城とレスリリア教会が間近に建てられるほど政治と宗教が密接な関係があるはずで。

 巫女が生をもたらすレスリリアの声を聞くことは絶対にレスリリア共和国の大事な行事の一環なはずで。

 ……ん? それなら、この魔物の仔は巫女でいる限り安全が保証されてるってことなのでは? 神の言葉が聞けるやつがいなくなったら一大事だし。


「……ちなみに、どうして俺に匿って欲しいんすか?」


 俺は声が小さい巫女ではなく、法王に聞いてみる。


「彼女が魔物の仔だからです」

「でも、巫女なんだからその心配は不要でしょう? なにも今すぐなんて……」

「明日にでも巫女でなくなるかもしれないでしょう? そうなったら、私達だけでは彼女を守りきれないのです」

「ふーん」


 魔物の仔にどんな思い入れがあるのか知らないが、しかしなるほど。なんとなく察した。

 ゴードンは実の娘のように巫女のことを想っているのは、彼の真剣な表情と、奇跡について纏めた本を躊躇いなく渡そうとしてきたことから察せられる。


 だけど、法王は違う。

 法王が本当に恐れているのは、彼女が巫女でなくなることではなく、人々に彼女が魔物の仔であると知られてしまうことだ。魔物を神聖なレスリリア教会の重要な地位に置いていると知られては、魔物を嫌う国民の反感を買い、もしかすると国がひっくり返ってしまうかもしれない。

 ネヘルウォード王も巫女が魔物の仔であると知っているに違いない。知っていたから、あの会議室に三人を招き、同じように危惧していたから『個人的な話』のために場所を移すことを許可したに違いない。


 それに、これを利用すれば、巫女をさらった魔王を物語のようなを悪者に仕立て上げ、各国がチート勇者を俺のもとに送り付ける良い口実にもなるし、ネヘルウォード王は俺に恩を売ることも出来る。うーん、ずる賢い。

 周辺五国は今のところレスリリア共和国に頭が上がらないみたいな感じだったし、ネヘルウォード王が煽ればきっと大漁だ。

 ……よし。


「わかりました。巫女を匿うことを約束しましょう」


 俺の言葉に、三人が三人とも嬉しそうに顔を綻ばせる。でも全員笑顔の裏に隠れた思いが違うって考えると、面白いなあ。


「ですが、少しだけ時間を下さい。彼女を匿う用意が出来たら、すぐに迎えを寄越します」

「はい。本当にありがとうございます。これで彼女に不安な思いをさせなくてすみます」


 それは良かった。




「魔王様はこのあとどちらへ?」


 法王はゴードンと巫女と共にひとしきり感謝の言葉を俺に浴びせかけたのち、そんなことを聞いてきた。それにしても、本当に個人的な話しかしなかったな。


「ヤ国をまたいでヘイルウェイの大地に戻るつもりです。あそこで俺の帰りを待ってるやつがいるので」

「そうですか……。すみません、途中まで遅れれば良かったのですが、あまり帰りが遅いと何事か疑われるので……」

「いえ、その気持ちだけで十分ですよ」


 今は大人しくしてないといけないしな。


「それでは」

「また会える日を楽しみに待っております」


 俺はゴードンから受け取った本を奇跡の袋にしまい、更に重くなった懐に顔をしかめそうになりながらルシフ教会を後にする。

 しばらくすると、馬車が走り去っていく音が背中越しに聞こえてきた。


 あー、俺も馬車欲しい。確か徒歩で一年だったか。でもそれって、プロの足腰での話だからなあ。……巫女を匿うのは大分先の話になりそうだ。

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