34.蚩尤閣の秘密①

 闇と闇がぶつかり合っている。

 それはトンネルの中で向かい合う二体の巨人だ。


 八尺様はっしゃくさまとニルヴァーナ――。

 雌型めがたの巨人と機導騎きどうきの対決でもある。

 それぞれ白と黒とにその身を実体化させた、闇そのものが戦っていた。


 形勢は圧倒的にニルヴァーナがまさっている。

 凄まじい膂力りょりょくでもって、雌型めがたの巨人――八尺様をねじ伏せていった。その様はどこか獣じみており、都会の片隅でひっそりとおかされる男女のにも似た、狂気の沙汰であった。


 見守る一行にとって幸いだったのは、八尺様があくまでも闇が結集した霊的な存在であったことだろうか。激しい暴力にさらされてなお、血液や体液を流すこともなく、また苦鳴を上げることもなく、その肢体を灰のように散らせてゆく。

 ただ、その口からは絶えず、あの「ぽぽぽぽぽ」という奇怪な破裂音を垂れ流しており、一同は得体の知れなさに凍り付いていた。


 一行は、今は下車してこの激闘の行方を見守っている。

 黒きうろこの巨人、ニルヴァーナがかれらの味方であることは間違いないはずであったが、それゆえにこの場を任せて逃げ去る行為は許されないように感じられた。なぜなら――。


禊儀みそぎ君……なのですか……」


 青ざめた顔の蒼憐そうれんがぽつりと漏らす。

 彼の言う禊儀一真みそぎいっしんは、かの富士の裾野での激闘以降、ニルヴァーナとともに姿をくらました。

 あの時――一行を罠にめた理堂りどう実生みしょうの駆る機導騎アルビオンとともに、東京上空へと飛び去ったままだ。蒼憐たちがやっとの思いで東京への潜入を果たさねばならなかったのには、禊儀一真を探し出すことが急務だったからなのである。



 そも、禊儀一真とは何なのか――。


 ラ=エスタはおのれの記憶回路を駆動させ、前任者であったラ=エスタから受け継いだメモリーデータをロードする。

 あの比丘尼橋びくにばしでの戦闘、それから経験した冒険の数々……。出会った時から記録されてきたそれらはきわめて色鮮やかで、そしてどこか欠落を感じる空虚さをはらんでいた。


(彼がどういう若者なのか、まるでつかめていない……)


 ラ=エスタは混乱した。一行の中にあって、禊儀一真みそぎいっしんという人間の実態がつかめないままだったのだ。いうなれば宙に映し出された虚像のようで、確かにそこにいたはずなのに、次の瞬間には誰もが忘れている……。まるで、存在感がないかのような、そんな印象がまざまざと浮かび上がってきた。


 結局のところ、彼の五体に宿るべき〈柱〉の力――異分子アノマリーと呼ばれるそれらは、いまだ集まる気配を見せていない。かろうじて取り戻したのは右腕の力だけだ。ラ=エスタはイマジナリアのヒミコのことを、記憶回路伝いで思い出している。


「〈裏界ブリガドゥーン〉にアクセスし、遺産レガシィである機導騎きどうきを召喚する力こそ、禊儀一真が得た、ある種の異能――のはずだった。だが、いま私たちの目の前に現れたこいつは一体何なのだ? そも、機導騎とは兵器なのではなかったのか?」


 彼女の考えた通り、いま目の前で死闘を繰り広げる黒き巨人――ニルヴァーナは突如として虚空に像を結んだ。さながらいまだ目を覚まさぬガリバーの肉体に宿るように、しろとするかのように。

 そんな召喚があったものだろうか?

 そもそも呼び出した禊儀一真みそぎいっしん本人はどこにいるのか。

 彼女に搭載された生体電子頭脳は、それ以上の答えを導き出すことができなかった。それは、事実上の「不可能」を意味していた。


「あり得ない事が起きている――とでも言いたげな顔じゃな、お嬢さん」

徐福じょふくか。確かに、私に与えられた記憶や知識を総動員しても、今目の前で起こっている事実を説明できない。諸兄らは、ひょっとしたら初めても目にするものかもしれないが、あれは――」

機導騎きどうき、じゃろ」

「ほう、ご存じだったのか」

「当然じゃ。ワシを誰だと思っておる? いやしくも東洋の識者と言われた……いや、それはともかく、我々の元居た世界にも、あれらは存在していた。〈裏界ブリガドゥーン〉という名の大海原から引き上げられる……言ってみれば、一種の資源のようなものじゃからの」


 徐福はそう言って顎髭をしごいた。

 深いしわの刻まれた顔の奥で、双眸がきらきらと小さく光っている。まるで新しい玩具を与えられた子供のようだ――とラ=エスタは思った。


(まったく、男というのはどうしてああもロボットが好きなのだ?)


 女性型兵士として生み出された彼女には、これも理解しがたい感情だった。


 その一方で、ニルヴァーナと八尺様はっしゃくさまの戦いにはいよいよ決着がつこうとしている。

 アスファルト面に組み伏せられたまま、声なき叫びをあげる雌型めがたの巨人。五体を引き裂かれるままに、その実体を失ってゆく。蒸気のように霧散するのかと思いきや、まるで空間ごと消滅するかのようにその像を欠いてゆくのだった。それは、直視していれば視神経をおかしくしそうな……幾何学的な視覚効果を伴う現象でもあった。


 ぱりん、という音が聞こえるほどに八尺様の実態は粉々になってゆく。ほどなくして全身が消失すると、漆黒の巨人は悠然と立ち上がった。「まるで事後だな」と誰かがつぶやいた。

 そのまま一同を振り返ることもなく、今度は闇に溶けこむようにして、その姿をくらましてゆく。

 こちらはさながら陽射しによって消える影法師のような……そんな一抹いちまつの寂しさを想起させるものだ。思わず蒼憐そうれんは手を伸ばし、そして声を上げた。


禊儀みそぎ君! もしあなたならば返事をしてください。いま君はどこにいるのです。我々は君を探してここまでやってきた。真山まやまCEOも佐竹さたけ司令も今はもういない。津那美つなみさんも行方知れずです。我々には、世界には君の力が必要なんです――」


 禊儀の気持ちを考えぬ冷たい台詞だな、と蒼憐は心の片隅で思う。思いながらも、それはいま伝えねばならない事実を含んだ悲痛な叫びだった。


 実際に通じたのかは全く定かではない。

 ニルヴァーナは振り向くこともなく、そのままビジョンを揺らめかせ、闇のなかへと還っていった。霧散――黒い粒子が風に乗ってかき消える。あとに残ったのは、やはりと言うべきか意識を持たぬ巨人、ガリバーのみであった。

 それと同時に周囲の視界が開ける。

 気がつけば長く続いていたトンネルは消滅しており、高架下としか言いようのない、あの千駄ヶ谷せんだがやトンネルの真下に一行はたたずんでいた。もちろんあの巨大霊柩車も健在である。


「戻ってこられたようじゃのぅ」

「ほぅじゃのぅ」


 竹取たけとりおきな徐福じょふくは互いに肩を抱き合って喜んでいる。その他は黙りこくっていた。皆言わずともわかっている――そんな空気であった。

 蒼憐そうれんは思う。

 禊儀一真みそぎいっしんは今もどこかで生きている。それは確かなことと言えた。

 だが、その所在はつかめぬままだ。

 ならばこそ――これから彼の力の一部を持つ者である盤古ばんこに会う意味が増すのだろう。


盤古ばんこが我々と敵対する存在でなければよいのですが)


 再び霊柩車は走り出す。 

 後部の棺室はほぼ半壊していたが、そこになんとかガリバーを押し込め、ふきっさらしになった荷台の上で、かれらは肩を寄せ合った。


「夜風が身に沁みるわい、のぅおきなよ」

「ほぅじゃのぅ、徐福爺じょふくじいよ」

「貴様らは普段からたるんどるから、これしきの事で文句が出るんじゃ。ワシと和尚おしょうを見い。ピンピンしとるわ」


 そう言いながら桃太老ももたろうは手元に引き寄せた一二〇ミリ滑空砲を磨いている。運転席に戻った空海くうかいも、今は再びターボ全開で先ゆく自動車たちを蹴散らしていた。


「お爺ちゃんたちホントに元気よね」


 すっかり状況に取り残された感のあるロミとセームリアは、そう言って互いに顔を見合わせるしかなかった。



      ◇



 豊洲市場とよすしじょう――。

 東京湾岸に面した広大な埋め立て地。そこに建設された大規模な物流の拠点である。

 大規模な都市開発が進み、かつての築地市場つきじしじょうが移転されてきた場所だ。加えて、二〇二〇年に向けて誘致活動を行っている東京オリンピックスタジアムの建設予定地でもある。

 都市は時とともにその姿形すがたかたちを変えてゆく。

 否、そこに住まう者たちに合わせて

 そして、その「住まうものたち」はいまは入れ替わった。

 かつての東京都民によるりの喧騒はなりをひそめ、そこには巨人たちの王が座している城がそびえ立っていた。

 はた目には古びたビルディングに見える。しかし、あちこちに施された意匠が、それが「この世ならざる者の住処」であると知らしめている。

 青銅製の分厚い金属門扉。白塗りの壁。

 屋根にはチルソナイト製のかわらがずらりと敷き詰められている。それは一寸の狂いもなく等間隔であり、にぶい光を放っている……。

 屋根のところどころに据え置かれているのは怪物の像に見える。

 大きく咆哮し、眼球を飛び出さんばかりに目をむいたその様は醜悪だ。四つ足で、全身に渦巻きの模様を入れ込んだその怪物は、どこか中国の神話に登場する魔物「饕餮とうてつ」を思わせた。


 蚩尤閣しゆうかく――。

 それがこの建物の名前である。

 盤古ばんこが座す居城であるためか、張り詰めた空気が漂っている。

 まるで息をする者がいないかのような静寂が支配している。

 城の四方には、鎧をまとった巨人たちが配備され、警備は盤石ばんじゃくなように思われた。が、逆に言えば警備の兵はそれだけであった。


 城の上空には渦を巻く暗雲が立ち込めている。

 心なしか雷鳴も聞こえるようだ。

 それは、これからここを訪れるものを歓迎しようとする、盤古ばんこの意思そのものだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます