31.進撃の巨人たち

 やみはこの大都会にも妖気ようきを漂わせている。夜のとばりは薄い夢の被膜だ。

 昼間は現れることがないあやかしが闇の中で舞い踊り、全身に刺青いれずみを施した半裸の女たちが思い思いのでたらめな歌を歌っている……。その周囲を取り囲むのは名も無き人々の想念――祖霊たちだ。かれらは夜な夜なこうして集っては饗宴を繰り広げているのか。

 足元を影法師の子供たちが駆け抜けていく。シャドーピープルと呼ばれる存在だ。皆、この祭りを楽しんでいるかのようだった。

 火の精霊が燃え上がり、盛大な祭祀さいしの炎を夜空へと噴き上げる。

 魔の時間は、都市伝説が具現化する幻想的な世界だった。



       ◇



 V10エンジンの爆音をとどろかせ、大型霊柩車が疾走する。

 都内に張り巡らされた環状線を次々と駆け抜け、首都高速へと入ろうとしていた。このまま道なりに南下してゆけば、ほどなく六本木ろっぽんぎ方面へと出るであろう。ハンドルを握る空海くうかいは、人が変わったように馬鹿笑いしながらアクセルを全開にしていた。


「ぶははははは。これはな、陸自の九〇式戦車に使われとるのと同じV10ターボエンジンを無理やりくっつけたワシの特注品じゃ。おまけのスーパーチャージャーを起動させりゃあ九〇式なんぞもメではないがな!」


 どうやら空海は自動車に乗ると豹変してしまうタイプのようだった。

 助手席で地図とにらめっこしている蒼憐そうれんは、内心冷や汗を流している。どうも陸上を走る乗り物は苦手だな、そう思っていた。


「三千世界のターボ坊主、空海様をなめんなぼけが!」


 首都高速に入ってからの和尚おしょうはますます調子づいている。

 およそ減速するということを知らないのか、前を走るセダンやワゴンに向かって警笛を鳴らし、蹴散らしてゆく。その様はまるでいつぞや流行ったオーストラリア製のバイオレンス映画のワンシーンである。


「お、和尚。もう少し安全運転を心がけては……」

「じゃかあしい。ぼやぼやしてると夜が明けてまうで! 青二才は黙って乗っとれ!」


 一喝だった。これでは蒼憐も首をすくめるしかない。


 一方――霊柩車の荷台部分、すなわち棺室内では横たわったガリバーを中心として、ラ=エスタ、ロミ、セームリア、そして三人の老爺ろうやたちが身をかがめていた。先ほどからの荒っぽい運転に悲鳴を上げるのはもっぱらロミたちの役目だった。


「……やっこさん、なかなか目覚めんのぉ」

「ほうじゃのぅ。だが、ここで起き上がられても事じゃて」


 呑気にほうじ茶をすすりながら会話するのは徐福じょふくと竹取のおきなだ。

 かれらの目の前に横たわる、身の丈一〇メートルの巨人は、駐車場への移動時に一時的な覚醒こそ見せてはいたが、今は再び眠りについたようであり、瞑目したまま動かない。


 そも、ガリバーが〈鍵〉とは一体どういうことなのか。

 それをセームリアが質問すると、ラ=エスタは「もちろん蚩尤閣しゆうかくに入るための鍵だ」と答えた。

 原理こそ分からないが、彼――ガリバーの遺伝子情報が盤古ばんこの居城へと侵入するためのパスコードになっている……らしい。それゆえに彼は「胎芽」の状態へと還元され、要所にて管理されていたのであるが――


「盗み出されていたんだよ」

「アナタが盗んできたのでしょ?」

「まぁ、それはそうだが――正確には一度盗み出されたものを、さらに私が持ち出した、というところだ」

「ややこしい……」


 ロミが苦い顔をした。

 この程度、別にややこしくないだろう――とラ=エスタが心底馬鹿にした表情を見せたので、ロミはますますしかめっつらになった。


「――もともと〈鍵〉を奪取していたのはオーディンの軍勢、テンプル騎士団だ」


 オーディン――。

 稀代きだいの大魔法使いと呼ばれる存在で、盤古ばんこやラーと並んでこの東京を支配する三大勢力の一つである。もともとごく普通の人間だったのだが、長年にわたって極めた呪的儀式によって半神半人の存在へと自らを進化させたという。

 そんな彼が創造魔法によって作り出したのが、テンプル騎士団――甲鉄の鎧を身にまとい、人知を超えた魔法力によってその力を増幅させた無敵の軍隊と言われている。

 かれらもまたオーディン同様、半神の存在なのだとラ=エスタは述べた。


「つまるところ、この戦いは盤古ばんこ率いる巨人軍とオーディンの半神軍の抗争でもあるわけさ」

「ハンシン対キョジン? なんか因縁の対決じみているのぅ」

おきなよ、馬鹿言ってないで真面目に嬢ちゃんの話を聞けい」


 桃太老ももたろうはそう言って竹取のおきなたしなめる。どうやら見た目通りの堅物らしい。


「ならば――」と助手席に座る蒼憐そうれんが前を向いたまま口を開いた。「じきに双方の軍勢が追っ手を仕向けてくる可能性があるのでは」

「どうやらそのようだ」


 桃太老ももたろうが即答する。棺室に設けられた車窓から外に目をやると、疾走する車両のはるか後方より、何かが複数体接近してくるのが見て取れた。真っ赤な光をぎらぎらと前方へと照射するそれは、霊柩車を超えるスピードでもって車両の前方に回り込んできた。


「く、首なしライダー!?」


 驚いたのはみな同じだった。

 首都高速を数台の大型バイクが猛進する。それにまたがっているライダーには、本来あるべき人間の頭――首がなかった。明らかにあやかしの類である。


「あれはワシらの世界の追手だな」


 桃太老ももたろうはそういうと、傍らから何か長大な筒状の物品を取り上げる。襤褸布ぼろぬのに包まれたそれはやたらと長く、取り回しに苦労しそうに思えたが、彼は難なくもてあそぶ。そのまま荷台の天井を開け、車外へと上半身を乗り出した。何をするつもりなのか。


「ワシも若いころは〈鬼〉どもをこの手で蹴散らした勇士……その腕はいまだ衰えておりゃせんわ」


 風圧で襤褸布ぼろぬのが吹き飛ぶ。

 その下から現れたのは、黒光りする鋼鉄製の砲身――陸自の九〇式戦車にも使用されている、一二〇ミリ滑空砲だった。その威容は先代のラ=エスタが所持していた想念武装〈瞬牙しゅんが〉のそれとは比べ物にならぬほど実用的であり、かつ現用兵器特有の禍々まがまがしいものだった。


 狙いを定め、外付けのトリガーをためらうことなく引く。

 滑空砲自体は戦車に搭載し、コンピューター制御による内部のシステムを介して砲撃をおこなうものだ。桃太老ももたろうの使役するそれは、外観こそ似ていたが、ありとあらゆる部位に手を入れ、改造を施したパーソナルウェポンと言って差し支えない代物だった。


 刹那、首都高速上に爆炎が広がる。

 霊柩車の進路を妨害してきた首なしライダーたちは、桃太老ももたろうによる砲撃の、その一回ですべて蹴散らされた。衝撃で路面のアスファルトまで砕け散ったのはご愛敬か。遥か後方に黒い破片をまき散らしながら、なおも怪しげな外見のピックアップトラクターは爆走する。


「ぶはははは! 見たかモモタロ爺さんのキビ団子!」

「キビ……なんだって?」

「今しがた撃ち出した徹甲弾のことじゃよ。正確には一二〇ミリTKG装弾筒付翼安定徹甲弾じゃ。発射と同時に内部の装薬が爆発燃焼し、ダーツのような翼のついた弾体を撃ち出すんじゃよ。詳しくはワシもしらんが、距離二〇〇〇メートルで五〇センチの装甲版を貫徹できる代物らしい。ペネトレーターも最新のものを用意しているそうじゃ」


 饒舌に熱く語るのは竹取のおきなだ。楽しくて仕方ないといったようで、それのどこが「キビ団子」なのか、ラ=エスタはもはや質問をすることができなかった。


(いくら相手が人外だって言ってもあんなものぶっ放すか?)


 容赦なさすぎだろう。

 その思いはロミたち全員一致していた。

 乗り掛かった舟とはいえ、もしかするととんでもない連中に手を貸してしまったのではないか……。

 しかし、そんな一同の不安をよそに、追撃は続いていた。


「ほい、とうとう巨人軍のおでましじゃ。和尚!」

「分かっとるわ、スーパーチャージャーON! ポクポクチンじゃ!」


 訳の分からない啖呵たんかを切りつつ空海くうかいが手元のスイッチを入れると、ボンネット上に突き出た過給機かきゅうきが高速で空気を取り込み始める。と、ほぼ同時に急加速によるGが全員を押し付けた。酸素を与えられたエンジンが爆発的な加速力をうんでいるのだ。

 車窓からは東京の夜景が飛ぶように過ぎ去ってゆくのが見える。もはや彼らの前方に妨害者はいない。いるのは後方から追い詰めてくる巨人兵士の存在だけだろう。まさか過給機かきゅうきを稼働させた大型車に、巨人たちの脚力で追いつけるとは誰も思わなかった――が。


「おいおい、どんどん距離を詰められとるみたいじゃが」

「ええい、ぬかせ。こっちも全力でターボしとるわ!」


 空海くうかい忌々いまいましげにバックミラーを確認すると、そこには全身を銀色の装甲で固めた巨人――ガリバーのそれをはるかに凌駕する二〇メートルクラスの巨体が十数人、疾駆してきていた。


機導騎きどうき、かな」


 ラ=エスタがぼそっと呟いた。

 確かにかれら巨人兵士は生身のそれではない。本来ならむき出しのはずの赤黒い外骨格は装甲に覆われ、巨人それ自体が一つの機導騎きどうきと化しているように見える。中には両肩にロケットランチャーと思しきコンテナを背負っている個体も見えるので、ひょっとすると〈裏界ブリガドゥーン〉からサルベージした遺産レガシィを活用しているのかも知れなかった。


 両者の激突はほどなく始まった。

 後方に向けて桃太老ももたろうが滑空砲を打ち込む。くらった巨人の一体が横転し、数体巻き込んで後方へと吹き飛んでゆくのが見えた。だが、それだけですべてを振り切れたわけではない。

 爆音が轟き、閃光がきらめく。こうなると、深夜の首都高は完全なる戦場だ。

 道路の両脇を固める壁面をガリガリと削り取りながら、霊柩車は蛇行運転した。これもターボ坊主、空海くうかいの意地の表れなのか。

 後方より放たれたミサイルが乱舞し、爆発の余波でもって霊柩車の天井の一部が吹き飛んだ。ロミが悲鳴を上げる。


「このままでは埒が明かんぞ、和尚」

「わーっとる。高速を降りるぞ」


 追撃してくる巨人たちを振り払うべく、空海くうかいは思い切って一般道へと走路を切り替える。夜間の厳戒態勢中なため、信号は赤で点滅したままであったが、彼はその全てを無視した。どこまでも破天荒な坊主なのだ。


(間もなく六本木ろっぽんぎエリアですか……)


 蒼憐そうれんは不安を払しょくしきれない。それどころか事態はますます窮地に向かっているようにも思える。何とか巨人たちを振り切る手はないか――と、手元の地図に再び目をおとした。


「この先に……」

「あん? なんじゃって?」

「この先に短いですがトンネルがあります。彼ら巨人はそこを通過できないはず――。少しだけ回り道にはなりますが、そこを経由しましょう」


 運転席でがなりたてる空海くうかいに、蒼憐そうれんりんとした声で指示を下す。それは、航空艦「皇王こうおう」を失ってから四か月――彼が久々に司令官らしさを取り戻した瞬間でもあった。

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