30.怒りのデス・ロード

 ジョナサン=ガリバー、とラ=エスタは巨人に命名した。

 「いつまでも名無しの巨人じゃ収まりが悪いだろう」とのことである。

 「ガリヴァー旅行記の主人公?」とはセームリアの弁だ。ラ=エスタは「その通り」とうなづく。もちろん、十八世紀のイギリスで出版された世界的に有名な旅行小説のことである。


「作者のジョナサン=スウィフトと、主人公ガリヴァーの名称とを合わせただけだがね」


 しかし皮肉なものだ――と少女は笑う。

 かの「ガリヴァー旅行記」自体は、世界的に広く読まれる児童文学という認識の強い小説である。が、その実態は当時の社会批判や文明批判に至る風刺小説だ。

 全四篇からなる物語のうち、小人が支配するリリパット国渡航記編のみが突出して有名なため、胸躍る冒険の物語と誤解されている向きが大きいのもまた事実である。


 そんなことを話しながら、一行はアララトタワーの地下駐車場へ向かう。巨人――ガリバーは身をかがめたまま、ラ=エスタがゆっくりと先導していった。

 道中、施設の職員や警備員にまったく出くわさないのが不思議に思えた。そのことをロミが口にすると、「ワシが眠り薬を夕飯に混ぜておいたんじゃ」という危ない発言が徐福じょふくからかえってきた。つまり、いま施設の職員も入居者も全員夢のなかということなのか。


(これまた都合のいい展開……。このパターンが多いな)


 老人たちの行動を訝しげに思いながらも、今は彼らの協力をありがたくも感じる蒼憐そうれん達であった。



      ◇



 アララトタワーの地下駐車場で彼らを待っていたのは、黒塗りの大型車両であった。しかもただの黒塗りではない。全長は二十メートルを余裕で超える大型のピックアップトラクターであり、荷台にあたる部分は黄金色こがねいろに塗装されたやしろのような豪華な装飾が施されている。早い話が――


「霊柩車か?」


 その場にいた全員が思わずズルボテとコケる。

 どこの世界に全長二十メートル超えの霊柩車があるというのか。おまけにボンネットからは過給機かきゅうきと思しきデバイスが、その武骨な頭をのぞかせている。


和尚おしょう……もちっと地味なのはなかったのか?」


 竹取たけとりおきながうんざりした口調で呼びかける。それに応えるように運転席から念仏が降ってきた。聞き覚えのあるそれは「般若心経はんにゃしんぎょう」。何事かと一同が見上げると、形の良いスキンヘッドが光を放っている。翁の言う「和尚おしょう」とは彼のことを指しているようだった。


 ほほほと薄く笑いながら現れたのは黒い袈裟けさを着た細面の僧侶で、空海くうかいと名乗った。

 片手に琥珀こはく色の数珠じゅずを持ち、絶えることなく念仏を唱える様がわざとらしい。第一、「空海」と言えば平安時代の人物であり、弘法大師こうぼうだいしの名で広く知られる真言宗しんごんしゅうの開祖とされる伝説の人物だ。当然本人であるはずもなく……同名をかたる、ただの胡散臭い坊主にしか見えなかった。もっとも――それを言ったら竹取たけとりおきな徐福じょふくも全てが怪しい存在にしか見えないのだが。


「この棺室内にその巨人を乗せるんじゃ」


 そう言いながら助手席から降りてきたのは、これまた奇矯な服装をした老人だった。カーキ色のよれた軍服に「愛国精神」と書かれた白いタスキをかけた精悍な顔つきの男性――。

 ボルネオの奥地にでも隠れていた日本兵の生き残りか? そんなことを一同が考えていると、空海くうかいは彼を桃太老ももたろうと紹介した。何でもかつては〈鬼〉と呼ばれる妖邪を討伐した歴戦の勇士であるらしい。


(なんだか御伽噺おとぎばなしの登場人物が揃ってきたわね)


 ロミがそっとセームリアに耳打ちする。彼女もまったく同意見だと言わんばかりに大きく頷いた。もっとも、はた目にはどの老爺ろうやもただの奇人変人にしか見えないのが現実なのだが。



「……で、この大型霊柩車で〈鍵〉であるガリバーを蚩尤閣しゆうかくまで運ぼうというわけですか」


 蒼憐そうれんはやや不安げだ。こんなご都合よく出会った老人たち――しかも「方舟」の入居者であろう――に全てを任せてよいのか。ほかに頼れる手段がない以上、流れにゆだねるほかないのではあるが。


「和尚、準備できたぞ!」


 ガリバーの収容を済ませたのを確認するやいなや、桃太老ももたろうがしゃがれた声で呼びかける。無駄な大声が皆の鼓膜こまくを震わせた。


「出発の準備はできたようですね。それでは各々がた、まいると致しましょうか。いざ、厄払いの旅路へ。ゴー・トゥー・ザ・ウェスト。キミがいるから寂しくない!」


(何が『厄払い』だよ……)


 訳の分からん坊主め。全員同じことを思っていた。

 その一方で、空海は訥々とつとつとした口調で皆を先導してゆく。手慣れたものだ、とラ=エスタは皮肉を含ませた口笛を軽くふいた。 


「和尚、運転は任せたぞい」

おおせのままに」


 空海はそう答えてエンジンをスタートさせる。大型車を動かすV型一〇気筒エンジンが始動し、重くて低いマシン特有の唸り声を上げた。空海くうかいがアクセルを空ぶかしし、回転数を上げるたびに、その唸りはいやましに増してゆく。そして、巨大な霊柩車の車体は最初は緩慢に、ほどなく猛進する鉄塊てっかいとなって、深夜の街に飛び出していった。



       ◇



 闇が吠えた。

 夜の都会に巨人たちが解き放たれる。

 それは、蚩尤閣しゆうかくに座す盤古ばんこからの指令だった。

 いま、かれの元には「ある脅威」が向かいつつある。盤古はそれをすでに察知している。

 この東京の一角を支配する盤古ばんこは、支配下にある巨人たちへと、「脅威」の排除を命令した。それは思念の海を経由して等しく届く、ある種の電気信号のようなものだ。巨人たちは文字通り盤古の手足となり、深夜の東京に防衛網を展開し始めた。

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