29.FOOL FOR THE CITY

 ラ=エスタたちがそのと出会ったのは、アララトタワーの一室だった。

 蒼憐そうれんたちと合流する前に、「邪魔になるから」という理由で彼女が隠してきたという〈鍵〉――それを取り戻すため、タワー内に設営されている特別養護老人ホーム「方舟」へと潜入した一行を、それは待ち受けていた。


 巨人――である。


 身長は生身の人間をゆうに超えるもので、十メートルはあるかと思われた。

 人間とほぼ同じ体格バランスを持つ生命体であるが、その外見は極めて異質――言うなれば皮膚というものが存在しないようで、むき出しになった筋肉組織が赤黒く光っている。骨格もところどころで肉体から飛び出しており、さながら外骨格をまとった人体模型の様相を呈していた。


「これが〈鍵〉、ですか……」


 呆然とした面持ちで、蒼憐がつぶやく。さすがの彼も巨人の雄姿を目の当たりにするのは初めてだった。おのずと声が震える。


「もともとは胎芽たいがの状態だったものを持ち出したんだがね――連れてくる途中で孵化ふかしてしまった。なので、このアララトタワーの一室にこうして隠してきたって寸法だ。いやはや、彼の身体が収まる部屋があってよかったというべきかね」


 ラ=エスタはそう言ってからからと笑った。


(いや、隠せてないだろう……)


 その場にいた全員が同じ事を思ったのは言うまでもない。

 巨人はその体格ゆえ、入所施設である「方舟」の四人部屋を占拠している。身をかがめ、小さくなっているがあまりに窮屈そうだ。できるだけ早く外に出してやる必要があるように見えた。



 そも、巨人とは何なのか。

 これは同行しているロミやセームリアにとっても最大級の関心ごとである。「あまり時間はないが……」と前置きしたうえで、ラ=エスタは説明を始めた。


「古くからこの世界にも巨人伝説というものは残っている。神話に登場するネフィリムの伝承や、古代遺跡から人骨としてその痕跡が発掘されたケースもそれなりに多い。また、芸術の分野においても巨人は絵画や彫刻のモチーフになっているなど、古き時代からその存在が身近なものとして捉えられてきたといってもいいだろう。ゴヤの絵画は有名だろう?」


 そこまで話すと、この紫装束の女忍は目の前の巨人へと視線を移す。

 その目にはどこか慈愛じあいの色が浮かんでいる。不思議なものだ、と蒼憐は心の中で呟いた。


「でもさ、それって実際にいたわけではないんでしょ? 今こうして、その巨人たちがいるのは異世界がこっちの世界と融合したからであって」


 そう言ったのはセームリアだった。

 確かに彼女の言うことは正しい。二〇〇〇年代に至るまで、数多くの遺跡や痕跡が出土してはいたが、巨人そのものの存在を決定的に裏付ける証拠は、どこにも残っていないことになっているからだ。


「……コーカサスの巨人を知っているかね」


 そう言ってラ=エスタは話をつづけた。


 ロシアはコーカサス北部のチェルケス族は、かれらの土地に保存されている石造建築物について、ありとあらゆる物語を語っている。その一つによると、本当に小さな小人たちの船隊が黒海沿岸に上陸し、この沿岸にすんでいた巨人たちを征服し、巨大な石塊を積み上げてかれらの住居を作るよう巨人たちに強制したという。

 これは文化人類学の父と呼ばれるアードルフ・バスティアンが東アジア地域から日本、モンゴルを経てドイツへと帰国する途中、コーカサスで調査した時にきいたとされる伝説である。一八六五年のことであり、今から一五〇年ほど昔の話しとされる。


「ところがだ。それから百年後の一九七六年、この国の新聞……『朝日あさひ新聞』と言ったか、それに掲載されたタス通信の報道では、そのコーカサスの墳墓ふんぼから巨人の遺骨が発見されたという記事が載った。

 コーカサス北部のナルチクで発見された遺跡は約五〇〇〇年前のものとされ、内部に埋葬されていたのは男女一組。男の方は身長が二.二メートルの巨人であった。墓の中からは数多くの日常家具と黄金の装飾品なども見つかった。中でも異様だったのは、墓の基底部に大石を巨大な三日月形に並べてあったことだという」

「巨大な、とはどれぐらいの……?」


 蒼憐そうれんの問いにラ=エスタは静かに答えた。


「弓なりに並べられた両端が、二十七メートルだったそうだ」

「なんと……」

「――このナルチクは、いわゆるクルガン文化に属していたというが、それまでその一連の遺跡群から巨人の痕跡が発見されたという事実はないんだ。それに、五千年前という測定は、私に言わせればちょっと怪しいな。どうやって算定されたのかが公表されていないのがそう感じる要因だが、従来のクルガン文化の年代観ではいささか古すぎるんだよ。例えば、カリフォルニア大学の――」

「ラ=エスタ、すみませんが……もうちょっと簡潔に言ってくれると、ありがたいのですが」


 気がつけば一同の間に白けた空気が流れている。

 ロミは鼻提灯を出して眠り始めていたし、セームリアも目を回していた。


「ふん、この程度の説明でを上げるとは情けない」

「いえ、そういうことではないと思いますよ」


 そういう蒼憐も、ひたいから変な汗を流している。

 ちょっと専門的にめすぎたか? ラ=エスタは肩をすくめてみせた。


「ま、いずれにせよ――この世界に巨人がいた痕跡の一つはそれなんだが、今までの流れから推察するに、これが今度の『重層領域』ではないかと、という話だよ」

「巨人のいた異世界と、こっちの世界が部分的に融合していた痕跡ね」


 セームリアが一言でまとめに入る。さんざん蘊蓄うんちくを垂れた割に、だからどうしたというのが一行の考えだった。結局、分かったことと言えば巨人なる異種族が現実に存在していたということ。そして今、その世界すらも東京と融合している――ということだった。



     ◇



盤古ばんこの神話は知っているだろう?」

「ええ、中国の創世神話ですね。巨人盤古ばんこが大地のいしずえになったという……。世界各地にも同様の話型わけいが残っています」

「つまり、全ての大元は盤古にあるというわけだ」


 今この東京を支配する勢力の一人、盤古ばんこ――。

 その正体は実は誰も知らないといっていい。

 少なくとも今までの考察からすると、盤古ばんこ自身も巨人である可能性は極めて高い。他勢力であるオーディンやラー同様に、今は沈黙を守っているが、各地に出現する巨人兵士を従えているのが彼であろうことは、ほぼ間違いないように思われた。


「で、この巨人の登場というわけさ――」

「〈鍵〉と呼ばれる彼ですか」


 ラ=エスタが指し示す先には、先ほどと同様に、赤黒い肢体を持つ巨人がうずくまっている。急激な孵化ふかをしたため、まだ完全に覚醒はしていないようであり、膝を抱え静かに瞑目めいもくしている。


(巨人の孵化というのも不思議な話ですね……)


 蒼憐そうれんの疑問はもっともなものだった。

 だが、今はその問いに答えられるものはいない。むしろ、〈鍵〉とされるこの巨人をどうするのか、それこそが目の前の命題だ。


「で、これからどうするの?」

「慌てるな、ロミ。我々の最初の目標は、その盤古ばんこだ。我々はかれに会わねばならない。〈セントラルピラー〉の問題を放置することはできないからな。奴はここから少し離れた場所に『蚩尤閣しゆうかく』という居城を築いている。向かうのはそこだ」


 問題は――と、ラ=エスタはそこで言葉を区切る。


「彼をどうやってそこまで運ぶかだが……」

「そうですね……」


 二人の識者がともに考え込んでしまうと、残されたロミとセームリアはただおろおろするしかない。お前たちも少しは自分の頭で考えたらどうだ。



「そういうことならワシらに任せい」


 ふいに背後で声がした。

 ぎょっとして振り返ると、そこにはこの「方舟」の入居者と思しき老人が二人、にこにこと笑いながら立っていた。一人は白い顎髭あごひげを長く伸ばした仙人のような外見の男性。もう一人は時代錯誤な着物を着崩した、腰の曲がったいかにもな老爺ろうやだった。


「い、いつの間に!」


 驚きの声を上げるラ=エスタ。そんな彼女に笑いかけながら、白髭が口を開いた。


「話はぜ~んぶ後ろで聞かせてもらっとったよ。盤古ばんこのところへ行くのじゃろ? 手立てはあるから安心せい」

「ワシらは夜間徘徊のプロじゃからの。こうして深夜に施設内をうろつくのも毎夜の楽しみなのじゃよ。現に、こうしてお前さん方と出会えたしの」


 なんだこいつら……。

 ボケ老人の登場なのか? その場にいた全員が同じ思いだっただろう。

 しかし、彼らがただものではない事も同時に感じていた。

 敵なのか。それともただの酔狂か。現時点で判断はできないように思われた。

 そんな皆の想いをくみ取ったのかどうなのか、老人たちは柔和に笑いかけながら名乗った。白髭は「徐福じょふく」。腰の曲がった老爺は「竹取のおきな」。それが二人の名前らしかった。


「あと二人、わしらの同室仲間がおるんじゃが……今は地下の駐車場で準備中でな。ま、とりあえずいこか。そのでかいのも早くここから出してやらにゃあ……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます