24.襲撃、アルビオン

 山梨県は富士山麓の北西域に広がる青木ヶ原樹海。

 その上空を、一隻の巨大な艦が静かに航行してゆく。

 白亜の竜、皇王こうおうだ。

 艦橋から見下ろす地上には、アカマツやミズナラといった針葉樹からなる原始林が、およそ三十平方キロメートルにもわたって広がっている。これが富士の樹海である。

 時刻は夜――青白い月が煌々こうこうと原始林を照らし出していた。


「あれは何だ――?」


 佐竹がいぶかしげに眉間にしわを寄せた。

 艦橋のモニターに映る月――それに重なるようにして黒いちりのような点が四つ、飛行しているのが見える。飛翔体だとするとかなりの高高度である。

 その点は見る見るうちにその大きさを増してゆく。

 そう、皇王に接近してきているのだ。

 一瞬遅れて航空機特有のジェット推進音が轟く。

 音速を越える速度で飛翔する戦闘機――F-22ラプターであった。


「あれはいつぞやの黒いF-22か?」


 艦橋後方でくつろいでいた白髪の男――真山まやま矜持きょうじが驚いた声を上げた。

 テイルコードのない黒いラプター。それが四機で編隊を組み、皇王の上方へと接近してきている。明らかな航路の妨害であるとともに、皇王の特性を考えたならば、それは「考えられない」事態でもあった。


「いったい何だというのです」


 索敵の指示を出すのは艦長の弥蓮やれん蒼憐そうれんだ。

 緊急事態ではあるが落ち着いた物腰で指示を的確に下してゆく。


「照合完了。いつぞや飛行型虚獣を撃墜したあのラプターですね。他三機も同型機です。しかし妙ですよ……速度が急激に落ちていて……」


 オペレーターの報告は、ひどく曖昧なものだった。

 高高度を超音速で飛行するラプターが、速度を落としながら接近中というのはどうにも解せない。だが、そんな疑問に首をかしげている今まさに、黒いステルス戦闘機の編隊がこちらに向かってきていることだけは確かなのだった。


「おかしいじゃないか? この艦は心理迷彩でカモフラージュされているはずだろう。それがなぜ向こうの索敵に引っかかっているのか。いや、まさかね――」


 そう、真山の推察はもっともなものだった。

 〈裏界ブリガドゥーン〉の海を航行するこの艦は、外部から視認されることはない。

 現用兵器であるラプターが、仮にレーダーでも目視であっても追尾してくるというのはおかしなことだったのだ。


(あるいはラプターの姿を借りた何か、か)


 急速に接近した四機の猛禽ラプターは、皇王すれすれの位置でくるりと反転し、瞬く間に空中でその姿を変えてゆく。まるで子供向け映画のワンシーンだ、と司令官の佐竹さたけは思った。

 変形はそれぞれ一瞬だった。

 上部装甲が反転したかと思うと、機首が内側に折りたたまれ、代わりにアフターバーナー部分から手足が突き出される。折りたたまれた機首の付け根からは禍々しい面の収まった頭部が出現した。ラプターがその身をいびつな漆黒の人型へと変えていくプロセス――それはわずか数秒という、まさに瞬く間であった。


「やはり機導騎きどうきだったか――」

「ロミとセームリアの機導騎隊を叩き起こせ。第一種警戒体制。出撃だ」


 弥蓮の指示を受け、こちらも待ち構えていたかのようにタイプ・サキガケが二機、甲板の上に滑り出る。高度による風圧で吹き飛ばされそうになる。機体の足元を、アンカーで固定しているため、こちらの機動力はほぼゼロに等しい。こんな状況で戦えるというのか。


「待ってましたー、久々の活躍のチャンス到来! スーパーバキシマールあらため、グレートバキシマール、出撃!」


 ロミは相変わらずだった。



         ◇



 勝負はあっけなくついた。

 もちろんロミたちの大敗である。

 傍らには残骸と化したタイプ・サキガケが二機、その無様な姿をさらしている。

 この時ばかりは皇王に艦載兵器がないことがあだとなった。

 もとよりのこのふねは戦闘用ではない。異世界間を巡るための足でしかないのだ。

 もしくは――と佐竹=A=カリスギアは歯噛みする。こうなることを見越したうえでの供与だったのか……。


 あの異世界――カダルカナンといったか――連中の組織からこの皇王も機導騎も供与されたものだ。元来、Re:Markという非公開組織そのものも日本国政府の反対を、CEOである真山が押し切って独断で設置したようなものである。自分はそこに傭兵として招かれたに過ぎない……。

 佐竹はおのれの浅はかさを悔やむ。こんな事ならばもっと真山を問い詰め、事の真意を聞き出しておくべきだったのだ。

 甲板では、今まさに戦闘員である津那美つなみ、ラ=エスタ、そして禊儀みそぎ一真いっしんが黒いラプターの前に立ちふさがっている。

 民間人――それも年端もゆかぬ若者たちをこうして戦場に立たせなければならない現実は大人である佐竹にとって屈辱であった。もちろんそれ以上に躊躇ためらいと悔恨があったが、今は彼らに頼るしかないのも非情な現実であった。


 実のところ津那美たちは弱くない。むしろ野放しにできないほどの戦力だろう。彼女らが手にする想念武装の力はきわめて強大であり、低級の機導騎きどうきならばたやすく両断する力があるのを佐竹たちは知っている。そして少女たちが人並外れた身体能力の持ち主であることも――。


 雲が流れ、月が陰った。闇が世界を覆う。

 刹那、ラプターの銃口が火を噴いた。鋼鉄の弾丸が斉射される。

 その合間をかいくぐるようにして津那美が黒い悪魔の群れに肉薄する。

 とんだ動体視力だ。

 視力? いや、彼女は相変わらず瞑目している。ではどうやって周囲を感知しているのか――。真山は金属杖に両手を置き、その様子を見つめていた。

 一方、右手を失ったままのラ=エスタは、対戦車ライフル型武装である〈瞬牙しゅんが〉の引き金を引くことができない。銃身を構えられないからだ。なので、左手でつかんだまま、いつぞやのように全力スイングする。

 空を切り、鈍い音を立ててヒット。それだけでもラプターの駆体はぐらつき、その銃口が明後日の方向を向いた。そこに津那美の〈神顎しんがく〉が切り込む。


禊儀みそぎ、あまり前に出ないでください。右手の力を取り戻したからと言っても、あなたの身体は普通の人間とそう変わらないのですから――」

「そうかい、それじゃ君らは『普通の人間』じゃないとでもいいたそうだな?」


 心配する津那美をよそに、禊儀は右手を前方に突き出し意識を集中する。

 放たれるのは光輝の投擲槍。あの時、イマジナリア上空でヒミコがナチスの戦艦を撃退した時にはなったものと同じ光だ。これが右手の取り戻した力なのか……。


(破壊するためだけのエネルギーなのか?)


 今はそのようにしか思えない。

 だが、それだけでもこの状況においてはありがたかった。

 四機のラプターはあっという間に駆逐されてゆく。ラ=エスタの力技で陣形をかき乱し、そこに禊儀の放った光の砲が全体を蹴散らす。分散した各個を津那美の〈神顎しんがく〉が切り刻んでいった。

 だが、戦況は芳しくない。

 あちこちで皇王の設備が炎と白煙を上げているのが見える。

 戦闘の余波が艦に大きな打撃を与えていたのだ。はじけ飛んだラプターの破片は、艦体に無数に亀裂を生じさせ、それ自体が一つの兵器と化しているようだった。


(かれらは強い。だが、戦闘のプロフェッショナルではないのだ……)


 佐竹はそのことを痛いほど理解している。

 ラプターが爆散すると艦が傾いだ。退艦命令を出すべきか一瞬迷う――立て直しが難しいことを艦長の弥蓮が無言で訴えているのが見えた。結果、非戦闘員および、民間人の退艦命令が発令される。


    *   *   *


 白亜の竜が、富士山麓をこするようにして不時着してゆく。

 衝撃が艦全体を襲った。

 振り落とされぬよう、三人の若者が甲板上の設備にしがみつく。


「いったいやつらは何者なんだ?」


 禊儀の疑問はもっともなものだった。何の告知もなく襲撃してきた黒いラプター。以前は虚獣を撃墜し、航路確保に手を貸してくれたあの戦闘機でもある。それがなぜ、今こうして敵対しているのか……。


「少なくともってことだな」


 そういう言うのはラ=エスタだ。少し諦めにも似た表情を浮かべているように見える。彼女もまた異世界からの協力者だった。何かを感づいているように禊儀には思えた。


「答えろ。あの戦闘機は何だ? あんた、何か知っているんだろう?」

「そう尖るなよ、少年。そしてレディの胸ぐらをつかむな。……確かに私と艦長はカダルカナンという世界からの協力者だがね、あんな連中のことは知らないよ。別の世界の勢力じゃあないのか」


 魔女の答えはにべもないものだった。

 だが、それに明確な答えを出したものが一人いた。

 不時着した皇王こうおうの甲板――今は大きく傾いでいる――にふらりとあらわれたは、静かな、それでいてどこかあざけり笑うような口調でもって、三人に告げた。


「――こいつらもカダルカナンの勢力だよ。こっちも一枚岩じゃないんでね……。言ってみれば俺の眷属だ。機が熟したんで俺を迎えに来たわけさ――あっさりお前らにやられちまったけどな」

「誰だ?」

「分からないかい」


 雲が晴れる。月明かりがの姿を照らし出した。

 軽薄そうな表情。カモシカのようにしなやかな肢体を、ラフな服装に包んだ若者の姿――。


「……カダルカナンは他の有象無象世界とは違う。なぜなら、お前たちの、この世界の超未来そのものだからだ。俺たちは、お前たちがいずれ手にする力を今ここで誇示しているだけなのさ――さぁ、いきなりだが付き合ってもらうぜ一真いっしん。俺たちの旅もここで一区切りと行こうじゃないか」


 声の主――理堂りどう実生みしょうは、そう言って左手を天高く掲げた。

 こぉぉぉぉぉんと大気中に澄んだ音が鳴り響く。

 呼応するように上空に魔法陣が出現すると、そこから純白の機導騎が降臨する。

 全高は通常の機導騎をはるかに凌駕するもので、ざっと見ても二十メートルはあるだろう。甲板に降り立ち片膝をつくその様相は、まさに王に使える騎士そのものだ。大きな板状の頭部を持ち、各部を鋭角的な装甲で固めた荘厳ないでたちであり、全身のあちこちに金色のレリーフがあしらわれていた。


アルビオン世界――と、俺はこいつを呼んでいる。こっちの世界で召喚できるまで機を見計らっていたんだがね。今がその時だ。とんだデウス・エクス・マキナとさぞかし驚きだろうが……お前たちの旅は、ここで終止符ピリオド、最終回。次回からは新番組、実生君の大冒険でーす」


 ふざけた実生の声に呼応するかのように、白騎士の胸部装甲が口を開ける。

 騎士が差し出した手のひらの上に飛び乗った実生は、そのまま胸部の操縦席へと吸い込まれていった。

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