23.聖母の憂鬱

「聖母様、今宵のお食事の準備が整いました。今日は少し遠出いたしまして、四次元豚を狩ってまいりました。上質な脂を含んでおりますので揚げ物が一番なのですが、香草で蒸し煮というのもよろしいかもしれないと思いまして、両方ご用意いたしました。もちろん新鮮な野菜もたくさんございますよ……ルンペン草のサラダなど、今日のお勧めでございます。ドレッシングにも一工夫してみましたよ。おや、またお身体の具合でもすぐれないので?」


「――イマジナリアの争乱が終わったようね、トート」


「あの辺境世界でございますか。つい先日、支配者であったヒトラー総統のナチス第三帝国が壊滅したのを観測したばかりでございますね」


「均衡を乱す存在が一つ潰えて、ひとまずはよかったというべきかしら。でも、〈セントラルピラー〉崩壊の脅威が去ったわけではない。それどころかほかの世界もこの危機に対して動き出しているようなの」


「あの連中――Re:Markリマークが介入を始めましたからね。これから他の世界も同様に探ってゆくつもりなのでしょうか?」


「さあ、それはわからないけれど、いずれにせよ六つの世界はいまだ干渉しあったままなの。私たちも〈打つ手〉として種子を送り込んではいるけれど、その真意が彼らには届いていないようね……」


「種子のことを、かれらは〈虚獣〉と呼んで駆除対象としていますからね。おお嘆かわしい。聖母様の御心が彼らにはわからないのですよ……して、かれらの次の目的地はどこなのでしょうか?」


「そうね――順当にいけばザンブレードかレイアランだと思う。世界同士敵対しあったり協力し合ったりしているから何とも言えないけれど……。気になるのはカダルカナンの動向ね」


「カダルカナン――かれらに協力をしている世界のことですね。なんでもRe:Markのふねやテクノロジーはすべてそこから供与されたものであるとか……」


「ええ、よく知っているわね、トート。今のところ彼らは協力し合っているようには見える。おそらく現状が維持されればザンブレードもレイアランの争乱も切り抜けられるとは思うわ。ただ……」


「と、言いますと」


「そのカダルカナンの動向が見えないのよ。何かが私たちの娘の『眼』の妨害になっているとしか思えないの」


「お嬢様のことでございますか……」


「私たちはから視力を奪った。代わりに、世界同士をつなぐ〈パス〉を与えた……。今の私たちはあの子の『眼』から送られてくる情報でもって、世界同士の状況を感知しているわけだけれども、時折それが見えなくなるのよ」


「聖母様、どうかご自身をお責めにならないでください。これはお嬢様も納得されたうえでのことだったのですから」


「すまないわね。確かにそれはあの子自身が望んだことではあったわ。けれどもね……」


「旦那様のことですか」


「ええ……あの人は私を決して許さなかった。だから今もあの子の側についているわ。これからも私は許されることはないでしょう。私たち夫婦の考えは完全に決裂していたもの……。お互いがお互いの方法で、この世界を救う方法を模索する……今はそれしか……」


「……私には何も申し上げることはできません――が、せめて、聖母様にお喜びいただけるお食事をご用意するのが我が勤めでございます。お身体の具合も心配です。どうか一口でも、お召し上がりいただければと」


「ありがとう、トート。気を遣わせてしまってごめんなさいね。でも、本当に心配はいらないの――あっ?」


「どうなさいましたか、聖母様」


「ちょっとこの観測データを見て。たった今、カダルカナンからあの子たちの世界へ移動を開始した勢力があるわ」


「本当ですね。どういうことでしょう」


「わからないわ。でも、ただ事ではない――」

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