21.復活、機導騎士

 激しい地響きがイマジナリアの大地をどよもしている。

 震源は霊峰、不治山ふじさんだ。噴火の予兆かもしれないと真山は思った。

 皇王こうおうに収容された一行から聞かされた事の顛末は、あまりに衝撃的なものだった。

 オロチ復活のための樹海探索があらかじめ仕組まれていたこと。今まさにヤマタイ国上空で展開されている惨状の中心こそ、オロチの本体であること。そして何より――。


禊儀みそぎ君が喰われたとは、どういうことだね」


 報告する弥蓮やれんの顔は蒼白だった。いつもなら取り乱しているであろう実生みしょうたちもまた、黙りこくっている。よほど恐ろしい体験をしたのだろうか。


「あの時――ピラミッドの中で、彼は闇に呑まれました」


 そう答えたのは津那美つなみだった。回廊でつまづいた自分をかばい、禊儀は追い迫ってきた闇そのものにのみ込まれたのだという。それはまさに「喰われた」と表現するよりほかにない状況だった。


「あのピラミッドは生贄を捧げる祭壇だったんです。私たちはあの太子たいしと名乗る獣人に嵌められたのです……」


 彼女の言葉が終わらぬうち、衝撃が皇王の船体を襲った。

 かすめただけではあったが、ナチスの戦艦を取り込んだオロチからの砲撃だった。

 四十六センチ砲をも取り込んだ異形の怪物による砲撃は、直撃していたら、いかな皇王と言えどもただでは済まなかっただろう。


「全艦、回頭。戦闘空域から急速離脱!」


 弥蓮がすかさず指示を出す。船首楼下部に設けられた竜の目が明滅し、白き航空艦は大きく旋回を始めた。停泊状態から再び巡航形態へと変形しながら移動してゆく……それは極めて緩慢な動作であり、艦橋のモニターに流れてゆく景色を見ているのがもどかしいほどだ。


「待って。まだ禊儀が」


 津那美が悲痛な声を上げた。

 それを制止するように、真山はゆっくりと首を横に振る。

 もちろん、真山も禊儀が死んだなどとは思っていない。彼こそこの計画のかなめであるし、仮に彼がすでに亡き者であったとしたらば、もっと――そう考えたからだった。


 異形の戦艦と化したオロチから激しい火炎弾が放たれる。空を裂き、赤黒い弾丸がいくつもヤマタイ国の大地へと降り注いでいった。眼下に広がる樹海に炎が広がってゆくのが見える。

 ヒミコはどうしているだろうか。あのひなびた木造神殿の中にいては炎に呑まれてしまうだろう……。だが、それを心配する余裕は、今の一行にはなかった。


「皇王、巡航形態に変形完了。直ちに戦闘空域から離脱します――」


 オペレーターの報告を受け、白亜の艦の全機関が最大出力へと移行する。

 艦後部のスラスターが青白い光を放ち、一瞬ののち、加速する――その時だった。


「あ、あれを見ろ――!」


 そう言ったのはラ=エスタだった。左腕を伸ばし、艦橋前方モニターの端を指さしている。

 そこに映っていたのは漆黒の血液を流すオロチの姿だった。

 悶え苦しむようにして、あの巨大戦艦がうごめいている。船体に食い込んだ無数の円盤がぼろぼろと剥がれ落ちる。それはあまりにもグロテスクな光景だった。


 流しているのは血液なのか?

 いや、よく見ると違った。エーテルにも似た流体ではあるが、液体ではない。どちらかといえばエクトプラズムとでも言うべき可視物質だった。質量をもっているようで、どろどろと流れては巨大戦艦の下部へと滴ってゆく。だが、それは地面に到達することはなく、次々と空中で揮発していた。



「オロチが……苦しんでいる?」


 この様子を地上で見ていたヒミコは、無気味にうごめく戦艦の中腹部に、小さな亀裂が生じているのを見つけた。クレバスとでも言うべきか、その内部にはただただ漆黒の闇だけが広がっている。深淵しんえんが口を開けているようにも見えた。亀裂は徐々にその大きさを増しており、やがてその深部にぎらりと輝く眼球のようなものが覗いた。



         ◇



 不治山が噴火したのはほどなくしてからであった。

 一瞬の出来事だった。続いていた地響きが途絶えたかと思った次の瞬間、火口から大量の噴煙とマグマを吐きだした。その様子はどこか動物の出産の様子にも似て、さらさらとした真っ赤な溶岩はまるで経血のそれであった。


「地獄だ……」


 実生が眼下の惨劇を見ながら、乾いた声で呟いた。

 それはこの場にいる全員が同じ思いだった。

 空には怪獣と化した戦艦が黒い汚血を流しながらうごめき、巨峰は深紅のマグマを吐き出している。樹海は瞬く間に燃え上がり、この世のものとは思えぬ業火がヤマタイ国全土を飲み込もうとしていた。逃げ回る人々のおめきが聞こえてくるかのようでもある。


「見てくれ、ピラミッドが……」


 ラ=エスタが悲痛な面持ちで指さした。巨大な角錐は今まさに崩壊し、マグマの海に沈もうとしている。オロチから放たれる弾丸によって、その外壁はすでに原形をとどめてもいない。やがて、轟音とともに自壊し、そのすべては深紅の海へと没した。


     *     *     *


 異変が起こったのはその直後だった。

 悶え苦しむオロチの腹が真っ二つに裂けたかと思うと、そこからやはりどろりとした黒い光があふれ出た。ある種の流体状のそれは、やがて一対の巨大な腕をなし、戦艦であったオロチの腹部を力任せに引き裂いてゆく――。


「あれは……機導騎きどうき?」

「どうやら、そのようだが――いったいなぜあんな場所から……」


 津那美つなみの言葉通り、漆黒の腕は機導騎のものだった。

 まるで西洋竜のそれを思わせる、わきわきと節くれだった体表は怪獣的だが、ところどころに人工筋肉や金属シャフトが見え隠れしている。よく見ると、漆黒の機導騎は裏界喫水面りかいきっすいめんを突き破ってオロチの体内にその上半身を突っ込んでいた。船体に生じた亀裂からのぞく眼球状のものは、まさしくそのものだったのである。


 やがてオロチ――フリードリヒ・ディア・グローセと呼ばれた巨大艦は真っ二つに裂かれ、虚空にその部品とオイルとをまき散らした。だが、その大半は血しぶきとも何ともつかぬ深紅の飛沫だ。それがイマジナリアの大気に充満した。


「あれは、タイプ=ニルヴァーナ……」


 深紅の霧の中から現れたのは、竜にも似た頭部をもつ漆黒の機導騎だった。

 その外観は極めて生物的である。

 まず腕が異常に長い。そして両腕からじかに飛翔用と思しき翼が生えており、代わりに背中には、シリンダー状の突起が幾本も突き出ていた。

 脚部は太く、シルエットだけ見ると袴を履いた武士のようにも見える。だが、全身を覆いつくす装甲は甲殻類のそれを思わせるものであり、きわめて有機的だった。両目はらんらんと輝きを放っており、強い怒りの意思が見て取れた。


「タイプ=ニルヴァーナ? ということはまさか――」


 真山が期待のこもった眼で津那美に訊き返した。少女は無言で頷く。

 そう、あれは禊儀みそぎが召喚したのだ。彼は、生きているのだ。

 まさか二度目の戦闘でいきなり上級機を召喚するとは……。鼓動が高鳴るのを感じる。津那美は瞑目した状態のまま、眼前に浮遊する漆黒の竜騎士を見据えた。



 ニルヴァーナの戦闘力は絶大だった。

 一行がそれまでに見たことのない機動力、破壊力を見せつける。

 オロチと称された戦艦はすでにその形状を失っており、復活当初の姿である光の線虫へと戻っていた。いくつもの筋に別れたその様は、確かに「幾本もの首を持つ伝説の存在」に他ならないように見えた――が、今の禊儀の力の前には赤子同然だった。


(邪魔ヲスルナ、大千世界ノ異分子アノマリーヨ)

(コノ世界ハ、我ラガラウベキモノ)

(柱ノチカラハ、支配者タル我ラニコソ得ルニ相応シイ――)


 いくつもの声が重なってこだまする。それがオロチ、いやヒドラの断末魔となった。

 漆黒の機導騎は予備動作もなく空中を直進すると、徒手空拳で光の線虫を捕らえ、そのまま力任せに引きちぎった。実体はないかに見えたヒドラのそれは脆くも崩れ去ってゆく。

 だが、それは決してヒドラが弱いのではない――ニルヴァーナの膂力りょりょくが圧倒的である事の証だった。


 漆黒の巨人はそのまま不治山の火口上部へと飛翔すると、ヒドラの残滓ざんしをそこへ投げ入れた。何者の生存も許さぬマグマに呑まれ、イマジナリアの大地に復活した最終兵器は、その息の根を完全に止める。それと同時に、示し合わせたかのように火山の噴火もまた沈静化していった……。



        ◇



 漆黒の巨人が膝をついている。

 場所は皇王後部甲板だ。そこに降り立ったニルヴァーナは、ゆっくりとその形象をにじませ、〈裏界ブリガドゥーン〉の海へと還ってゆく。黒い霞が消えたあと、そこには一人の少年――禊儀一真が倒れ伏していた。



「いやはや、見事なものだったね」

「驚きました。報告によれば彼が機導騎を召喚したのは、先の比丘尼橋びくにばしでの戦闘の一件以来というではないですか」

「ああ、ちょくせつ彼が戦闘に関わる機会が少なかったというのもあるが……まさか、いきなり上級機とはねぇ」


 真山と佐竹の会話である。

 あれから一夜が経過していた。奇跡的に難を逃れた女王ヒミコを皇王艦橋に招き、今はミーティングという名の大反省会の真っ最中だった。


「禊儀君はまだ?」

「はい。眠っています。りゅう先生曰く、あれほどの力を一度に解放したのですから、相当に消耗したのではないか、と……」

「しかし、よく生きて帰ってきてくれたよねぇ。都合のいいやつ、ってパターンなのかな」

「それがそうでもないようです――」


 そう言って津那美は真山達の前に、あるものを差し出した。茶色の、変哲もない木の実だ。


「これは……?」


 津那美が差し出したのは、草薙くさなぎの実だった。ピラミッドへ向かう道中、禊儀が樹海で拾ったものだ。なんでも、医務室に運び込まれたときに握りしめていたものらしい。やはりか――とヒミコが感心したように言った。


「どういうことかね」


 佐竹の疑問にヒミコはこう答えた。


「これは草薙の実。我がヤマタイ国で除草剤として使われている木の実だ。だが、この『草薙ぎ』という言葉は、蛇をぐという意味も込められているのだ。古い伝承に過ぎないと思っていたが、まさか……」


 なるほど、と佐竹も真山も頷いた。

 かの古事記に曰く、かのタケハヤスサノオのみことが蛇神ヤマタノオロチを討伐した際に、その尻尾から得た剣の名も「草薙」であった。どういう理屈かは分からないが、神話に謳われた昔話の真相とはこういう形で現代につながっていたのである。


「あの時、ピラミッドの闇の中でオロチにのみ込まれた禊儀は、これを持っていた。それが反作用体として効能を発揮し、オロチに喰われるのを防いだというわけなのですね」


 ホッとしたような顔で津那美はほほ笑んだ。

 偶然か必然かはさておいても、禊儀の機転と覚醒でイマジナリアは救われた。

 不治山ふじさんの噴火も今はおさまり、あふれ出した溶岩もすでに大半が固まっているという。樹海の大部分は火災で失われたが、そのぶん居住圏が拡大した。

 加えて、臣下しんかからの報告によると、土壌の成分も大きく変わったそうだ。

 火山灰による酸性の土が、アルカリ性のそれへと変わりつつあるのだという。これなら農耕による国の復興も早まるかもしれない。ひょっとすると飛び散ったオロチの破片の作用なのか……とヒミコは考えている。これから繁茂してくるであろう草木は、きっとこの世界に春の訪れをもたらすに違いない。


「あっ、ひょっとして!」

「どうした実生みしょう

「ヤマタイ国の伝承にあった『七つ首の守護神』ってさ、これから生えてくる春の七草ななくさのことなんじゃね?」

「何を言うかと思えば……」


 馬鹿馬鹿しい、とでも言いたげなラ=エスタをしり目に、ヒミコは「なるほど」という表情かおをしている。理由はどうあれ、事実として土壌の成分は変化しつつあるのだ。これからきっと多くの農作物や稲作が始まることだろう。伝承とは案外そういう物なのかもしれない――そんな風に彼女は思った。

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