20.臨界のオロチ

「なに、弥蓮やれん君たちと連絡がつかなくなった?」


 ヤマタイ国上空に停泊中の皇王こうおう艦橋にて、真山まやまは驚きの声を上げた。

 樹海に入った一行の進路は、見失わないように皇王側でも逐一トレースしている。それが突如として消息を絶ったというのである。まるで電波を妨害する障壁に阻まれたかのような、そんな状況であった。


「敵に襲われたか、あるいは――」


 ビンゴだったのか……。

 真山の予感は図らずも当たっていた。



         ◇



生贄いけにえの祭壇……とはよく言ったものですね」


 声の主は太子たいしだった。その顔は苦渋に満ちている。

 国を救うためとはいえ、異世界からの来訪者を見事に騙し、こうして生贄にささげようとしているのだから、彼の良心は激しく痛んでいた。


「ここまで彼らを騙して連れてきたあなたも大したワルよ?」

「そう言わないでください。これも全てヒミコ様、いや、ヤマタイ国を存続させるために仕方なくやっていることなのですから」

「ふぅん、『仕方なく』ねぇ」


 隣に立つ赤毛の女――スフィンクスが侮蔑の視線を投げかける。

 そう――この大ピラミッドこそ、最終兵器オロチの封印を解くための装置にして、踏み入ったものの命をオロチ復活のための糧にする、「生贄の祭壇」そのものだったのである。太子は、これまでこうして幾人もの国民たちをピラミッドへと誘い込んでは、オロチの復活を企んできたのだ。


 捧げてきた生贄の数は数え切れない。

 実は、復活させようと思えば、いつでも儀式を行うことはできた。だが、それにはあまりにもが足りない。オロチはその腹を肥やした憎しみが深ければ深いほど、その力を増すと伝承にはあった。より強大な力を手にするためには、より強力な憎しみを捧げる必要があった。

 自ら生贄を望んだ人身御供ひとみごくうではだめなのだ。無理やりにでも連れ込み、理不尽に身を焦がし、不条理な現実に怒りをつのらせたままにささげられた者の心身を貪ってこそ、真なるオロチは顕現する――。


(数年前にも一人の男が望んでここへ踏み入った記録が残っている。名前は日村……)


 思えば、イマジナリアに「ナチス」という新興国家が誕生したのはその時からだったように思う。関連性はいまとなってはわからない。そも、その男――日村がなにを求めてオロチの祭壇たるピラミッドへやってきたのか――。

 だが、結果としてその時を境にナチスの侵攻は急速に広がっていった。

 今やイマジナリアの大半の国々はナチスの手中にある。ヤマタイ国が陥落するのも間もなくであろう。すでに女王は精神を病み始めている。この状況は一刻も早く打開せねばならないと、太子もスフィンクスも思っている。

 もとより群雄割拠状態であったイマジナリアを統一するための力だったオロチ――今まさに、使うべき時なのだ。


 そんな折、異世界からの訪問者であるRe:Markリマーク一行が訪れたのだ。これは太子たちにとってまたとないチャンスのように思われた。捧げものとしてこれ以上の逸材があるだろうか。

 ヒミコには内密で太子とスフィンクスは計画を練った。こうまで巧く事が運ぶとは思ってもいなかったが……。それゆえに、彼の心には罪悪感がひしめいているのだった。


 はたして、今まさにかれらの命は大ピラミッド――密林の祭壇へと捧げられた。間もなく封印が解除される――そうなるはずだという確信めいたものが太子にはある。その証拠に先ほどから微弱な地震が続いていた。震源地は霊峰・不治山ふじさんだろうか?


(これでこの国も安泰だろう――)


 そう思った次の瞬間、それは出現した。



         ◇



 閉じ込められた――気づいたときにはすでに遅かった。

 ようやくたどり着いた大ピラミッド内部。その暗がりの中にはかれらをここまで案内してきた獅子の姿はない。まるで示し合わせたかのように閉じられた入り口の扉は、いくら押しても引いても動く気配を見せず、このまま他の出口を探すよりほかにないように思われた。他に出口があるのならば――の話だが。


「くそう、なんだって閉じ込めやがったんだ?」

「お前はいつも思ったことをすぐ口に出すのだな、実生みしょうよ」

「違うね。お前らがダンマリすぎるんだよ」

「何だと」


「二人とも、待って」


 言い争いを始めた実生とラ=エスタを止めたのは、意外にも津那美つなみだった。

 闇の中で彼女の静かな息遣いが伝播でんぱしてゆく。


「落ち着いてください。私の想念武装〈神顎しんがく〉でなら、この程度の扉――切り開くのはわけありません」


 だが、頼もしくも思えた彼女の言葉も、その直後にあっけなく打ち砕かれることになる。

 展開した巨鎌〈神顎〉の光刃を、ピラミッドの壁面は受け付けなかった。もっと言うならばはじき返したのだ。


「これは……」


 少女は驚愕の表情を隠せずにいた。

 どうやら想念武装を打ち消す効果の結界が、このピラミッドには張られているらしい。

 どこからどこまでも用意周到な……。禊儀みそぎたちが苛立ち始めた時だった。


「うん……?」


 どこからかズルズルという何かを引きずる音がした。

 加えて水気の多いびちゃびちゃとした汚らしい音が続く。なにか、重く、汁気を含んだ物体が近づいてきているように、一行の耳には聞こえた。すかさず弥蓮やれんが手にしたライトで、回廊の奥を照らし出すが、何も見えない。気が付けば、足元にあれほどいた甲虫スカラベもすっかり消え失せてしまっているではないか。


 大回廊の奥から冷たい空気が流れてくる。

 闇が、迫ってくるように思えた。



         ◇



 ヒトラー率いるナチス第三帝国艦隊は、いままさにヤマタイ国上空へと到達しようとしていた。

 艦首に巨大な衝角ドリルを光らせ空中に鎮座する戦艦、フリードリヒ・ディア・グローセを中心として、円盤型戦艦が円陣を組んでいる。銀の円盤アリアンロッドとはよくぞ言ったものだ……と、皇王の艦橋でそれを見ていた佐竹さたけは苦虫を噛み潰した。


 実のところ皇王は戦闘艦ではない。あくまでも世界間の移動手段であって、固定武装はないのだ。搭載されているのは機導騎きどうきが数機のみ……。おまけに操縦者は二人の少女という、まるでとってつけたような状況である。戦闘班はそれなりに人員を確保しているが、兵器同士での戦いとなれば、不利はこちらにあった。


「あれは何だ?」


 戦闘が始まるかと思われたその時、眼下に広がる樹海の中から巨大な四角錐が姿を現した。その高さは一〇〇メートル以上にも及ぶ、巨大な石造りの祭壇――大ピラミッドだ。情報によれば、禊儀少年たちはいまそこに到達しているはずである。

 しかし――。

 なぜあそこまで巨大なものが今まで視認できなかったのか?

 何かの視覚遮蔽壁のようなものが張り巡らされていたとでも言うのか……。真山は携えた金属杖のひやりとした感触を確かめる。その身体には自然と力が入っていた。


 その時だった。

 一条の光芒がピラミッド最上部より発せられた。細く伸びる、一本の光。

 それは線虫のように醜くのたうったのち、虚空で大きく螺旋を描きながらヒトラー艦隊の中央部を直撃した。白い光が巨艦を貫通するのが見える。


「あれがオロチ!」


 ピラミッドの基部では、太子とスフィンクスが歓喜の声を上げていた。

 オロチは復活したのか。今まさに、目の前でナチス第三帝国の艦隊に向かってゆき、そして直撃した。二人は勝利を確信する。だが――。



(ヤット来タカ、我ガアラタナ肉体ヨ――)


 フリードリヒ・ディア・グローセの艦橋は、地獄絵図と化していた。

 艦内は総統の好物であるトマトジュースをぶちまけたような状態だった。

 乗員はただ一人を除き、すでに全員息絶えている。生き残ったのはもちろん、ヒトラーだ。

 彼は高らかに笑いながら両手を広げ、艦橋へ侵入してきた光の線虫を全身で受け止めていた。どこからか低い唸り声がいくつも響いてくる。


(素晴ラシイチカラダ。この艦ヲモッテスレバ、コノ世界ヲ喰ライ尽クスコトナド造作モナイ)

(我ガ、かりそめノ肉体、『日村ひむら』ヨ、イママデヨクモチコタエタ――)


 ヒトラー、いや、日村と呼ばれた男は、声に向かって平伏する。

 そう、彼こそかつて大ピラミッド内部へ自ら進んで踏み入っていった男――日村ひむら本人であったのだ。

 あの時――ピラミッド最深部で彼が見たのは封印から解き放たれつつあるオロチの精神体とでも言うべきものだった。ずるずるという水気の多い音を立て彼ににじりよってきたオロチは、日村の肉体を一瞬で乗っ取った。そして、その強大な力でもってナチスという新興国家をおこす……。何を聞き間違えたのか、民が彼のことを「ヒトラー」と呼ぶに至るのにさしたる時間はかからなかった。巨艦フリードリヒ・ディア・グローセを建造したのも、すべてはこの時のためだった。


(我ガ名ハ〈ヒドラ〉――。イマジナリアノ真ノ支配者ナリ――)


 今まさに、巨艦はオロチの依り代であった。



         ◇



「何があったんだ……」


 地上では太子が大地に膝を墜とし、絶望のまなざしを天に向けていた。

 その先に広がるのは、惨状。

 旗艦と思しき巨大な戦艦を直撃した光は、さらにそこから周囲へと白い触手を伸ばし、アリアンロッド級戦艦を次々と取り込んでった。今や巨艦はその身に無数の円盤を埋め込んだ異形の塊となり果てている。艦首の回転衝角ドリルだけがぎらぎらと輝きを放ち、その様相はまさしくドリルという名の口吻を持つ、銀のうろこに身を包んだ怪物そのものだった。


「太子よ、まさかあれがオロチだっていうんじゃないだろうね。伝承と違う。どう見たっておかしいだろ。あれは私たちの味方のはずじゃなかったのかい。そんな馬鹿な事、あってたまるか……」


 呆けたようにつぶやきながら、スフィンクスも同様に膝をついていた。

 自分たちの行ってきたことは間違いだったのか。生贄でもって復活したオロチとは、ナチスのための兵器に成り下がってしまったのか……。

 だが、二人がその真相を知ることはなかった。上空から落下してきた円盤の直撃によって、二人はあっけなくその生涯を終えたのである。



 戦艦落下による衝撃は、周囲の樹海にも被害を生じさせていた。

 残骸は派手に飛び散り、うち一つがピラミッドの出入り口を塞いでいた壁面を破壊する。ぽっかりと口を開けたそこから転がり出てくるのは弥蓮たちだ。皆、顔面蒼白である。

 

「弥蓮君! こちら佐竹だ。何があった?」


 通信が回復したのを察知した皇王艦橋の佐竹から、即座に連絡が入った。

 通信機を持つ手が震える。何から話すべきか、一瞬戸惑う。

 弥蓮は絶望的な面持ちで一言だけ返答した。


「禊儀君が、喰われました……」

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