19.罠

 翌朝、太子たいしを案内役として、一行は樹海へと足を踏み入れた。

 メンバーは総勢六名――足の悪い真山まやまと司令官の佐竹さたけは艦に残り、弥蓮やれんを隊長として禊儀みそぎ実生みしょうが続く。護衛役として津那美つなみとラ=エスタが脇を固めている。女子に守ってもらうのってなんか悲しくないかね? とぼやくのは実生だ。


 それにしても――と禊儀は思う。普段から口数の少ない津那美は、こうして足場の悪い樹海を歩く今も、瞑目したままである。以前から聞いてはみたかったのだが、どうやって周囲を感知しているのだろう。それとも、瞑目しているだけに見えて、じつはものすごい糸目なのか……。

 いやいや、そんなはずはあるまい。ちょっと嫌な想像をして、禊儀は首を横に振った。その様子を見ていたラ=エスタがおかしげに鼻で笑う。こいつはいつも居丈高いたけだかだな……。禊儀は、今度は首をすくめた。



「で、ピラミッドなんていくつあんのよ」


 早くも疲れたぜとでも言いたげな顔をした実生が、誰にともなくいった。

 上空から確認できたかぎりでは、その数三十基。だが、樹海に埋もれているものがあることを考えると、その数は計り知れない。かれらは当てもなく彷徨さまようほかないのだろうか。


 気が付けば周囲は木々ばかりだ。毒々しい色の花弁をつけたものや、古木と思しき奇妙にねじくれ曲がった幹を持つ巨樹が立ち並ぶ。足元は苔むしており、滑りやすい。火山灰の降り積もったローム層ゆえか、無駄な雑草の類は生えていないようだった。


「この酸性の土壌ゆえに、我らがヤマタイ国は稲作ができないのです」


 先を行く太子がそう言った。学校の授業で聞いたことがあります――と禊儀が返す。稲作にはアルカリ性の土壌が最も適している。元の世界である日本――関東地方もまた堆積したローム層によって形成されており、稲作よりも農作が主なのが一般常識とされている。


「食料自給率は下がる一方ですが、代わりにこんな草が生えている有様ですよ」


 そう言って先を行く獅子が指し示したのは、水色の花弁をつけた可愛らしい草だった。

 狂犬草という物騒な名前のその植物は、食べると神経系に著しい障害を引き起こす毒草である。間違っても絶対にそこいらの植物を口にしない事、と太子は皆に固く注意した。



「これ、面白い木の実ですね」

「それは草薙くさなぎの実と言います――それも毒ですね。人間にはなんてことはありませんが、砕いてその粉を蒔いておくと、そこには雑草が生えません。文字通り、『くさぐ』んです。ヤマタイ国では除草剤として活用していますよ」

「なるほど……」


 興味深げに頷くと、禊儀は無意識のうちにジャケットの内ポケットへと、草薙の実を放り込んでいた。津那美つなみが「植物が好きなのですか」と話しかける。侍女服姿の少女は汗一つかいていない。そして相変わらず瞑目したままだ。


「いや、そういうわけじゃないけど、珍しいものがあるとつい拾ってしまう」

「そうなんですか? 意外な一面を知りました」


 口数の少ない者同士、仲の良い禊儀と津那美である。そんな二人の関係が実生には少し小憎らしく思えた。


「なぁなぁ、俺たちもなんか拾っていくか」


 話しかけた相手は魔女ことラ=エスタだ。失った片腕を相変わらずギプスで固め、もう片方の腕で〈瞬牙しゅんが〉を抱えている。重くないのだろうか。だが、そんな実生の思いとは裏腹に、


「私は草の実なんてどうでもいいがね。煎じて茶が飲めるなら話は別だが、あの太子が言っていた通り、それは毒だろう。捨てとけ捨てとけ」


 そう言ってからからと笑った。

 相変わらず取りつくしまも、にべもない女だ……。実生はガックリと肩を落とすと、皆の後をとぼとぼと追うのだった。



         ◇



 上空をナチスの戦艦が通過していったのは、その直後だった。

 腹の底に響くような低音を轟かせ、ゆっくりと通過してゆくのは銀色の円盤。

 アリアンロッド級戦艦ですね、とは太子の弁だ。やはりかれらも守護神――オロチを制御する遺跡を探しているのだろうか。朝から数隻、ナチスの円盤が通過するのを目撃し、そのたびに一行は大樹の陰に身を潜めた。


「魔女のそれで撃ち落としたりできないの?」

「さすがに私の〈瞬牙〉でも、あれほどの大質量への攻撃は無意味だ」

「使えねぇなぁ」


 実生とラ=エスタの足並みのそろわぬ会話である。


「ハッ、気やすくいってくれる。それと――」


 ラ=エスタは急に真顔になると、対戦戦車ライフルのつかでもって、実生みしょうの後頭部を思い切りぶん殴った。容赦のない一撃である。苦鳴をあげると、哀れな少年はその場にぶっ倒れた。堆積した落ち葉が人型にへこむ。


「私を魔女と呼ぶな」

「……せめて殴る前に言ってくれよ。おお、痛てぇ」


 実生のやつ、なんだかんだで尻に敷かれ始めているな――そんなことを思いながら、禊儀みそぎははるか前方に視線を戻す。樹海の景色とは全くどこも同じなのだろうか。気が付けば先ほども通った場所な気がする。もちろん気がするだけなのだが、これでは方向感覚を失ったとしてもおかしくはないなと、内心ぞっとしていた。



「あのさ。前から思っていたんだけど、俺の右腕……もとい、五体って、どういう風になってるんだ? 前にラ=エスタが、俺の身体のことを大部分が『作り物』だって言ってたけど、どう見てもそういう風には感じないし……」


 禊儀の疑問はもっともなものだった。今までなんとなくそういうものかと思い込んでいた当人も、それは全く分かっていない事だった。隣を歩く津那美に聞くのがこの場合正しいのかもわからなかったが、こんな話題でも口にしていないと、樹海の魔力で気がどうにかなりそうだった。


 津那美は、期待に添えるかは分からないけれど、と前置きすると静かに話し始めた。


「……各世界の〈柱〉が、その力を行使するために必要な〈異能〉の源……といえば、わかってもらえるかしら」


 いや、さっぱり分からない――少女の言葉はまだ漠然としていた。

 いわば車のエンジンのようなものでしょうねと、津那美は少年に説明する。

 なるほど、そう言われてみれば合点がいくように思える。もともと禊儀の肉体には〈異能〉を具現化できる内部機関とでもいうべきものが備わっていたのだろう――語弊こそあるが、その機関という名の概念そのものを、他世界の代表に奪われた……。それが、彼が「身削みそぎの一族」と言われているゆえんなのだ。


「じゃあ、具体的に臓器を売り飛ばされたとか、そういう話じゃなかったのか」

「いったい何を想像していたんです、あなたは。まぁ、でもCEOの話が説明不足だったとは私も思います。もっと詳細に説明することもできたはずなのに……」


 最後の方は独り言のようだった。彼女自身、多くを語らないためついそのままにしてしまっていたが、それでもここで尋ねてみたのは正解だったのだろうか。

 あらためて考えてみると、実に不思議な少女だと禊儀は思う。

 なぜこんな年端もゆかぬ、同年代の娘がこのような非公開組織の戦闘員なのか……。あの、言ってみれば胡散臭いCEO――真山まやまの側近として控えているのかも、謎ではある。もっとも、一番よく分からないのは、いついかなる時でも彼女が着用している白黒の侍女服のスペックなのだが。

 それに――いつか、その目のことも、それとなく訊かねばなるまいなと禊儀は思った。そう思わせるだけの魅力を、いつしか津那美に感じていた。

 以前、艦長の弥蓮やれんを紹介されたときにも感じたが、俺はひょっとしてれっぽいのだろうか。そんなことを少年は考え、思わず鼻の頭を掻いた。


 やがて、日が傾き始める。

 今日の探索はここでいったん止めましょうと太子が言う。夜の樹海は、やはりイマジナリアでも危険な場所のだ。一行は焚火たきびを起こし、野営の準備を始めた。



         ◇



 やかましい作業音がその工廠内に響き渡っていた。

 場所は第三帝国本拠地の城塞内部に設けられた施設である。

 今まさに、ナチスの最新鋭戦闘艦――フリードリヒ・ディア・グローセが完成の時を迎えようとしていた。


 艦の形状は、それまで量産されてきたものとは全く異なり、いわゆる船型である。

 厚い装甲に加え、艦首に長大な回転衝角ドリルを装備したその様は、古き日本の特撮映画に登場する秘密兵器のそれを思わせる。船体下腹部には回転ノコギリと思しき分厚い金属の歯がいくつも突き出し、この艦が「ある目的のため」だけに建造されたことを明白に物語っていた。


「総統閣下、間もなく完成でございます」

「うむ――」


 若き青年将校を数名も侍らせた小男――ヒトラーは重々しく頷くと、手にしたグラスの中の液体をあおった。もちろん彼の好物、トマトジュースである。

 今回は近隣に存在するイキマ国産の赤茄子トマトを使ってみたが、あまり旨くはなかった。料理長の首をねよと、ヒトラーは将校に命じた。総統の舌を満足させられぬ者に生きる資格も権利もないのだ。それがナチズムである。


「先日行った四十六センチ砲の試射も問題はなく――残る障害は、あのRe:Markリマークの持ち込んだ白い船ですね。ヤマタイ国側が抱き込んだようですが……」

「問題ない。この艦が完成すればその障害もたやすく排除できよう……」

「頼もしいお言葉です、総統閣下」


 将校たちは口々にヒトラーをほめたたえ、ハイル・ヒトラーと敬礼をする。

 まるでコメディのワンシーンにしか見えなかったが、これがかれらの世界だ。これもまたナチズムの体現なのである。


(それに余には、あの力がまだある――)


 ヒトラーは顔には出さないように、心の中でひとりごちると、残ったグラスのジュースをその場に捨てる。飛び散ったトマトの果汁は、まるでこれから流されるであろう鮮血のように見えた。



         ◇



「まずは、ここですね――」


 翌朝、探索を再開した一行がようやくたどり着いた先に、それはあった。

 目に飛び込んできたのは砂色の壁面を持つ墳墓――全高一四〇メートル余。底辺二三〇メートル余。五十一度を超える勾配を持つ、巨大な四角錐。大ピラミッドである。

 こんな巨大なものがなぜ樹海の上空から目視できなかったのか? この時、それを疑問に思ったものは、浅はかにもいなかった。ただ、ひとつの目的地にたどり着いた充足感を全員がかみしめていた。それほどまでに、樹海の行程は辛いものだったのだ。


「お待ちしておりました」


 一行に声がかかった。見れば、ピラミッドの内部へと続く通路の入り口に、一人の人物がたたずんでいる。女だ。太子たいしと同じくかなり背が高いが、こちらは人間の顔形をしていた。足元まである長大な赤毛を垂らした姿は、これまた半人半獣のそれを思い起こさせる。


「彼女はスフィンクス――この大ピラミッドの番人です」


 太子はそう言うと、しずしずと入口へと歩み寄ってゆく。ざわ……と周囲に繁茂する木々の枝葉が揺れた。まるで何かを囁きかけているかのようでもある。



「さぁ、ここです――オロチの制御装置があるか、内部を確認しましょう」


 スフィンクスと太子に促されるまま、一行は巨大な建造物のなかへと踏み入ってゆく。

 内部はかび臭さが充満している。

 おまけに当然ながら真っ暗だ。手持ちの照明を――と弥蓮が携帯型のライトを取り出し、スイッチを入れた。光に照らされ、カサコソと逃げてゆく影は甲虫スカラベの群れだろうか。


「ひゃっ、私は虫が苦手なのだ……実生、お前先に行け」


 ラ=エスタがそう言って実生を押し出した。途端に、少年はにやりと笑みを浮かべる。魔女の弱点見知ったりとでも言いたげな、よこしまな笑みだ。


「何を笑っている。さっさと歩けよ……」


 その言葉に迫力はない。どうやら本当に怯えているようだった。

 昨日しこたまぶん殴られた借りをここで返したろか。実生がそんな嗜虐しぎゃくに満ちた表情をしたときだった。ゴゴゴと重々しい音が響くと、一瞬にして周囲が闇に閉ざされた。


「なに?」


 入り口を振り返ってみて驚いた。通路は完全に石で塞がれていた。

 何かのトラップが作動したのかと思ったが、どうやらそう言うわけではなさそうだった。

 弥蓮が持っていた携帯ライトの明かりを頼りに、案内役である太子とスフィンクスの姿を探すも――見当たらない。これはまさか――。



     *     *     *



 同時刻――ナチス第三帝国からは、完成したばかりの超巨大戦闘艦、フリードリヒ・ディア・グローセが、ヤマタイ国に向けて出航した。航空機関フライホイールを十二基搭載した難攻不落の空中要塞でもある。周囲を警邏けいらするのは銀色の円盤――アリアンロッド級戦艦だ。今回はヒトラー自らが指揮を執っている。開戦予定時刻まで、あと数時間。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます