18.オロチの封印

「お待ちしていました。Re:Markリマークの皆様方――」


 おごそかなバリトンが響く。

 巨大な四角錐型をした木造四階建ての神殿。その薄暗い内部からしずしずと現れたのは、長身の獣だった。

 獣? そう、彼らの目に移ったのは黄金きん色のたてがみをもつ、獅子の姿だった。ネコ科特有の白いヒゲが八本、ぴんと張っている。

 だが彼は二足で大地に立ち、その指は人間同様に五本ある。この世界ではこのような姿の人種も存在しているということなのか。


「お初にお目にかかります、Re:Markの皆様。私は太子たいし――ヒミコ様の側近としてお世話をさせていただいている者にございます」


 そう言って獅子はうやうやしく頭を下げた。一行もつられてお辞儀をする。

 夕暮れ時なので、神殿の周囲にはかがり火がともされていた。等間隔に炎が置かれ、熱気が伝わってくる。照明というよりは儀式的な意味合いが強いものなのかもしれない。



「ヒミコ様がお待ちです。さぁ、どうぞこちらへ――」


 獅子顔の大男――太子に促され、一行は神殿内へと進んだ。

 屋内は薄暗く、採光用の窓から差し込むかすかな光と、これまた各所に設けられているかがり火が照明のすべてのようだった。鏡があちこちに設置され、わずかな光を反射するように細工されている。

 加えて、草の爽やかな香りが鼻腔をくすぐった。どうやら床には畳が敷かれているようだ。にもかかわらず、太子は土足で構わないと一行を奥へと案内した。



      *     *     *



「私がこのヤマタイ国女王、ヒミコだ」


 ややあって一行の前に現れたのは、浅黒い肌を持つ妙齢の女性だった。

 純白の衣の上に薄紅色の単衣ひとえを羽織ったさまは、まさに倭国の女王を想起させるいでたちだが、その顔立ちはむしろ中近東の王侯貴族のそれに近い。やはりここは様々な概念が混在した異世界なのだ。


「さっそくですが――」


 そう言って一同を代表して話を進めていくのは弥蓮やれんだ。

 一切の無駄口を挟まずことを進めてゆく。この場における議長といっても差し支えないかもしれない。

 美貌の青年は、〈セントラルピラー〉についての調査を進めたいこと、そして彼女の右腕の「本来の持ち主」である少年が今ここにきていること――それらを順序良く、丁寧に伝えていった。



「そちらの要求は理解した。だが、我々にも事情がある」


 心労がたたっているのか、ヒミコは少しやつれているようにも見える。口調は心なしか投げやりだった。

 そんな女王が語るのは、やはりというべきか〈虚獣〉の侵攻による被害だ。

 加えて、新興国家ナチス第三帝国による略奪行為。この世界に蔓延はびこる問題を解決しないことには、柱たる力の源である「右腕」を禊儀みそぎに返すことは難しい――それが女王の見解だった。


「ナチス……。第二次世界大戦で連合国家と戦ったアドルフ・ヒトラーの軍勢と同じ名ですね。彼もまた次元傾斜によって、他世界へ逃げのびていた……ないしは、もとよりこちら側の存在だったか」


 弥蓮の言葉はわかりやすいが、それゆえ曖昧だった。だが、ヒミコはそのとおりだと小さく頷くと、先ほど光芒でもって敵艦を撃退した右腕を広げてみせた。


「この〈柱〉のあかしたる右腕のおかげで、我がヤマタイ国は何とか存続できているといえる。だが、この力はそう連続して行使できるものではない。都合よくはできていないということだな。世界を支える私が、〈柱〉たる権威の象徴として誇示できるものでしかないのだ。なのにナチスは、この力をも狙ってもいる」

「なるほど。では、この世界の脅威になっているナチス第三帝国と、〈虚獣〉の排除が可能ならば、その力は彼に返していただける……と?」

「うむ。今この大千世界が不安定な状況に陥っているというのは我がイマジナリアも感知するところだ。〈セントラルピラー〉の早急なる発見と維持――そのために必要な力ならば、潔くお返ししよう……」


 話はあっさりまとまったように見えた。いや、もとより結論は出ていたのだ。今回はそこへ最も早く導くことができたに過ぎない。これは艦長である弥蓮の才覚だとも言えた。舵取りの上手さはさすが艦を預かるもののそれだ。


「目下のところ、我々が対峙すべきはナチスだね――」


 金属杖の男――真山まやまが静かな口調で呟いた。

 確かに、未知の勢力である〈虚獣〉への対抗策は、その根源を見つけて叩くほかない。いま彼らが立ち向かうべきは、ヒトラー率いる第三帝国艦隊に他ならなかった。だが、こちらの戦力は皇王艦一隻であり――ナチスの軍勢には無勢といえる。それは大きな障害のように思えた。一同、沈黙する。


 ややあって、ヒミコが重々しく口を開いた。


「対抗策は、あるのだ」

「と、言いますと――?」

「我らが母体たる『不治ふじの山』に眠る最終手段……」


 ヒミコはそう言って、窓からの眺望をその長い指でもって指し示す。

 その先には、眼下に広がる樹海と、その中心に聳え立つ巨峰の姿があった。

 今は夕闇に沈もうとしているその山こそ、ヤマタイ国の守護神にして最終対抗手段が眠る地――「不治山」。ヒミコはそう言った。



「あの山は聖域だ。誰にも治めることはできぬ。だから『不治山』というのだ。伝承によれば守護神とは、七つの首を持つ巨大な炎の化身だと聞く。目覚めればこの地に慮外りょがいなる災厄をもたらすとも聞く。いや、本当にそんなものがあの山の中に眠っているのか……実のところ私自身、半信半疑なのだが……。今とれる手段は、もはやそれしかない。だから――」


 女王はそこで言葉を区切ると、一同を見回した。

 戦慄と期待とが入り混じる。


「――あの山に赴き、その封印を解除する必要がある。制御装置は樹海内に点在するピラミッドのどこかにあるとされている……」


 ヒミコのいうピラミッドとは、一行がイマジナリア上空へ到着した時に見えた、あの巨石建造物群のことだった。


「それは、つまり……」

「あの樹海を彷徨ほうこうする必要がある、ということだ」


 確かに、不治山の麓にたどり着くだけならば皇王で空から接近すればいい。だが、ことはそうではないのだ。点在する遺跡群のなかから「あたり」を引き当てるまで、樹海の底を方向を見失うことなく踏破せねならない。それがかなり難度の高い冒険であることは誰の目にも明らかだった。


「実は過去にも、あの樹海に入っていった村人たちがいたのだ。いずれも、守護神の封印を解くために派遣した勇気ある者たちだった。だが、結果はご覧のありさまだ。果たしてかれらは辿り着くことができたのか? それすらも分からない。そして、帰ってきたものも一人としていない……」

「……」


「まぁ、行くしかないでしょうね」


 そう言ったのは禊儀だった。ここで悩んでいても仕方がないのは明白だ。結論はすでに出ているのだ。ならば、今は動くのか動かないのか? ただそれだけのことだと彼は考えていた。そして今は動くべき時だ、とも。

 そんな彼の言葉で全員が意見が一致する。今日はもう日が落ちる――明朝早く、メンバーを厳選して、樹海への突入を敢行する。そう言うことになった。



「ちなみに女王――伝承において、その守護神の名はなんと?」


 禊儀の質問に対し、ヒミコは一言だけ答える。

 オロチ――と。

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