17.虚構の楽園

「総統閣下、例のふねがヤマタイ国上空へ出現したとの報告が入りました」

「噂に聞く、Re:Markリマークの艦か。おおかた〈柱〉たるヒミコとの接触をはかるつもりだろう。構わん、撃沈しろ。ついでに骨ぐらいは拾ってやってかまわんぞ」


 青年将校の報告に、総統と呼ばれた男――ヒトラーは面倒くさそうに返答した。

 大きく皺のよった顔は貧相で、およそ指導者の貫禄はない。

 背も決して高くはなく、むしろ小男といってもいいぐらいだ。

 そんな彼がなぜ総統と呼ばれ、おそれ敬われてているのか……。


 ヒトラーの手にしたグラスには真っ赤な液体――彼の好物でもある赤茄子のトマトジュースがなみなみと注がれている。原材料である赤茄子トマトは、彼らの牙城である第三帝国からはるか北方に位置するクネ国産のものを一〇〇%使用している。赤茄子トマト特有の生臭い酸味を抑え、深いコクと甘みが売りの、特産品である。


「承知いたしました」


 将校は硬い表情で敬礼をすると、そのまま後ずさりし執務室から退出した。

 誰もいなくなった執務室にて、ヒトラーは机の引き出しから真っ赤な液体香辛料をいそいそと取り出す。そしてもどかしげにグラスへと、どばどば大量に振りかけた。こうすると辛みが増す――激辛が彼の好みだった。

 主治医から、「血圧に関わりますゆえ、あまり辛いものはお控えください」といわれていたが、好きなものをこうして心行くまで堪能するのが彼の主義ナチズムでもある。が、総統たるもの建前上は医師の言葉に頷いている。なので、こうして人目を忍んではちびちびと辛みに舌鼓を打っているのだった。


「ああ、この真っ赤な血潮のようなジュース……。地の底で沸き立つマグマのそれをも思い起こさせる。酒が飲めない余にとっては、これこそが最高の美酒なのだ」


 そう言ってはちびちびと未練たらしくすすっていく。

 ヒトラー総統――彼はちょっと、「残念な男」だった。



          ◇


 富士の重層領域を抜けた先に広がっていたのは、青木ヶ原樹海をはるかに凌駕する面積の、これまた深い樹海であった。ところどころにメキシコはマヤ文明のそれを思わせる階段ピラミッド状の神殿が立ち並び、その中心には富士山とほぼ同規模の巨峰がそびえ立っているのが見える。

 一見すると富士の裾野のようではあるが、その眺望からはやはり異世界と呼ぶにふさわしい、ある種の異様さがそこかしこに見て取れた。


「ここがイマジナリアの中心地、ヤマタイ国です。ヒミコという女王が〈柱〉として世界を治めているはず。いくつかの国家に別れ、互いに割拠状態にあるとも聞きます……文明レベルは、あなた方の世界よりは遅れているようですね」


 艦長の弥蓮やれんはそう言って、艦橋のモニターを透過に切り替えた。全天が周囲の、そして眼下に広がるヤマタイ国の雄大な眺望へと切り替わった。


「ヤマタイ国――俺たちの世界にも同じ『邪馬台国』という名前の古代国家がありましたけど、それとどういう関係が?」


 禊儀みそぎの疑問はもっともなものだった。それに対して真山まやまが回答する。


「邪馬台国――魏志倭人伝ぎしわじんでんに曰く、紀元二世紀から三世紀にかけて日本列島に存在したとされている古代国家……。女王・卑弥呼ひみこによる治世を経て、いつしか歴史の陰へと消え去った、今なお歴史上の謎とされているね。だが、もともとこちら側の世界の存在ものだったとしたらどうだろう。理由はわからないが……世界同士が交錯した名残が、その『邪馬台国』伝説だったとしたら? 忽然と我々の歴史の中から姿を消したのは、本来あるべき場所せかい――イマジナリアへと戻ったからなのかもしれない」

「しかし、先ほど艦長は『ヒミコ』が治めていると言いましたよね。卑弥呼って……それこそ千年以上前の人物ですよ。そんな人がこっちの世界ではまだ生きているんでしょうか」

「確かに――それは直接会って確かめるほかないかもしれないね」

「そんな安直な……」


 邪馬台国の場所と詳細については、確かに二十一世紀のこんにちをもってしても判明していない。肝心の「魏志倭人伝」内においても、「邪馬台国」の名称が登場する箇所はわずか一か所とされている。果たして本当に存在していたのか? 真山の言うことが仮に真実だとしたら、この大千世界とは太古の昔より世界同士の衝突、干渉を続けてきたことになる。


「第一、ここは我々の世界でいうところの山梨県――富士の樹海でしょう? 邪馬台国がそんなところにあったんですかね? 重層領域を抜けた先がこうなっていることはまぎれもない事実ではありますけど……」

禊儀みそぎ君はやたらと細か……いや、鋭いなぁ。君が言おうとしているのは『邪馬台国九州説』に基づいたものだよね。あれはあくまで一説に過ぎない。なかには『邪馬台国関東説』というのもあるぐらいだよ。学者を目指す者の間では、邪馬台国論を書けばそれで博士号が得られると思っている人間も多いらしい――なにせ、定説となるものが何もないからね。んだ。そのうち、『邪馬台国北海道説』とかも出てくるんじゃね……」


 最後の方は投げやりだった。それでは「源義経ジンギスカン説」と大差ないレベルな気がするが。

 だが、別世界を起点として歴史の中に不定期に出没していたのがヤマタイ国だとすれば、「富士の裾野説」があったとしても決して不思議ではない。それはまるで晴れた日に立ち上る蜃気楼のようであって、禊儀は、数年前に世間で流行った「檜沢村ひのきざわむら伝説」という都市伝説のことを連想していた。


「檜沢村……。入ったら出られなくなるという伝説の廃村。実際にあった事件『津山八〇人殺し』をベースにしたっていう都市伝説だな。なんでもその村は、普段は『次元のはざま』にあって、時々日本のどこかに出現するとかなんとか……。オカルトライターの、杉沢閻魔っつーのが怪しげな本を当時出してたのを覚えてるよ。胡散臭うさんくさくてさっぱり売れなかったらしいけどな」


 実生みしょうはそう言うと、何がおかしいのか一人で爆笑する。


「この世界の建物は、見た感じ木造建築が多いよな。たて付け悪そうだよなぁ。歩いたら軋むんじゃないか、魏志倭人伝だけにって……」

「……」


 一同は実生を無視した。

 その時であった。どこからか放たれた砲撃によるものと思しき衝撃が、皇王こうおうの船体を大きく揺るがした。卓上に並べられていた湯呑ゆのみが転がり落ちる。


「被弾したのか?」

「いえ、近くの裏界りかい喫水面きっすいめんをかすめただけです。砲撃の精度はさほど高くないかと……」


 司令官である佐竹さたけの問いに、オペレーターの一人が即答する。

 今、皇王をかすめたのは実体弾。それも四十六センチ砲と呼ばれる巨砲から放たれたものだった。かつて大和型やまとがたと呼ばれた艦船にのみ搭載されたという、いまをもってして世界最大、最強の艦載砲である。


「ロンドン条約を無視して搭載されたのが、かの大和やまとだったな……」


 真山がそんなことをつぶやいた。

 呑気に蘊蓄うんちくを語っている場合ではないでしょうと、それまで黙っていた津那美つなみがたしなめる。そういう彼女もまた、片手にはほうじ茶の入った湯呑を抱え込んでいた。抜群のバランス感覚で、お茶を一滴もこぼさないあたりはさすがというべきか。


「……で、敵はいったいどこから?」


 緊張感のない奴らめ……。佐竹は額に手を当てながら索敵オペレータに問う。

 モニターに映し出されたのは、艦の後方から迫る、一隻の、これまた巨大な艦艇だった。その姿は、銀色に輝く円盤状の浮遊物体だ。


「ゆ、UFOか?」


 案の定、実生が奇声を上げる。それはその場にいた全員の代弁でもあった。

 銀色の円盤状をした飛行物体は、外周部分を赤く点滅させながらゆっくりと回転している。その速度は決して早いものではないが、確実に停泊中の皇王に向かっていた。


「あれがナチス第三帝国の戦艦なのか……」

「こっちの世界にもナチスがいるのですか」


 禊儀の疑問はこれまたもっともなものだった。

 邪馬台国同様、第二次世界大戦で敗退し、連合国の前に崩壊したとされる第三帝国――。総統であるヒトラーは終戦を前に拳銃で自害したというのが定説ではある。が、その一方で、彼がひそかにドイツを脱出し、南極に帝国を築いた挙句、そこからUFOを飛ばしているという都市伝説も根強く残っている。これはまさに、その都市伝説が現実化したようなものだった。


「まるで空想の世界だ……」

「だから、この世界は虚構の楽園イマジナリアなのかもしれないね」


 呆れたように口を開ける禊儀に、真山はしれっとした顔で付け加えた。


「馬鹿言ってないで、こちらも応戦しますよ」


 津那美は冷静だった。


         ◇


 戦闘はあっけなく決着がついた。艦載機であるロミとセームリアの機導騎きどうきが出撃しようかという直前、大地から放たれた一条のエネルギー波でもって、ナチスの戦艦はすぐに撤退していった。投擲とうてきされたエネルギーは光の槍となって、ナチスの円盤をかすめる。装甲に黒焦げを作った敵の逃げ足は恐ろしく速かった。


「こんな時ぐらいしか出番ないのにね、わたしたち」


 ぼやくのはロミだ。戦闘がなかったのだから、それはいいことなんじゃない、と姉貴分のセームリアがなだめる。


「せっかくのスーパーバキシマールの初陣ういじんだったのに……」

「す、スーパー? なんですって?」

「バキシマールの第二形態よ。この間の戦闘でやられちゃった頭部ヘッドを整備員さんに新しくしてもらったの。マイナーチェンジ時のお約束でしょ?」

「頭部ヘッド……ねぇ」


 何を言っているのだこいつらは……。艦橋でそのやり取りを聞いていた佐竹は、あまりの緊張感のなさに、またも額に手を当てていた。津那美つなみがそっと頭痛薬を手渡す。


「頭痛が痛いですか、司令」

「お前もかよ」


「それはそれとして、だ――」


 急に真面目な顔になった真山が地上に目を向ける。


「先ほど我々の窮地を救ってくれたあの光だが……」

「それについては私からご説明しましょう。ようこそ、Re:Markリマークの皆様がた。私は、ヤマタイ国女王、ヒミコの側近を務めております太子たいしと申します」


 柔らかなバリトンが響いた。映像はない。皇王艦橋に届けられた音声通信だ。この世界にも通信技術はあるのだな、と禊儀は少し驚く。未開の、原始的な世界にしか思えなかったからだ。


「女王が会見を求めております……どうぞ、我らの神殿へお越しくださいますよう」


 声の主――太子に促されるまま、一行はヤマタイ国の大地へと降り立つのだった。

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