第二章 世界の国からこんにちは

15.山岳ピラミッド

 漆黒の夜空を航行する白亜の艦――皇王こうおう艦内に警報が響き渡る。

 その進路上には、巨大な魔法陣が複数出現していた。先日、比丘尼橋びくにばしでの戦闘時に目撃した〈虚獣〉の、それが出現する前兆と全く同じものであり、目視で確認できるまでに迫っていた。その様は、醜悪さと神々しさを兼ね備えている。

 魔法陣――光の歯車ギアはゆっくりと回転している。エレキギターの重低音にも似た、そんな獣の咆哮が大気を震わせてもいる。艦橋に緊張が走った。


「〈虚獣〉出現――数は前方に六。全てストゥーパ級です」


 当直オペレーターの報告を受け、艦長の弥蓮やれん蒼憐そうれんが艦橋へと駆け付けた。夜間だというのに折り目正しく、例の士官服で身を固めている。

 艦のはるか前方には、蝙蝠こうもりが羽を広げたような怪生物の群れが迫りつつある。

 一体につき数メートル程度の大きさだ。

 その様は、やはりとも言うべきか、形容のしがたい軟体動物のような頭部と触手を持ったこの世ならざる者の姿だった。ところどころが濁った山吹色に明滅するのは、内部器官の脈動によるものなのだろうか。


 しかして――第一種戦闘配備の指令が下されるより早く、夜空を駆け抜ける一つの機影があった。それは一瞬で皇王を背後から追い抜き、前方の〈虚獣〉群へと向かってゆく。

 みるみるうちに〈虚獣〉群に肉薄すると、下部の武器格納ベイを展開した。そこには主兵装であるAIM120Cミサイルが六発、装填されている。通過時に生じた衝撃波ソニックブームが、数秒遅れて皇王の艦橋を揺るがした。


「黒いステルス戦闘機……テイルコードが見あたらないようだが」


 全天型モニターに映し出されたのは、巡航速度で飛行する漆黒の猛禽だった。

 真山まやま矜持きょうじが苦い顔をしてつぶやく。


「F-22ラプターだな。エア・ドミュナスの称号を得た最強の戦闘機だ。日本の空自が保有する時代遅れのF-15などでは話にならんということかな……。ラプターを墜とすにはラプターしかないと言われるように、〈虚獣〉相手に全力を投入してきたと見える」

「毒を以て毒を制す、ですか。しかしどこの所属機でしょうね? 横田よこたの在日米軍が動いたという情報は今現在入っていません。この空域を侵犯してくるとなると、一番近くて中国か北朝鮮か台湾か……」


 佐竹さたけ=A=カリスギアの言うことはもっともだった。だが、可能性から言って台湾と北朝鮮はありえないだろうと真山は首を横に振る。ならば中国か。

 人民解放軍の近代化を推し進める「かの国」にとって、ラプターは喉から手が出るほど欲しい最新鋭の装備のはずだ。東アジア地域の覇権を握るためにも、何らかの手段でもって入手している可能性は高いと言えた。

 最新のアビオニクスを搭載し、ステルス機能に特化した鋼鉄の猛禽。二十一世紀の技術の粋がラプターには詰まっている。〈虚獣〉の出現で、戦闘兵器需要の高まる現在において、世界情勢の背後でうごめく死の商人たちの間で新たな密約が取り交わされていたとしても不思議ではなかった。


「――あるいは異世界かな」


 真山はそう言って自嘲気味に笑った。

 発令所のスクリーンには、ミサイルの直撃を喰らった〈虚獣〉が六体、炎を上げながら空中で霧散してゆくのが映し出されている。ラプターは装備していたミサイル六発をすべて命中させたのだ。撃墜を確認したのか、機首を回頭させいずこかへと飛び去ってゆく。


「こちらの出る幕はなかったな。助かったと言いたいところだが、あの不明機の行方が気になる――といってみても、どこの国も情報など渡してはくれないだろうがね」

「……」


 皇王は現在、関東平野をゆっくりと南西方向へ航行中。

 その目指す先にはまだ、いまだ明けぬ夜のとばりが広がっている――。


          ◇


「えー、で、結局のところ『異世界』ってのはどうやって行くんです?」


 翌朝、ミーティングの席で理堂りどう実生みしょうが発した疑問は至極しごくもっともなものだった。

 考えてみればよく今まで誰もこのことについて口に出さなかったものだ。

 色々あったからなぁと、禊儀みそぎ一真いっしんは隣に座る侍女服姿の少女、最早もはや津那美つなみと顔を見合わせて苦笑いした。


「それはおいおい、と思っていましたが――まぁ、ちょうどいい機会なので、説明しましょう。よろしいですね、CEO?」


 艦長の弥蓮はそう言って、会議用のホワイトボードの前に立った。右手には水性マーカーが握られている。こんな超技術の塊というべき船の中で、よりにもよってホワイトボードで授業かよ……。口には出さなかったが禊儀も実生もそれは同じ思いだった。


「私は異世界よりも浅草に行きたい気分だがね。満願堂まんがんどうの芋きんつばがうまいと聞く」


 そう言ったのはラ=エスタだった。右腕を失ったというのに、しれっとして会議に加わっている。その片腕は白い包帯とギプスで固められたままだ。きわめて痛々しい印象を与えるが、当人は涼しい顔をし、左手で器用に緑茶を啜っていた。


「……きんつばでしたら、私は『ふたつ』のそれが好みですね。満願堂と違って全国チェーン展開しているはずですから、これから行く先々で入手するチャンスはあると思いますよ。それに、こちらの方が日持ちがします」


 弥蓮が大真面目に応じたので、その場にいた全員が派手によろめいた。

 このままほおっておくと芋羊羹談議に移りそうだ。禊儀は咳払いを一つすると、舵を切り直すべく、美貌の青年に質問する。


「……艦長、我々はこれからどこへ向かおうとしているのです」

「え? ええ、よくぞ聞いてくれました。私たちがこれから向かうのは第一番目の異世界です。その『行き方』についての説明でしたね。失礼しました」


 そう言って慇懃いんぎんに頭を下げると、なにやら見慣れぬ文言をホワイトボードへ書き連ねてゆく。その手つきもまた、きわめて優美である。しばし、見とれる。


「CEOから以前にもご説明があったと思いますが、現在、互いに干渉中の異世界は、現在われわれがいるこの世界を含めて六つです」


 弥蓮の説明によると、それは以下のようなあらましだった。



 まず、この世界を第〇番目の世界としておくとする。番号は通しだ。ただの符号のようなもの、と弥蓮は述べた。

 第一番目の世界――イマジナリアと呼ばれているそこが、最初の目的地だ。

 禊儀みそぎの右腕を移植された者が、〈柱〉として支配している世界でもある。

 巨大なピラミッドが立ち並び、農耕文明が主の世界だが、度重なる次元傾斜によってその様相もだいぶ変わっているという……。

 ここへ最初に向かう理由は、いまかれらがいる場所からもっとも近くに存在するから――とでも言うべきか、アクセスしやすいところにあるのだと弥蓮は続けた。


「そこで先ほど実生君の質問につながるわけです。『どうやって行くのか』という、ね。まさか異世界へこの艦ごとワープ……なんていう、そんな都合のいい技はありませんよ。え? 期待していた? それはご愁傷様です。現実にはもっと地味な方法ですが、異世界同士が接触している個所を見つけ、その重層領域にアクセスするのです」


 それを可能にしているのが、次元の海――〈裏界ブリガドゥーン〉。この地球に存在するすべての国が、海と大陸でつながっているように、世界同士もまた〈裏界ブリガドゥーン〉という名の海原によって渡航が可能なのだ。いささか強引な理屈のように禊儀たちには聞こえたが、真山も佐竹も、「そういうもの」として捉えるように、とだけ告げた。



「――で、その重層領域という場所にこれから向かうのですよね?」

「ええ、今この日本国内にその領域が出現しているのをすでにつかんでいます。目印となるのは山岳ピラミッド」


 山岳ピラミッド――。

 古来より日本にも、エジプトやメキシコなどに存在する巨石建造物が存在したという。その多くは今は土砂と樹木に覆われ、山岳として誤認されている……そういう話は禊儀も幼少期からたびたび耳にしていた。ただのオカルトマニアの言説だとも思っていたが……。


「もっとも古いとされる山岳ピラミッドは、長野県は松代に存在する皆神山みなかみやまですが――」


 皆神山とは、標高六五九メートルの溶岩ドームとして形成されたという山のことだ。周囲の山並みとは明らかに異なる外観のため、人工物に見間違えられ、一部では信仰の対象ともなっている。だが、そんな山は日本国内に数多く存在しているのもまた事実である。

 

「オカルティスト、酒井さかい勝軍かつときの言説だね」


 そう言ったのは真山だった。酒井勝軍とは「モーゼの裏十戒」などという、怪しげな書物の著者でもある。ただの迷信だとばかり思っていたが、どういうことなのか。


「そう、確かに同じような山岳は国内に多数ありますね。有名どころでは、奈良県の三輪山みわやま、秋田の黒又山くろまたやまに富山の尖山とがりやまなどなど……。いずれも農耕文明における自然崇拝に端を発する山岳信仰の表れです。まぁ、UFOと関連があるという都市伝説もありますが……」


 そこで弥蓮は言葉を区切った。すかさず真山が割って入る。

 今まで何となく感じてはいたが、この真山まやま矜持きょうじという初老の男は人の話に割り込むのが好きな性分のようだ。地理や世界史に目がない高校の社会科教師にちょっと似ているな……などと、禊儀たちは思っていた。


「そこでだ禊儀君。前に私が言ったことを覚えているかい。オーパーツの話だよ」

「ええ、他世界と接触した残滓ざんしのようなものである――と」

「ならばもう分かるだろう。あれら山岳ピラミッドこそ我が国に残された最大級のオーパーツにして重層領域。すなわちイマジナリアへのアクセスポイントなのだよ」

「おお、なんと乱暴な仮説だ」


 口角泡を飛ばして力説する真山をしり目に、ラ=エスタが茶を飲みながら笑った。

 笑ってはいるが彼女自身、別世界の人間でもある。熟考するまでもない。


「それで――どの山がその重層領域なのです」

「それはね――」


 真山はそう言って壁面のモニターをONにする。

 一瞬ののち外界が映し出された。

 皇王こうおうが現在向かっている先には、日本を代表する霊峰――富士山と、裾野に広がる青木ヶ原樹海が、次第にその姿を見せつつあった。

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