14.禊儀の決断

「これがRe:Markリマークの本部、ですか」


 皇王こうおう内部へと収容された禊儀みそぎは思わず感嘆のつぶやきを漏らす。

 艦の内部は、以前に意識を失った彼が運び込まれたときと何ら変わりない。白一色で塗られ、窓一つ存在しない閉鎖的な空間。まるで潜水艦の内部のようだ、という彼の印象はやはり変わることはなかった。


 「すげぇなぁ」と奇声を発しているのはやはりというべきか、実生みしょうだ。こんな頭の悪そうな部外者を乗せてしまってよかったのですかと、津那美つなみ真山まやまに毒舌を放っている。まぁいいんじゃない? と軽く受け流す白髪の男をしり目に、司令官の佐竹さたけは額に手を当てていた。

 一方、片腕を失ったラ=エスタは、主治医のりゅうが治療室へ連れて行き、囚われの身となったベアトリスは独房にて、とりあえず軟禁されることとなった。じきに彼女の処遇は決めると佐竹は禊儀たちへ告げた。



「禊儀一真君――ですね。ようこそ、皇王へ。私が艦長の弥蓮やれん蒼憐そうれんです」


 そう言って現れたのは長身の青年だった。

 決していかつい体格の持ち主ではない。二メートル近い長身ではあるが、その体格はむしろたおやかであり、どこか女性的なたたずまいを見せている。皇王艦長の弥蓮=蒼憐――それが青年の名前であった。


「ヤレン=ソーレン……ってソーラン節か!」


 一人でアホな突っ込みを入れている実生を無視して、禊儀は挨拶を返した。

 ずいぶん綺麗な人だな、と思わず胸が高鳴るのを感じる。

 いや、この人は同じ男性だろう……何を感じているのか。

 自分の胸中に出現した雑念を振り払う。


 果たして、弥蓮やれんは眉目秀麗な青年である。

 年齢的には三十代半ばといったぐらいであろうか。若くして今の地位に上り詰めたということは、相当な手腕の持ち主であることがうかがえる。落ち着いていて、かつ優雅な物腰は気品に満ち溢れ、同じ日本人とは全く思えない。いや、そもそも彼は同じ世界の人間なのだろうか……。


 そんな思いが顔に出ていたのだろう。青年は微笑むと、「自分が別世界からの協力者である」旨を禊儀に伝えた。なるほど、確かにそう言われれば納得する。それぐらい浮世離れした美貌の持ち主だったからだ。

 こんなに美しくて、女の人に間違えられたりしないのだろうか――と禊儀は思う。どちらかといえば異性よりも同性から好かれていそうな……そんな印象がどうしても拭いきれない。


「まぁ、色々と……私の世界の住人にも相応の苦労があるのですよ」

「それってどういう……」

「そのうち分かりますよ」


 そう言っていたずらっぽく片目をつぶった。

 こんな仕草、日本人の中年男性がしたらただ気持ち悪いだけなのだが、彼の場合は妙にマッチしている。そして、およそ代替のきかないであろう色香が漂っていた。しばし、ぼーっとする。


「おいおい、一真いっしん――まさかあの艦長さんにれちまったんじゃないだろうな」


 こういう時の実生は極めて鋭い。

 頭が固く、どちらかといえば順応性に乏しい禊儀とは好対照なのが、実生の持つこの性質だ。

 悪く言えばおせっかいだが、よく言えば他人の心の機微に敏感ということでもある。事実、高校における実生は、クラスのなかでも中心的人物であり、禊儀はそんな彼の性格に憧憬の念を抱いているのを自覚している。


「まぁ、こんなところで立ち話もなんですから、艦橋へまいりましょう」


 弥蓮に促され、一同は発令所兼艦橋へと移動する。

 大型のエレベーターでもって、皇王上層部へと移動するにつれ、設備のつくりは開放的になっていった。終着点である艦橋は全天型のモニターに囲まれており、現在「皇王こうおう」が停泊中の西東京市上空からの様子が一望できる。



「……これ、どういう原理で浮いてるんです? いや、それ以前になんで誰も上空のこれを気にしないのかなぁ」


 不思議でたまらないといった風に、実生が質問をぶつけた。


「現在、この世界に出現している次元の海、〈裏界ブリガドゥーン〉――。そこに生じる界面張力を利用して、この艦は浮いています。空を飛んでいるわけではない。正確に言えば、本来は〈裏界ブリガドゥーン〉に沈んでいる状態が普通なんですよ。いま皇王が顔を出している水面――裏界りかい喫水きっすいと、我々は呼んでいますが、これを越えて浮上することはできないのです」

「分かったような、分からないような……。とりあえずファンタジーってことでいいっすかね?」


 実生はあっさりと事情を呑み込み、弥蓮もまたさらりと受け流した。双方ともに、あまり細かい説明を好まないようにも見える。


「二つ目の質問についてですが……心理迷彩、というステルス機能がこの艦には備わっています。もっともらしく名付けてはいますが、〈裏界ブリガドゥーン〉にいるということは、あなた方のいる世界から切り離された場所にいるということでもあります。見えなくて当たり前なんです。心理迷彩は世界を移転するために備わった自然な機能――そう考えてもらえればいいでしょう」

「これも何だか分かったような分からないような……」

「まぁ、ファンタジーの産物だよ。今の我々にとってはね。概念そのものが根幹から違っているんだ。それがという確かな証なんだよ」


 途中から真山まやまが割って入る。

 考えてみれば自分たちのいるこの世界のことですら、すべてわかっているわけではない。例えば航空機一つとってもそうだ。あんな鉄の塊がどうやって空を飛翔できるのか? 技術の産物だと言われればそれまでだが、それと同様に、異世界の技術による仕掛けが、この皇王こうおうにも存在している――きわめて乱暴な論理だが、つまりはそういうことなのだろう。



「この艦もね、〈裏界ブリガドゥーン〉からサルベージされた遺産レガシィの一つなんですよ。もっとも、サルベージした場所が私のいた世界だった……という違いはありますが」


 弥蓮やれんはそう言って手元の制御板コンソールに指を走らせる。

 すると、モニター上の一部の映像が変わり、格納庫の様子が映し出された。

 立ち並ぶ数体の巨人騎士――ブルーグレー色の機導騎きどうきが見て取れる。形状は、先ほど禊儀たちの救援に訪れたロミとセームリアが乗ってきたものと同一だ。


「タイプ・サキガケ、と呼んでいるあれらもそう。別世界からサルベージされたものを転用しているだけ……」

「だが、禊儀君、きみは今この世界であれらの遺産レガシィを召喚することができる――」


 弥蓮に続いて再び真山が言葉をつづけた。


「それが君の能力ちからの最大の強みだ。この世界でのオリジナルを生み出すことができるということなんだよ」

「……」

「これから君には今後必要となる技能の訓練を受けてもらうことになる。そちらの友人の彼も、もし同行するというならば、同じ待遇になるだろう。そうでなければこれから待ち受けるであろう戦いに生き残れないからね」


 真山の口調は穏やかだったが、その目は真剣そのものだった。


「むろん、誰も君に強要はしないし、できない。これからどうするかは君が決めてほしい」

「CEO……?」


 佐竹さたけがいささか驚いた顔をする。まさかここで、同行を禊儀みそぎ自身の意思に委ねるとは思わなかったのだろう。そして隣では津那美つなみが、やはり瞑目した表情のまま、こちらに顔を向けている。



「俺にはもう帰るところもない……」


 禊儀のその言葉に、全員が沈黙する。


「訳が分からないうちに一連の事件に巻き込まれて――正直、もうどうなってもいいとか考え始めていました。でも、今こうして俺のことを必要としてくれるのであるならば、今はそれに応えたいと思う」


 精一杯、気取った物言いをしたつもりだった。

 否、そういう言い方をすることでしか、今の気持ちを正確に伝えるすべはないと思った。回りくどい表現ではあるが、そこに込めた意味を真山達にくみ取って欲しい――それは禊儀がかれらに対して出した「試し」でもある。

 それが果たして伝わったのかは定かではないが、真山をはじめ、Re:Markの面々は力強くうなづく。今はそれで十分だと少年は思った。


「お、俺もついていきますよ! こいつ一人じゃ何かと心配ですから」


 こちらも気取った実生みしょうの言葉だ。だが、そのいかにもな言い草が、今の禊儀には頼もしくも感ぜられた。見れば、津那美が瞑目した状態のまま、かすかに微笑んでいる。嬉しかったのだろうか……。


 航空艦「皇王こうおう」が西東京上空を離脱し、さらなる回航へと移ったのは、それからほどなくしてだった。すでに日は落ち、夜の闇がすべてを包む中、青白い月明かりに照らされた白亜の竜は、誰の目にとまることもなく、深く静かに航行してゆく――。


          ◇


「……想念武装を破壊された挙句、かれらにとらわれてしまうとは、愚かなりベアトリス。ていのいい人質のできあがりというところでしょうか」


 月明かりの下、白いローブ姿の人影が一人そうつぶやいた。

 ファブニールだ。今までどこへ行っていたというのか、ベアトリスが敗北を喫した公園にたたずんでいる。

 見えるはずもない皇王の姿を追うかのように上空に視線を走らせると、彼女はふっと目を細めた。


「ようやく動き出しましたね。さて、これからどう楽しませてくれるのか……。それでは、わたくしも自分の世界にてかれらを待つとしましょうか」 


 一陣の風が吹く。ローブがはためいた、次の瞬間――ファブニールの姿は、まるで最初から「なかった」かのように、この世界から消え失せていた。

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