13.新たな潮流

 あかねさす紫色の夕空が広がる時刻。狭山丘陵さやまきゅうりょう地帯は夕陽を受けて緋色に染まりつつあった。

 彼方の空はすでに宵闇。たなびく雲は天高く、秋空のそれを色濃く反映している。吹く風も冷たさを増す、そんな季節である。

 やがて秋陽は山かげへと埋もれ、夜の帳が完全に下りることだろう。

 そんな丘陵地帯に、一条の光の筋が走った。


 光は地平と水平方向に広がってゆく。

 まるで大気中に出現した水平線のようだ。

 どこからが起点でどこが終点なのか、わからぬほどに広がっている。

 それはあくまでも空気中における水平線ホライゾンであって、角度を変えた下部や上部から目視できるものではない。現実の水平線や地平線がそうであるように、遥かにひいた眺望を得られてこそ、はじめて認知できるものの類だった。


 ほどなくして、その光の筋から巨大な構造物が浮上してくる。

 速度は極めてゆっくりだ。

 全長は一〇〇〇メートルを軽く超えるように見える。

 残り少ない秋陽を反射して、それでもまだまばゆいばかりに白く輝いてもいる。

 その様子は、白い板の上に尖塔がいくつも立ち並ぶ、言ってみれば空中都市のような……。そこかしこに大小の、幾何学的な文様が刻まれたそれは、チャーチワードがかつて唱えた「ムー大陸論」に登場する首都ヒラニプラを思わせる。そんな荘厳で、どこか呪術的な意匠を持つ城塞の姿であった。


 はるか上空から見下ろせば、巨大な方舟にも見えることだろう。

 進行方向に向けて鋭角をなす船体をもち、船首楼フォアキャッスルにあたる先端の最下部には、西洋竜の首が装甲をまとったかのような、これまた鋭角的な顔面が突き出している。言ってみれば、都市を丸ごと背中に搭載した白銀の竜――それを模した航空艦であった。



 それは、およそ現実離れした光景である。

 だが、道行く人々は誰もその存在に気付かない。気にも留めない。

 見えていないようだった。

 正確に表現するならば、認知できていないと言える。

 浮上を完了した白亜の航空艦は、やがてゆっくりと東へ向かって進み始めた。


          ◇


皇王こうおう、全艦体浮上完了。裏界喫水面りかいきっすいめん、航路ともに異常なし。行けます」

「それではかれらの収容に向かいましょう。両舷微速――」

「了解。両舷微速」


 オペレーターの報告を受け、長身の青年が丁寧な口調で指示を下した。

 極めて穏やかな物言いである。

 口元にアルカイッククスマイルを浮かべた彼の表情もまた柔和であり、どこか菩薩像のそれを思わせた。臙脂えんじ色の士官服を優美に着こなすさまもまた、どこか女性的であり、彼の静謐せいひつな性格を物語っているようでもある。


 彼らの目の前には巨大なモニターが広がっており、そこには夕日に沈む丘陵地帯の景観が映し出されていた。

 そう、いま彼らがいるこの場所こそ、狭山丘陵さやまきゅうりょう上空に出現した白亜の航空艦「皇王こうおう」の艦橋そのものなのだった。青年は艦長職を務めている。


「皇王の処女航海です。司令、CEO、よろしいですね?」

「ああ、構わんよ。航海に関する全指揮権は君に委ねてある通りだ」


 青年の背後でそう言ったのは、Re:Markリマーク司令官の佐竹さたけだった。そのさらに後ろには、杖を突いた白髪の男――真山まやまがにこにこと笑っている。

 この航空艦「皇王」こそ、Re:Markの本部施設にして世界の移動手段だ。以前、禊儀みそぎ一真いっしんが運び込まれたのもこの内部であり、彼が「潜水艦のようだ」と称したことは、あながち的外れではなかったのだ。


「皇王、巡航形態へ変形開始トランスフォーメーション。メインフレーム変形に伴い、艦内部が揺れます、ご注意を」



 それはまた不思議な光景だった。

 目視できていたものがいたとしたらの話だが、それまで板状だった艦全体が大きくたわみ、まるで生き物が変態を遂げるかの如く、その形態を変えてゆく。

 どういう原理によるものかは全く分からないが、一〇〇〇メートル以上に広がっていた空中の城塞は、後方に突き出た四枚の翼をもつ、完全な船型へとその形を変えながら、空中を突き進んでいる。その姿はまさに機械の竜であった。


「これでようやく動き出すってわけだ」


 真山がにこやかに笑いながら言った。


「まずは禊儀みそぎ君たちと合流だね」

「報告によればあちらの状況も片付いたようです。今ごろは朝霞あさかの陸自が、敵機導騎きどうきの残骸回収に動いていることでしょう……」

「やれやれ、あわよくば私たちの方で回収したかったんだがね。先に動かれちゃあ仕方がない。こちらはあくまで非公開組織だからなぁ。介入もできんし」


 佐竹の言葉を受け、真山は残念そうにこぼした。


「……でもさ、こんな状況にあると皇王こうおうの心理迷彩解きたくなるよね。今は誰にも見えてないじゃない? それをこう、パッと一瞬だけ見せちゃったりなんかしてさ。『あれはなんだ!』『UFOか?』みたいな騒ぎになったらどうよ。翌日の新聞の一面飾っちゃったりしてさ。そうなったら楽しいなーなんて……」

「馬鹿言ってないでCEOは大人しく座っててください」

「つれないねぇ、佐竹君は」


 やがて、そんな彼らを乗せた白き方舟は、西東京地区の上空へと到達する。

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