12.決着

「あちゃー、あっという間にやられちゃったようだね」

「CEO、そんな呑気そうにしないでください」


 Re:Markリマーク本部施設における真山まやま佐竹さたけのやり取りである。

 発令所の巨大なモニターには、頭部を吹き飛ばされたロミの機導騎――バキシマールと当人が呼称する駆体――と、派手に転倒し無様な姿をさらすセームリアの駆体――こちらはナハーマータと呼ばれている――が映し出されていた。


「CEO、いくらなんでも警護が杜撰ずさんすぎやしませんかね。だから私はあの時大丈夫かと伺ったのですが……」

「すまんすまん。でも、これだけいればなんとなるかもって、普通思うじゃない。上空に彼女たち二人の機体も待機させておいたわけだし」

「それでなお失敗しているのですが」

「……まぁ、いざとなれば我々も出るさ。それに間もなく夜が訪れる。佐竹君、きみも分かっているんだろう? 禊儀みそぎ少年の力のことは。いうなればこれは『試し』さ。いずれ我々だけでは彼を守れなくなる。その時、窮地が訪れたら彼ら自身でそれを脱するしかないわけだよ。だから――」

「いま、潰れるようではこの先を生き残れないと?」

「まぁ、ね……。彼らだけじゃない。この世界も、だよ」

「……」


 真山の言葉はもっともらしいものだった。だが、生真面目な性格の佐竹には今一つ釈然としないものもある。この男の真意は本当にどこにあるのか。それは司令官である彼ですら明かされてはいないのだった。


          ◇


「やっと見つけたぞ」


 もう宵闇に沈みかけている公園。その中央に位置する遊具の上に、ひらりと魔女は舞い降りる。亜麻あま色の髪をなびかせる少女――ラ=エスタだ。逃走したかに思えた彼女だったが実は上空から敵の本体を探していたのである。

 箒のごとく腰かけていた対戦車ライフル――想念武装〈瞬牙しゅんが〉から飛び降りると、彼女の前に派手なドレスに身を包んだ貴婦人が立ちふさがった。毒蛾を思わせるけばけばしい容貌――ベアトリスだ。


「お前がこの空間を操っている張本人だな」

「見つかっちゃあしょうがねぇ。そうだよ、あたしが想念武装〈玄腑げんぶ〉の所持者にして、エージェントのベアトリス様だ」


 恐れるものなど何もない。そう言わんばかりの傲岸不遜ごうがんふそんな物言いだった。


「どこの世界から来た。ザンブレードあたりの辺境世界か……」

「ふふふ。まぁ、そんなとこさ。こちとらの世界も命運がかかっているんでね、お前らに先んじて動かれる前に、あの坊やをとっ捕まえるつもりだったのさ。でも、なかなかどうして、歯ごたえのあるゲームを楽しませてもらってるよ。乱入者はルール違反だけどなッ」


 そう言ってゲラゲラと下品に笑った。


「先ほどまでもう一人いたようだが、どこへ消えた?」

「おや? そういやぁ、いねーなぁ。ファブニールのやろう、とんずらこきやがったのか。まぁいいや。ゴチャゴチャうるせぇのが消えてくれてむしろすっきりするぜ。あたしをりに来たんだろう? 御託ごたくはいいからとっととおっぱじめようぜ」

「……本当に下品な女だな。口の利き方を親から教わらなかったのか」

「うるせー、バキュームカーにでも吸引されて永眠しやがれ」


 そう吐き捨てるとベアトリスは絵画用のイーゼルの前に立つ。

 それを察したラ=エスタは〈瞬牙しゅんが〉を構え、砲を放つが不発に終わる。やはりベアトリスによって遮断された空間内では、彼女の想念武装はその効果を発揮することはなかったのだ。


「ならば全力フルスイング!」


 〈瞬牙〉をバットのように構えると、そのまま力任せに振りぬいた。

 ベアトリスはすんでのところでそれを回避する。ラ=エスタ同様、彼女も身体能力がすこぶる高い。舞踏を舞う貴婦人のように、ひらりひらりとステップを踏む。そのたびに毒蛾の鱗粉が舞い散った。物理的なやり取りである限り、お互い傷一つつくことはないだろう。想念武装を使う者同士の戦いとは、そういうものなのだ。


らちが明かねぇな」

「同感だ。あとは体力勝負だな。だが私の身体は鋼鉄でできているぞ?」

「ぬかせ」


 だが、ラ=エスタが〈瞬牙〉を振りぬくより先に、ベアトリスの筆先がカンバスを走った。いつの間に描いたのか、真新しいカンバスにはラ=エスタと思しき少女像が描き込まれており、赤い絵の具がその像の右腕を、横一文字に割断していた。


「ぐっ……」


 魔女の右腕から大量の鮮血が迸った。まるで皮膚を残して肉だけ切られたかのように、肉体の内側から傷口が現れ、そしてすっぱりと腕が切り取られた。

 一瞬ののち、その場にくずおれる。その衝撃でラ=エスタの右腕は、〈瞬牙〉を掴んだ状態のまま、がらんと音を立てて遊具の下へと転がり落ちていった。


「あははははは。どうだい、いてぇだろ? お前の身体の内側を真っ二つにしてやったんだよ。これが〈玄腑げんぶ〉の真骨頂さ。カンバスに描いたものの空間を自在に寸断できるんだぜ。すげえだろ? な? な? な? あはははははは」


 狂ったような哄笑が宵闇に響く。


「はははは。間抜けめ。カンバスの前に立てれば一撃なんだよ。ああ、こりゃ傑作だ。ささ、お次はどこを切り取ってほしい? 耳か? 首か? それともお前の――」


 その時、高笑いするベアトリスの横で、からんと乾いた音がした。見ればイーゼルの上に立てかけてあったカンバス――それをはめ込んであった額縁が、真っ二つになって転がり落ちている。その額縁こそ、彼女の想念武装〈玄腑げんぶ〉だった。


「馬鹿な……」

「さて、間抜けはどっちだったのかな」


 倒れていたラ=エスタがゆっくりと起き上がりながら言った。大量に流れ出た血液で、亜麻あま色の髪の毛はどす黒く染まっているが、その口調には余裕が感じられる。


「畜生、どうやってこんなことを」

「まだわからないか。先ほどお前に切断された私の右腕だよ」

「なに?」

「この遊具の下を見てみろ」


 魔女に促され、ベアトリスはアスレチックの下部をのぞき込む。そこには地面に突き立ったまま、銃口を直上に向けた〈瞬牙〉の姿があった。そうして、〈玄腑〉は真下から撃ち抜かれたのだ。

 ラ=エスタの右腕は切り落とされてなお、その状態で引き金を引いたのである。


「お前の弱点は、カンバスに描いた対象のみを支配するという点だ。だから、私はお前を攻撃するふりをしながら、お前が私の姿を描くのを待っていた。それで、この空間支配の効果は切れてしまうからな。今頃は禊儀みそぎたちも解放されていることだろう。加えて、〈瞬牙〉を持った右腕をまず切り落としたこともお前の敗因だ。私の身体はね、大部分がなのさ。切り落とされても少しの間だけなら自律稼働させることができる……」

「それで引き金を引けたってわけかい……」

「さっき言ったろう、『私の身体は鋼鉄でできている』と」


 そう言ってラ=エスタは不敵に微笑んだ。

 毒蛾を思わせる容貌の、間抜けな貴婦人は諦めたようにその場に膝をつく。

 窮地を脱した禊儀みそぎたちが彼女の元に合流したのは、それから十数分後のことである。

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