11.ベアトリスの挑戦

 旧日本家屋が派手に紅蓮の炎を上げている。禊儀みそぎ邸が炎上しているのだ。

 昭和初期に建てられたまま、増改築を繰り返しつつもその姿を保ってきた邸宅は、「刺客」の手によって、今まさに崩落の時を迎えていた。


 襲撃は一瞬の出来事だった。

 住宅街に陰りが見えたかと思うと、そこには赤銅色をした鋼の巨人が三体――夕闇の中に顕現していた。

 続いて放たれた炎。どこからあらわれたのだろうか――別世界勢力の保有する機導騎きどうきの奇襲だった。ラ=エスタがいうには「おそらく第二か第三世界の刺客だろう」とのことだったが、巻き込まれているだけの禊儀たちには何のことやらである。

 炎上する自宅を、諦観にも似た表情で見つめる少年を、津那美つなみもラ=エスタもそのままにはしておかなかった。何しろ敵の目的は彼自身の肉体なのだ。各世界に散らばった異分子アノマリーの核として、禊儀の力はいまだ健在だ。その奪取が最大の目的なのは間違いと言えた。


 頼みの綱の想念武装も全く歯が立たなかった。

 〈瞬牙しゅんが〉から放たれたエネルギー弾はすべて空中で切り取られたかのように霧散し、津那美のもつ〈神顎しんがく〉の生み出す白刃もまた、敵機導騎に触れる直前に、まるで示し合わせたかのようにかき消されてしまった。



「おいおいおい……どうすんのよ」


 何かと騒がしい実生みしょうが奇声を発する。

 これはどうしたものかなとラ=エスタが肩をすくめた。

 続けざまに、機導騎の持つライフルから発射された散弾が周囲の家並を破壊してゆく。機体が躍動するたびに電線が引きちぎられ、スパークした火花が飛ぶ。破片が宙を舞い、夕暮れ時の空を覆った。

 地区の住人はどうしたというのだろう? これだけの派手な戦闘行為と破壊による被害が出ているというのに、まったく騒ぎが起きない。また、緊急車両――ひいては陸自が駆けつけてもおかしくはない非常事態だ。なぜ、こんなにも閑散としているのか。


 それを禊儀が口にすると、ラ=エスタは「おそらく、すでに敵の術中なのだろう」とだけ返した。そして、〈瞬牙〉に腰掛け宙に浮かび上がる。


「お、おい。お前――一人だけ逃げる気じゃないだろうな」


 叫ぶのは実生だ。彼も今や完全に巻き込まれている立場である。

 彼の叫びを無視して、魔女はひらりといずこかへ飛び去った。


「あの女、逃げやがった……」



 赤銅色の機導騎は、三機ともよく訓練された挙動でもってかれらに接近してくる。細身の機体ではあるが、その装甲はきわめて頑強なもののように思えた。

 また、よく見れば足を動かして大地を闊歩するタイプの機体ではない。

 ホバー走行とでもいうべきか。地面すれすれに浮いた状態で、疾駆する。それゆえにその軌道は極めて正確で精緻なものだった。やや前傾姿勢をとると、背負った筒状の背嚢に搭載された大量の銃火器が顔をのぞかせた。


「ちくしょう。あの女、M16ライフルで実弾を数百発お見舞いしてやりたいぜ」

「そのライフルにはそんなに装填できません」

 

 住宅街を縫うように走りながら、ラ=エスタを罵る実生に、津那美つなみが冷静な突込みを入れる。そりゃ、たとえだろう……と傍らの禊儀は思ったが、あえて口にはしなかった。それよりも、重大な事態が待ち受けていたからだ。


「な、なんだこれは」


 禊儀みそぎは信じられないといった顔で、眼前に広がる光景を見つめた。

 あるべきはずの大通りが、住宅街が、そこにはなかった。

 いや、はるか向こうにはある。向こうには別地域の街並みが広がっている。

 そこに至るまでの空間が、まるで巨大なナイフに切り取られたかのようにスパッと消失していた。

 

「……どうやらこれがいま私たちを追い詰めている敵の能力のようですね」


 津那美はつとめて冷静だ。


「しかし、君たちの武装も全く歯が立たなかった。それもこの敵の力のせいなのか?」

「おそらくは。思うに、すでに能力に捕らわれてしまっているのではないかと。どういった方法でこうしたかは分かりませんが……この地域全体の空間を現実世界から切り離し、自在に操るのが敵の能力なのでしょう」

「俺たちはそこにはまってしまった、と?」

「おそらくは」


 まるでファンタジーだなと思いつつも、かなりの窮地に立たされていることを禊儀は感じている。


「こちらも機導騎を呼べないのか」


 禊儀の疑問はもっともなものだった。あの夜と同じように、こちらも機導騎を召喚することができればそれで対等のはずだ――そう考えた。

 だが、津那美は残念そうに首を横に振る。今の禊儀が機導騎を呼べるのは夜、それも天空に青い月が輝き、〈裏界ブリガドゥーン〉が浮上するときに限られるのだという。


「都合のいいようにはいかないってことか……」


 結果として、今の彼らにできるのは逃げることだけだった。



「あそこだ」


 そう言って実生みしょうが慌てて入っていったのは路地だった。

 悪手だな――と、後を追う禊儀は歯噛みする。

 追いかけてくるのが暴漢のような人間相手ならそれで正解だったかもしれない。だが、今追ってきているのは彼らの体躯をはるかに凌駕する鋼の巨人だ。家々をぶち壊しながら進撃するかれらをまくには、あまりにも無謀な選択のように思えた。

 幸い、路地はすぐに終わり、別の通りへとつながっていた――が、彼らの目の前には滑り込むようにして機導騎の一体が先行していた。万事休すか。


          ◇


「何やら騒がしいことになってきましたね」


 そう言ったのは白いローブに身を包んだ、黒髪の女だった。歳はまだ若く見える。

 彼女の名はファブニール。そして傍らには、絵画用のイーゼルに向かって何やら筆をふるう、これまたうら若き乙女の姿があった。

 二人が立っているのは、禊儀邸がある場所からほどなく離れた公園の遊具の上だった。いわゆるアスレチックと呼ばれる木製の展望台の上に、二人の乙女はいる。数メートル程度の高さだが、それでも高層建築のないこの一帯においては、良い眺望が得られた。


「上等上等。あと一手で詰みチェックメイトだ」


 ベアトリスというその乙女はカンバスに向かい、からからと下品に笑った。

 栗色の髪を短く結い上げたその様は、中世の貴婦人のようだ。

 口紅を厚くひき、豪奢なドレスで着飾ったいでたちは毒々しく、清楚なイメージを醸し出すファブニールのそれとは正反対のタイプに思える。


「……くれぐれも、油断なさらぬよう」

「うるせぇな。あと一手で詰みだって言っただろ。もうどう転んでもこっちのもんなんだよ。だからちょっくら遊ばせてもらうぜ」


 目の前のカンバスに張られた布地には、このあたり一帯の地図が描かれている。不思議なのは、製作途中と思しき絵なのにもかかわらず、すでに額縁に収められていることだった。ベアトリスは額に入ったカンバスに向かって筆を振るっているのだ。


「あの子たちを追い詰めるのはあたしさ。邪魔するんじゃないよ」

「ご随意に」

「さあ、あたしの想念武装――〈玄腑げんぶ〉の能力、とくと味合わせてやろうじゃないか」


 栗色の髪を持つ貴婦人は、嗜虐に満ちた笑みを浮かべると、右手に構えた筆をカンバスに撫でつけた。真っ赤な絵の具が地図を真っ二つにする。


          ◇


 鈍色に輝くう銃身が目の前で口を開けている。

 機導騎きどうきのライフルだ。

 一歩でも動けば狙撃するとでも言わんばかりに、正確に彼らへと狙いを定めている。

 ライフルとはいえその弾丸は機導騎スケールだ。直撃どころかかすめただけで、こちらの肉体は粉みじんになってしまうだろう。だが、それで構わないのだ。刺客が欲しているのは禊儀少年のコアとなる部位だけ――。

 なので、ここで機導騎がすぐにでも引き金を引けば、すべてに決着がついたはずである。


 だが、そうはならなかった。

 突如として空中から降下してきた巨人二体によって、目の前の機導騎は一撃で粉砕された。

 勝負は一瞬だった。二体の巨人――当然、こちらも機導騎が、自由落下に任せた重い蹴りを、二機ぶんお見舞いしたのだ。

 合金同士がぶつかり合う衝撃音が鼓膜を震わし、金属イオンの焦げる臭いがした。禊儀たちが顔を覆った腕をおろすと、そこには全壊した赤銅色の巨人の骸を足蹴にする、また別の勢力のものと思しき機導騎の威容がそびえたっていた。



「これは――」


 見上げるかれらの前に立つ巨人はブルーグレーの迷彩色。

 どこか自衛隊の保有する現用兵器じみた外観だった。先ほどまでかれらを追い詰めていた赤銅の機体が、中東地域の戦士だとするならば、こちらはさしずめ警察の特殊機動隊のような、そんなデザインの乖離が感じられた。


「ご無事ですか、皆さん」

「ナミねえ、助けにきたよ!」


 二体の機導騎からは女性のものと思しき声がした。

 一人は落ち着いた成人のもの。もう一つははしゃいだような声であり、若干の幼さを感じさせるものだった。


「ロミ! セームリア!」


 津那美が瞑目したまま機導騎を見上げて声を上げた。どうやらRe:Markリマーク所属の機体らしい。簡単な説明受けると、別世界に出現した〈裏界ブリガドゥーン〉からサルベージされ、研究用に供与された機体をこうして動かしているらしい。


「随分と荒っぽい救援だったな」

「仕方ないですね。我々の世界ではまだ機導騎は、人が搭乗することでしか動かすすべがない。それも、一対一の勝負ではまず勝ち目はなかったでしょう。なので、あのような奇襲攻撃でしか……。この空間が、外部からの干渉が可能だったことは不幸中の幸いでした」


 津那美の解説はもっともらしく聞こえた。

 同時に巨人の胸部ハッチが開き、それぞれの中から操縦者であろう、これまたうら若き乙女たちが姿を現した。

 一人は流れるような銀髪をした北欧系の成人女性で――セームリアと名乗った。

 一方のロミという少女は東洋系の顔立ちであり、まだ十三歳だという。

 いずれもRe:Markリマークに所属する戦闘員であり、機導騎のパイロットを務めている――と、津那美が教えてくれた。


「十三歳の少女パイロットか、まるでマンガの世界だなぁ」


 実生みしょうがロミを見上げながら、半ば呆れたようにつぶやいた。


「彼女たちにもいろいろと事情があるのです」

「事情――か。それはともかく、早くこの空間から脱出する方法を見つけないとな。何せ――」


 禊儀みそぎがそこまで口にした時だった。砲撃が大気を震撼させ、ロミの機導騎の頭部が粉みじんになって吹き飛んだ。続いて第二射。今度はセームリアの機体をかすめ、こちらは派手に転倒すると、大地に無様な姿をさらした。倒した敵機は一体――残り二体が追撃してきたのだ。


「なになになにー! 私のバキシマールが!」


 バキシマール、というのがロミの機体の愛称らしい。

 少女が悲痛な叫び声をあげた。 

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