10.再会

「護衛といって、君がついてくるとは思わなかったよ」


 禊儀みそぎのその言葉に、隣の席に座る津那美つなみは不思議そうな顔をした。

 ここは地上へと向かう専用列車の車内。乗客は少年と少女の二人だけだ。自動運転のため、運転手も車掌も乗車してはいなかった。


「私では不満ですか?」

「そういうわけではないが……護衛といっていたから、もっとこう……」


 禊儀のイメージしていた護衛とは、黒服にサングラスといった、いかにもなそれだった。シークレットサービス的なものが出てくるとばかり思っていたので、まさか同年代の少女が一人、それも瞑目めいもくしたままという状態のそれが護衛だと言われても、いまひとつピンとこなかったのだ。


「あなたは意外とイメージにとぼしいのですね」

「そういう君は意外と毒舌なんだな」


 そう言って二人で笑った。

 走る列車の車窓に目を向ける――もちろんそこには何も映ってはいない。いまだ列車は地下通路内を高速走行中であり、幅の狭いトンネル内には非常灯すら用意されていなかった。


 と、その刹那、視界が開ける。地上に出たのだ。

 陽光が網膜を焼く感覚。まぶしさに思わず顔をしかめる。時刻は夕方だった。

 すでに列車は見慣れた風景の中を走っていた。武蔵野の地を走る、高架の上……。一体どういう繋がりになっていたのかはわからないが、上手くカムフラージュされていたのだろう。

 やがて、列車は最寄りの駅へと滑り込んだ。


「……自宅までお供いたします」


 大丈夫だと思うが、という禊儀の言葉を遮って、津那美は彼の後ろをしずしずと歩く。

 その立ち振る舞いは、白黒の侍女服姿なのも相まって、まさしく禊儀の召使めしつかいそのものだ。道行く人々が皆振り返って、自分たちを見ているのがわかる。


「……なぁ、かえって目立ってはいないかね」

「それでいいのです。一般人の注視を集めておくことで、あなたを狙う存在もうかつに手を出すことが出来なくなるので」

「そんなに危険な連中に狙われているのか、俺は」


 いつの間にか大袈裟おおげさな事になったものだと、内心ため息をついた。

 あの夜から丸一日経過しただけと、別れ際に真山まやまは教えてくれたが、その後、自分の身辺がどうなっているのかは全く分からないままだ。何より――。


「妙だとは思わないか」

「何がです?」


 禊儀の感じていることはもっともだった。〈虚獣〉と陸自の戦闘があってから丸一日しかたっていないのであれば、もっと厳戒態勢が敷かれているのではないか。街中にも人影は普通に見られるし、今のところ破壊された建物の類も見当たらない。平和そうに夕飯の買い物へと出る親子連れもいる。これはいったい……。


 そのことを口にすると、津那美は「位相が書き換えられたのでしょう」と、しれっと述べた。

 現在融合しつつある〈大千世界〉は、常に次元傾斜によってその世界情報が上書きされている状態だという。あの夜、〈虚獣〉によって破壊された街という情報は「穴」となり、そこへ別世界の情報が流れ込んだのだ。

 よくわからないが、つまり、物理的なすべては元に戻っているらしかった。


「都合のいい話だな。俺はもっとこう、破壊された街が封鎖されているとか、そういうのを想像していたよ。家にだって帰れないと思っていた。ちょうど戦闘エリアの只中にあったからね」

「当夜のことはCEOとともに見ていました。あなたは避難した先の建物で戦いに巻き込まれたのですね――あのマンションでしたか」


 そう言って津那美が指し示した先には、高層マンションが以前と変わらぬ姿で鎮座し、秋陽を反射している。陸自による銃撃戦の流れ弾で、破損した箇所もなくなり、きれいなものだ。周囲の建物も、道路すらも、戦闘の痕跡は残っていない。


 その時だった、後ろから禊儀を呼ぶ声がした。

 振り向くと、そこには友人――理堂りどう実生みしょうの姿があった。


一真いっしん、今までどこへ行っていたんだ――」


 実生はあえてあだ名ではなく禊儀を本名で呼んだ。少し怒っているようでもある。


「心配かけたようだな……すまない」

「あの夜、戦闘に巻き込まれてその後どうなったかと……まぁいいさ、お前が無事ならな。しかもなんだ? 可愛い連れて……お前のすけか? これか?」


 記憶までは上書きされていないのだな……。

 騒ぐ実生みしょうを無視して、禊儀はぼんやりとそんなことを思った。

 不思議な感覚だった。修復されたのは世界だけで、住人たちからは、戦闘の記憶は消えていないようなのだ。よくよく耳を澄ましてみれば、そこかしこで先日の戦闘について噂話をしている。そんな住人たちと数多くすれ違った。


          ◇


 少年が魔女と再会したのは、それからほどなくしてだった。

 実家へと帰宅した彼を待っていたのは、見忘れようもない、あの亜麻あま色の髪をした少女。ラ=エスタだった。彼女は、「かなりいい家に住んでいるのだな」とだけいうと、勝手に門の中へと入っていった。


 比丘尼橋びくにばしから少し離れた地区にある高級住宅街――。その一画に禊儀家は邸宅を構えていた。

 びを感じさせる黒塗りの金属きんぞく門扉もんぴを抜けると、こじんまりとした日本庭園が広がっている。植込みの樹木は手入れもされないままなので伸び放題だ。片隅にある小さな池は干上がっている。

 加えて、がらんとした旧日本家屋の中には誰の姿もない。いつもなら出迎えてくれるはずの両親や祖父母、そして使用人たちはどうしてしまったのだろう。まるで、ここだけ時間が切り取られてしまったかのようだ。


「言うなれば、ここは俺のための鳥籠だったんだな」


 誰もいなくなった薄暗い屋敷の中で、禊儀はぽつねんと一人立ち尽くす。

 傍らには同行してきた津那美つなみが、相変わらず悲しそうに瞑目していた。

 みなまで言わずとも禊儀には、この状況の意味が理解できていた。今までともに暮らしていた両親たちはみな、組織の看視者かんししゃだったのだろう……。


 そんな彼の胸中を察したのか、津那美はただ黙している。

 一方で、なぜかついてきた実生は、勝手知ったる我が家のように冷蔵庫を物色中だ。

 そして目の前にはあの魔女――ラ=エスタが、勝手に茶をれ、座敷でくつろいでいる。どこで見つけたのか、禊儀一族の好物でもある芋羊羹いもようかんまで用意している有様だ。しかも傍らにはあの砲身、〈瞬牙しゅんが〉まで無造作に置かれているではないか。何だこのアットホームな光景は。


「で……なんで君がここにいるんだ。押しかけ女房とでも言うんじゃあるまいな」

「そんな無粋なことはしないよ」


 とラ=エスタは返した。早くも芋羊羹の一切れに手を伸ばす。


「この間のことを少し弁明しておきたいと思った。それだけさ」


 あの夜のことか――。禊儀の脳裏に何度も思い浮かぶ光景。空飛ぶ砲身にまたがった魔女、ラ=エスタ。そいつに撃たれたはずの自分は、気が付けば巨大な騎士の姿になっていた……。

 考えれば考えるほど、どつぼにはまってゆく気がする。

 分からないことだらけだ。


「まずは、いきなり君を撃ったことを詫びようと思う」

「茶をすすりながら言う台詞せりふじゃあないなぁ」


 実生みしょうが呆れたように言った。彼の関心はもっぱら禊儀家の冷蔵庫に移っているようで、すでに他人事のようでもあったが。


「まぁ、そう尖るな。あの時も言ったろう、悪いと思っている――と。でも、ああでもしなければ君は、君の肉体は覚醒しなかっただろうし、みんなあの場で終わっていたはずだ。私はそのためにこっちの世界へ飛んできたのだから。あ、そっちの彼女もお茶どうぞ」

「……俺に何をしたんだ?」

「〈機導紋〉を脳に撃ち込んだのさ」


 問いかける禊儀に、ラ=エスタはしれっと恐ろしい事実を口にした。


「脳って……」

「もちろん物理的なものではない。今の君を構成しているを目覚めさせる、ちょっとしたのようなものだと思ってもらえばいい。何しろその身体は、私たちの世界の技術の産物でもあるからね。安全のための〈鍵〉とでも言うべきかな、それをこちらが預かっていたんだ。撃ち込んだというのは君の肉体を縛るリミッターを解除したというか、つまりそういうこと――」


 禊儀は開いた口が塞がらないといった風に、呆れた表情してみせる。

 確かに、あの時をきっかけに、自身をさいなむ肉体の苦痛は消え失せたが、そういうからくりだったとは……。


「なんだ、コンソメをぶち込んだって……カレーでも作るのか?」


 話をよく理解できていない実生が、そんなとぼけたことをつぶやく。

 一同は実生を無視した。


「――〈虚獣〉の侵攻が予想より早かったのだよ」


 ラ=エスタの表情が陰る。


「他の五つの世界はもっと侵略されている……中には陥落寸前の世界もある。君には一刻も早く目覚めてもらう必要があった」

「それがあの、巨大な騎士を呼び出すということなのか」

「そう――あれが機導騎。〈裏界ブリガドゥーン〉の海に沈んでしまった太古の世界の遺産レガシィ、とでも言うべきものかな。それをその場でサルベージする能力が、さっき言った〈機導紋〉だ。今の君は、好きな時にあれを呼び出し戦わせることができる……」

「危険な力じゃないのか?」

「そう、だからそれを見極める必要があった」


 そこまで言うと、ラ=エスタは芋羊羹を頬張るのを止めた。両目がらんらんと赤い輝きを放ち、その手は放り出してあった〈瞬牙しゅんが〉に伸びていた。


「どうした?」

「しっ、来ているよ……。おそらく他世界からの刺客だ。気づいているんだろう? そっちの彼女もさ」


 魔女がそう言うと、今まで黙って茶を飲んでいた津那美の手にも、どこから取り出したのか、これまた異形な武具が出現していた。醜く曲がりくねった老木のような濃茶色の大鎌――〈神顎しんがく〉だ。


「おいおい……」

「禊儀――あなたの安全は私たちが守ります。この、想念武装の力で」


 想念武装――。また新しい単語が出たな、と禊儀はどこか達観した気分だった。

 このところあまりにも非日常が続いている。よく言えば常識的、悪く言えば決して柔軟とは言えない彼の感覚は、徐々に麻痺し始めていた。

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