9.真実の深淵②

「正確には、禊儀みそぎ一真いっしんという人間はここにはいないんです」


 それまで黙っていた津那美つなみが口を開いた。その言葉は極めて唐突だ。


「どういうことだ? 俺は俺だ。確かにここにいる」


 いささかムッとした口調で少年は返した。自分の存在を真っ向から否定された気がしたからだ。


「気分を害したならごめんなさい。ただ、今の貴方は本来の禊儀一真という人間ではないのです――」

「すまないね。彼女は口下手だから……続きは私が話そう。辛い話だからね――」


 話の主導権は再び真山まやまに戻る。

 一方で、禊儀はおのが内に怒りの感情が湧いてくるのを感じていた。今まで抑えていたもやもやが、はけ口を求めているようだった。


「記録上、君は三歳の時に交通事故で全身を負傷した――ということになっている」

「ええ……おぼろげながら、覚えています」


 そう、その負傷は今でも幻痛げんつうとなって彼を襲う。特に、青く輝く月の出る夜がひどい。それを真山に伝えると、彼は悲し気に首を横に振った。


「落ち着いて聞いてほしいのだが――君は、そのとき事故にったのではない」

「どういうことです?」

「幼い日の君は、異分子アノマリーの因子を持つ者として、大千世界に引き裂かれた」

「は……?」


 意味が分からない。引き裂かれたとは一体どういうことなのか。

 真山は静かに続ける。


「引き裂かれたとは、物理的にだ。君という人間を構成する四肢、そして両目は、ほかの五つの世界に人柱として譲渡じょうとされたんだ。今の君の肉体はかりそめのもの。我々、Re:Markリマークが作り上げた、いわば義体だ。君の一族の『みそぎ』という名はね、もともと文字通り『』という意味を持たされていたのだよ……」


 真山が告げた最後の言葉はきわめて残酷だった。

 言葉が出てこない。俺の身体が偽物? 今までの人生でそのように感じることは一度もなかった。いたって健康で風邪などひいたこともないし、学校では身体能力も高いと評判であり……。


「にわかには信じられないかもしれないだろうが、真実だ。引き裂かれた君の本来の肉体は、それぞれの世界の〈適合者〉に移植された。かれらは君の肉体が持つ異分子アノマリーの力でもって、それぞれの世界を支える〈柱〉となった……」

「あなたを差し出さなければ、この世界は他の五つの世界から滅ぼされるところだった。残酷な話だけれど、この世界を守るにはそうするよりほかになかったのです」


 再び津那美つなみが後を補った。その瞑目した両目からは涙が流れている。


「単刀直入にお願いしよう。君にはこれから、私たちRe:Markに加入してもらいたい。そして、その目覚めた異分子アノマリーとしての力を一つに結集させる旅に出てもらう。そう――本来の君の肉体を持つ者と出会い、そして『取り戻す』ための旅に。そのために、ここへ来てもらったのだ」


 禊儀みそぎの口から思わず笑いがこぼれた。乾いた笑い声だったが。

 無感動にしばし笑った後、一言だけ真山に返す。


「少し……時間をもらっていいですか」

「構わんよ。一度家に帰ってみるといい。送迎は我々が責任をもって行わせてもらう」

「……」


 禊儀は何を言わずに立ち上がった。否、何も言えなかった。

 頭が混乱しているのを彼は実感している。

 こんな時に取り乱すことができたら、きっとはけ口になっただろうとも思う。

 だが、彼はおのれがそういう性格ではないのも強く自覚していた。


          ◇


「彼をこのまま帰してしまってよかったのですか、CEO」


 そういったのは砂色の髪をオールバックに撫でつけた大柄な男性だった。制服の襟を固く閉じ、薄い色のサングラスをかけている。いたって生真面目な雰囲気を醸しだしていた。

 名を、佐竹さたけ=A=カリスギアという。Re:Mark作戦本部の司令官だ。

 禊儀の力を狙う何者か――他世界からの刺客や〈虚獣〉が現れることを懸念していた。


「まぁ、大丈夫だよ。護衛もつけてるしね」


 CEOと呼ばれた男――真山まやま矜持きょうじの口調はいつもの砕けたものに戻っていた。


「ここから地上へとつながる連絡線は、すぐ地下鉄と合流して最寄もよりの駅に出るようになっている。彼からここのことが漏洩ろうえいすることもないだろう」

「それはもっともですが……」

「彼女のことかい?」

「ええ。あのラ=エスタという女……本当に信用できるのでしょうか。現に、あの夜の戦いから、我々の前からも姿を消している。我々の開発した武装を供与したのも、はたして正しかったのか……」


 二人が話しているのは、禊儀を撃った魔女――ラ=エスタについてだった。


「彼女は他世界からの貴重な協力者だ。疑うことはないさ。確かに今、他の世界とは対立の流れにある――が、だからといってそこに住まうかれら全員が敵というわけじゃあない」

「私は今一つ信用なりませんがね。現にあの時も、こちらが指定した座標には現れなかった」

「次元傾斜が激しくなってきているからね、流されたのかもしれない。それはやむなしだろう。むしろ私は、そんな状況下で彼の覚醒を促してくれたことを評価したいのだがね」


 佐竹と真山、二人の意見はどこまでも平行線のようだった。

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