8.真実の深淵①

「君は異世界の存在を信じるかね?」


 喫茶室のテーブルに腰を落ち着けた真山まやまが、禊儀みそぎに尋ねた。

 その顔には先ほどまでのおちゃらけた雰囲気は微塵もない。真剣そのものの表情と語気を受け、禊儀は一瞬言いよどんだ。


「信じざるを得ないでしょう。現に俺も〈虚獣〉が自分たちの街へ降り立つところを見ましたから。異世界からの侵略者と、テレビでも報道されていますしね」

「そう――この世界は未知なる異世界からの侵略を受けている。だが、それは昨日今日に始まったことではない」


 そう言って真山が語ったのは、以下のようなあらましだった。


          ●


 世界とは無数に存在するもので、俗にいう並行世界理論もそのうちの一つに過ぎない。君たち若者が好むフィクションに「異世界」というものがよく出てくるが、まさにそれが該当する。並行ではなく、まったく別の系列として存在する世界群のことだ。

 〈裏界〉――ブリガドゥーンと呼ばれる次元の海に浮かぶ無数の世界のうち、六つの異世界同士が干渉するエリアが存在している。

 飲み物の入ったグラスを想像してみるとわかりやすいだろう。いくつも氷が浮かんでいるが、ここでいう液体の部分が次元の海、すなわち〈裏界ブリガドゥーン〉。そして、そこに浮かぶ氷が一つ一つの世界だ。

 それぞれは独立している世界だが、飲み物に浮かんでいる氷も、グラスを傾けたりかき回したりすれば、不規則な動きでもって互いにぶつかり合うようになる。我々はこれを次元傾斜と呼び、世界もこれと同じように互いに干渉しあっているんだ。


 干渉している証拠? そうだね――古来からこの世界は、他の位相の異なる世界と、絶えず接触しては互いにその情報を行き来させていた。

 ほら……よく『オーパーツ』なんて言って紹介される古代の遺物があるだろう。突如としてそれまでの歴史にはなかった技術で作られた物品が出現するあれだ。あれらはみな異世界と接触した痕跡なのだと考えられている。

 いうなれば、『向こう側』の情報がごく一部分だけ切り取られて『こちら側』へ取り残された例だ。

 氷同士がぶつかった個所は、溶けた水がまじりあうだろう。融和ってやつだ。世界も同じで、その時に世界間を行き来できる特異点が生まれるんだ。


 そうしているうちに干渉する世界同士が融合を始めてしまった。

 特異点となった部分が固定化されてしまったんだ。これが、今の世界の状態で、〈大千世界〉と呼ばれている。残念なことに、その干渉しあう六つの世界の一つに、我々の生きているこの世界が含まれている。


 怪訝そうな顔をしているね。それでどうして世界が滅ぶのか……と。

 そう、確かにそれだけでは世界は滅びはしない。だが、現状――〈虚獣〉なる侵略者を送り込んでくる別の世界が現れた。これは例えるなら、グラスの上からさらに氷をつぎ足している状態といえる。

 氷の一つ一つがバラバラであれば、上から新たに氷が投入されても、それぞれは並列に存在し、飲み物の上に浮かんでいられるだろう。だが、こうしてつながって表面積の広がった氷――この場合は〈大千世界〉のことだが、その上に新たに投入すれば……乗っかってしまうね? 現在の世界の姿がこれだ。そしてそれが繰り返されたらどうなるか――。


          ●


「沈んでしまいますね。新たに乗った部分を水面に残しはしますが」

「そう――。〈大千世界〉は〈裏界ブリガドゥーン〉の海に没してしまうことだろう。ややこしいと思うかもしれないが、まぁ観念的な話だと思って聞いてほしい」


 真山の話は続く。

 かつて、六つの世界の住人は互いに協議を重ね、融和した特異点に一つの柱を立てた。〈セントラルピラー〉と命名されたそれが、世界全体を支える柱となって、これまでを維持してきたんだ。

 もう分かるだろう。〈虚獣〉は――正確には、やつらを送り込んでいる存在の狙いは、その〈セントラルピラー〉の発見と掌握なんだよ。あそこが陥落すれば、現状、繋がったままの六つの異世界は、ほぼ同時に滅びの時を迎えることになる……。


「ならば我々がいち早く、その〈セントラルピラー〉とやらを守ればいいではないのですか」

「簡単に言ってくれるが……いいかい。柱は柱でも、物理的なものではないんだ。それどころか度重なる次元傾斜の影響で、その在処ありかも正体もわからなくなってしまっている。今世界の歴史の陰で動いているのは、その〈セントラルピラー〉を巡る探索と攻防なのだよ」

「……」

「話を戻そう。そういう理由で設立されたのが、我々非公開組織、Re:Markリマーク。妙な名前だが特に意味はないらしい。なんでも発案者の出身地からとった名前だと聞くがね」


 なるほど、と禊儀は頷く。おそらく地元の地区名からだろう……。


「で、なぜ俺の存在がその世界存亡に関わってくるのです。それがまだ見えてこないのですが」

「ああ、ここからが君にとっては重要なポイントになるね」

 そう言って真山と津那美つなみは、示しあわせたかのように顔を見合わせる。津那美はというと、どういうわけか悲しそうに眉根をひそめた。


「〈セントラルピラー〉の設計者は、万一のことを考えて〈打つ手〉を用意していたんだ。世界に救世者たる能力を持つ者が生まれるように因子を蒔き、それを育ててきた。次元の海――〈裏界ブリガドゥーン〉にアクセスし、世界の枠に縛られることのない能力を持つ者……。我々はそれを異分子アノマリー、と呼んでいる――」


 異分子アノマリー――。

 確かあの女、ラ=エスタも自分のことをそう呼んでいた。

 それでは自分はその能力者とやらなのか。真山の話を全て信じるならば、そういうことになる。


「……君は本当に動じないというか、冷静だなぁ。ふつう、こんな話を聞かされて平静を保っていられないと思うんだけど」


 真山はそう言って軽く笑った。


「いえ、これでも結構驚いていますよ、そして半信半疑でもある。平静に見えるのは、顔に出ない性質なだけなので……」

「ポーカーフェイスというわけか。確かに君はギャンブルが強そうだ。まぁ、それはともかくとして、だ――」


 そこまで言うと、真山と津那美は再び顔を見合わせた。


「すべての運命を仕組まれた一族がいた。いや、いまもここにいる。禊儀一真、君だ。君の一族は代々、異分子アノマリーとして世界を支える因子を持つ者を生み出す血脈として、我々の監視下にあり、そして保護されてきた……」

「俺の一族が……」

「正確に言えば君だけだな。〈セントラルピラー〉の設計者が蒔いた〈種子〉が芽を出したのは。そのことが分かったのが今から十数年前――。覚えていないかい? 君の身に、そのとき何が起こったのかを……」

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