5.召喚

 大地が揺れている。

 闇のなか、波打つようにしてこの武蔵野の地が揺れていた。

 しかし地震ではない。

 液状化現象でもない――が、いま目の前に広がる光景はまさに、地面が液体と化したような、そんな異常事態だった。


 闇という闇。夜のとばりが青い月光を受け、波打っている。

 それは寄せては返し、返しては寄せる波のごとく、この世界をどよもす。

 やがて、その波間をぶち破って、一体の巨人が浮上してきた。


 巨人――。

 その高さは十五メートルを超える。

 灰褐色の甲冑に身を包んだ、古代の騎士か武者を思わせるいでたちであり、兜と思しき頭部に走る一条の切れ目の奥が静かに光っている。

 加えて、甲冑と甲冑の隙間からは、ぎらぎらと輝く金属による骨格が見え隠れし、これが明らかな人工物であることを物語っている。例えるならばまさに「巨大ロボット」のそれであった。



「〈門〉が開いたぞ……。まさかいきなり機導騎きどうきを召喚するとはな」


 そう言ったのは黒づくめに白髪の男だった。

 傍らには侍女が立つ。彼女は黙したままだ。

 どうやって入り込んだのか、二人は戦闘エリアの只中で、地面から出現した巨人騎士を見上げている。月光を受けて浮き上がる男の表情は、どこか愉しそうだ。


「形状はタイプ・バビロン――もっとも下級の機体ですね」


 侍女が静かにそういった。

 機導騎きどうき――それがこの巨大甲冑の名称だ。

 人型ではあるが、どこかいびつなプロポーションを装甲で覆った巨人は、まさしくアニメーションやコミック、ビデオゲームなどに登場する「ロボット兵器」のそれだ。腰に一振りの刀剣を携えている。


 およそ、この時代――否、この世界のテクノロジーが生み出した兵器ではない。

 言ってみれば虚構フィクションが具現化してきたようなもので、その本質は〈虚獣〉と変わりないといってよい。


 ただ一点、〈虚獣〉と異なるのは、そのビジョンがきわめて不安定なことだ。

 まるで空中に投影された映像のように、時折ノイズが走り、ともすればかき消えそうになる……。


「まだ完全現実体化には遠いか――」


 男がそうつぶやいた直後、ミナレット級〈虚獣〉の触手が巨人を掴んだ。

 その様子はまるで幼子が人形遊びに興じるかの如く、実にたわいないものだった。

 だらりと力なく四肢を下げた巨人――機導騎は、そのまま羽交い絞めにされたかと思うと、次の瞬間には宙を舞っていた。それは子供が、飽きた人形を放り投げるかの如く、いたって自然な流れだった。


 男は小さく舌打ちする。あの機体の「導き手」は、まだ「目覚めたばかり」なのを彼は知っている。本来ならば順序だててこの召喚の儀式を行うつもりだった。いきなり実戦の只中に駆り出されることになるとは「」も思わなかったに違いない。


「いましばらくは俺たちの出番のようだな――」


 男がそうつぶやくやいなや、それまで沈黙を貫いていた侍女が動いた。

 いずこから取り出したのか、巨大な鎌状の武具を逆手に構えている。

 それは、あのラ=エスタが所持していた〈瞬牙しゅんが〉に似て、禍々しい輝きを放つものだ。

 二回ほど空振りしてみて試し切りをする。

 無駄のない動作。その様は卓越した技能を持つ戦闘員そのものだ。

 〈神顎しんがく〉――これが、どこか古木を思わせる歪な形状をした大鎌の名だ。

 侍女は、目の前で荒れ狂う〈虚獣〉へと狙いを定める。刃がぎらりと輝いた。

 続いて、跳躍。ためらうことなく空中で振りぬいた。


 刹那、大鎌から光の白刃が現れ、ミナレット級〈虚獣〉の触手をすべて寸断した。

 その間、わずか一秒余り――。

 こともなげに着地した侍女は、それでも瞑目したままだった。


 大鎌から放たれたのは果たして何だったのか。

 エネルギーの奔流か、はたまた衝撃波か。

 彼女の意思を具現化するかのように、自在に動く光の刃となって〈虚獣〉を切り刻んでゆく。まさに鬼神のそれを思わせる殺戮の舞踏だった。

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