4.大千世界の異分子

「やっと見つけたようだね」


 夜のとばりのなか、低くしわがれた男の声がした。

 その声に応えるように、可憐な少女の声が続く。


「はい。座標のずれは誤差の範囲内だったようです。無事、彼に接触できたかと……」

「ま、問題ないでしょ。むしろ、これでやっと全員動き出せる」


 青い月光が二人の人影を照らし出した。

 一人は長身の男性――ソフト帽をかぶり、喪服のような黒の上下に身を固めている。足が不自由なのか、片手には補助具と思しき金属杖を携えていた。その表情のほどは、目深にかぶった帽子に隠れ、うかがい知れない。

 もう一人はやはり年端もゆかぬ娘だった。黒と白の侍女服を思わせる慎ましい衣装に身を包み、瞑目した状態で男の側に立っている。年の頃は、男が壮年期で侍女が十代半ばといったいでたちだ。

 親子だろうか? やや不釣り合いに見える組み合わせだ。あるいは主従関係かもしれない。


 ふいに風が吹いた。落ち葉が舞いあがる。

 一陣の強風が過ぎ去った時には、二人の姿はまるで最初から存在しなかったかのように、かき消えていた。


          ◇


「やっと見つけたぞ――」


 苦痛のさなかにある禊儀みそぎ一真いっしんに向けられた声。

 やっと思いで両目を開け、声の主の姿を視界に入れる。


 深い夜の色をした外套を着、亜麻あま色の長髪をなびかせる姿は魔女のようだ。

 しかも、信じられないことに踊り場の外――つまり、空中に浮いているときた。

 長大なライフル状の武具を片手に携えたその様は、よく訓練された兵士のように一寸の乱れもなく、動きにも無駄がない。

 いったいどこから現れたというのか。隣に立つ理堂りどう実生みしょうもまた、信じられないといった顔をしている。


 気づけば、周囲にあれだけいた野次馬はきれいに消え去っていた。

 みな、避難してしまったのだ。取り残された禊儀と実生の前に現れた少女の、今はその三人だけだった。

 地響きがマンションを揺らす。〈虚獣〉の侵攻領域が拡大しているのだ。

 陸自の応戦はかろうじて続いているが、徐々に消耗戦になりつつある。

 数で勝るのは陸自だが、それを蹴散らしてゆく〈虚獣〉側の「質」は、それをはるかに上回っているように見えた。


「……頑張ってくれてはいるが、税金の無駄遣いだな」


 少女はちらと背後で繰り広げられている戦況を見ると、そうつぶやいた。

 そして禊儀に視線を戻す。


「やっと見つけたぞ、大千世界の異分子アノマリー――」


 異分子アノマリー――。

 少女は確かに自分のことをそう呼んだ。なんだそれは? それよりも、彼女の言う「やっと見つけた」とは何のことなのか……。


「詳しい説明は省く――」


 少女の言葉は簡潔だった。

 禊儀を探すためにこの世界へやってきた――それが彼女、ラ=エスタと名乗る魔女の目的だった。こことは別の世界からやってきたという彼女の話は、およそ信じられるものではなかった――が、現に〈虚獣〉という侵略者が異世界から訪れているではないかとラ=エスタは鼻でせせら笑った。


「俺を探していたと言っていたが……君は俺に何をさせたいんだ? すまないが、今はとてもそんな状況ではないのだが……」


 床に座り込み、壁面へともたれかかったまま、禊儀はそう言うのがやっとだった。

 呼吸が荒い。目が霞む。激痛も続けば感覚がマヒしてくるかと思っていたが、現実の痛みはそう甘いものではなかった。意識も混濁を始めていた。


「何も知らずに生きていられれば、幸せだったろうに」


 ラ=エスタの顔に憐れみの色が浮かぶ。

 「すまないな」――それだけ言うと、傍らの虚空に浮かせてあったライフル型の砲身〈瞬牙しゅんが〉に手をかけた。ためらうことなく砲口を禊儀に向ける。


「お、おい!」

 何をするつもりだ――と、実生みしょうは言葉を最後まで言うことができなかった。

 それよりも早く、〈瞬牙〉が火を噴いた。

 閃光があたりを包み込む。ゼロ距離からの射撃だった。

 一帯には、回転を遅くした録音テープのような音が悲し気に響き、禊儀の身体を「何か」が貫いていった。

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